大盛況?のココノエ宿屋
サラマッドの外に広がる平原、そこで二つの金属がぶつかり合い甲高い音を立てる、続けざまに一つの剣が地面へと突き刺さった。
「参りました……。」
俺は両手を上げて降参の意を示す、リュリーティアさんはそれを見て溜息をつきながら剣を鞘にしまう。
「闘司さん、弱くなっておりません?」
「はははまさかそんなことは。」
「いえそうに決まってますわ。闘技大会で剣を交えた時は私も緊張感を持てましたが、今の闘司さんとでは欠伸が出そうですもの。」
「いやぁ、そういうことならむしろリュリーティアさんが更に強くなっただけですようんうん。」
俺は腕を組んで頷きながら大袈裟に褒めておく、そうしないと怒られる気がしたからだ。
「おだてても無駄です。それに困ったことに闘司さんは教えた事を忘れてしまっているようですし……とんだ師匠泣かせですわ。」
ギクリとする、指摘されて思い出したが今の訓練では相手の目線や足の位置などを見ることをすっかり忘れていた。
リュリーティアさんは俺の様子を見て忘れていたことを悟ったのか、地面に刺さった剣を引き抜いて俺に差し出してきた。
「うふふ、忘れてしまったのは仕方ありませんわ。誰しもうっかりはございますものね。」
「は、はは……そう言っていただけると助かりますねぇ。」
「今度からは忘れないように身体に刻み込めば良いだけですものね。」
一見するとリュリーティアさんは笑顔だが、その口の端は嗜虐的なモノをイメージさせる程つり上がっているのが分かる。
これは、やばい。
剣を受け取るふりをして脱兎のごとく逃げ出そうとすると、どこかで見たことあるような炎の壁が目の前に現れた。
「まだ、朝食には早いですわよぉ?」
「しゃ、シャルルが待ってるかなーって……。」
「シャルルさんには私から話をしてあります、安心してください。」
安心できたらどんなに幸せだろう。
リュリーティアさんはまだ剣を差し出したままこちらをじっと見詰めている。
空は快晴で一日はまだ始まったばかりにも関わらず、俺はこの状況を乗り切ってココノエ宿屋へ無事に戻れるのかという心配をせずにはいられなかった。
足取りは多少ふらつくけど生きているということに感謝しながらココノエ宿屋の前につくと、扉の前に沢山の人が溢れ返っているのが見てとれた。
「うわ、何ですかね一体。」
「普通に考えると宿泊客なのですが、今までのココノエ宿屋の閑散ぶりを見るとあの大量の人が全員宿泊客とは考えづらいですわね。」
事実そうなんだけど言葉にされてしまうと悲しいものがあるな。
とりあえず中に入ってハナさんとかに事情を聞いた方が早いと思い宿屋へ入ろうとする、すると何故か俺とリュリーティアさんは溢れかえった人達に包囲されてしまった。
「は、いやちょっと、なんですか。」
「おう兄ちゃん、この前のサラマンダー様との演武は面白かったぞ。」「私も見たわよ。演武とは言ったけれど真に迫った感じの表情とかはこっちも息を飲んでしまったわぁ。」「興奮し過ぎで心臓止まるかと思ったわい。」
他にも色々な人に俺とサラマンダーの演武、ということになっている物に対しての賛辞を受ける。
演武は正直厳しい言い訳だろうと思ったけど、サラマンダーが直接言ったおかげなのか皆はあっさりと信じた。
リュリーティアさんも同様に様々な人達に黄色い歓声を浴びせられている。
俺の方はほとんどご年配の方達から褒めて貰えてるが、リュリーティアさんの方は老若男女、特に女性が多めでキャーキャー言われている。
俺ももうちょっとお若い女性にチヤホヤされたい、いやご年配の方達が嫌なわけじゃないんだけど。
やっぱり闘技大会の優勝者ってのはそれだけで皆の人気者なのか。
「皆さんわざわざありがとうございます。ですが私と闘司さんはまだ朝食もいただいておりませんの。お話しは後で致しますので一度お引き取り願えますかしら?」
おお、この状況でキッパリと言いきれるとはさすがリュリーティアさん頼りになります。
集まった人達もそれに大人しく従ってワラワラと散っていった、俺はお婆ちゃんに飴を三つ貰った。
後でシャルルとリュリーティアさんと一緒に食べるとしよう。
「ふぅ、平穏を取り戻せましたわ。」
「見事ですリュリーティアさん、じゃあ宿屋に戻りま……ん?」
宿屋へ入ろうと扉に手をかけたところに横から視線を感じたのでそちらを見る、前髪が後退して代わりに前歯が前進してきたのかと思ってしまう男性が揉み手をしながら近寄ってきていた。
「これはこれはどうも初めまして! 私はそこのイヤーミナ温泉宿を経営しております、イヤーミナと申します。貴女様は闘技大会の優勝者であるリュリーティア・アルチュセール様で御座いますね?」
その男、イヤーミナは俺には軽く目線を合わせただけで後はリュリーティアさんをずっと見ている。
「ご挨拶どうもです、リュリーティア・アルチュセール本人ですわ。それで、何かご用でしたかしら?」
「はい、実はリュリーティア様にとってお得なお話をお持ち致しましてですね……。」
「あら、それは興味深いですわ。」
「いまリュリーティア様はそちらのお宿に泊まっているとお聞きしました。そのココノエ宿屋は確かに宿屋としては素晴らしいものだと思います。ですが! そんな素晴らしい宿屋にも聞き捨てならない噂話が御座いましてですね……。」
ヒマだなー、イヤーミナは既にリュリーティアさんしか眼中に無さそうだしこのまま宿屋に入ってようかなー。
でもこのまま置いてったらリュリーティアさんブチ切れそうなんだよなぁ、何となくだけどリュリーティアさんはこういうタイプの人が嫌いそうだから一人にするのは心配だな、主に相手が。
「宿泊客の私物が盗まれたり、宿屋の食事で体調を崩したりしたなど他にもありますが、それを宿泊した客が酒場で大声で話しているのを耳にしましてねええ。」
「はぁ!? ちょっと待ってくださいよ、ココノエ宿屋に限ってそんなこと」「そんな宿に泊まっておられるリュリーティア様が心配で心配で仕方ありません!!」
どうやっても信じられない話をペラペラと喋り出したのでさすがに止めようと思ったら遮られてしまった。
「ですのでもしリュリーティア様がお望みでしたらそこのココノエ宿屋から、私の宿屋に半額で宿泊出来るように手配をさせていただきたいのです。どうですか、悪い話ではないと思いますが?」
「半額ですか、それはお財布に優しくて素敵ですわね。」
「リュリーティアさん!? まさかとま」「おぉ!話が分かるお方でよかった! それでは早速にでも手続きを。」
この野郎……人が話すタイミングを見計らって割り込んでくるとはやるじゃないか。
リュリーティアさんもリュリーティアさんでなんでそんな乗り気な態度をしてるんですか、ココノエ宿屋の人達の事を悪く言ってる奴の話を信じるんですか全く。
ん? なんだ、リュリーティアさんがこちらにアイコンタクトを送ってるな。
神様みたいに念話は出来ないのでとりあえず適当に俺もアイコンタクトを返しておくか、あれなんか目が怒ってるぞやだ怖い。
そんな事をしていると、ココノエ宿屋の方からトテトテと歩く音が聞こえてきた。
この可愛い効果音の足音といったら。
「トージとリュリーティア遅いよー! もうボクお腹すい……た?」
シャルルが引き戸を開けて現れた、遅くなったのはそこのイヤーミナのせいだから怒りは全部イヤーミナにぶつけてくれ。
「くそ、この邪魔なガキが……」「あぁん今なんて言ったこの野郎!!?」
俺は今聞き逃さなかったぞ。あろうことかシャルルを睨みつけて邪魔なガキと仰いましたよ、あまりの暴言に今度は俺が遮ってしまったぜ。
イヤーミナは慌てて取り繕うように薄っぺらい笑顔を俺に向けて謝罪してきた。
「そ、それでリュリーティア様、いかがでしょう。宿泊の件、考えていただけますか?」
「そうですわねぇ……。」
「どうしたのリュリーティア? えっと、あのイヤーミナの宿屋に泊まっちゃうの? それはボク、嫌だなぁ……。」
シャルルが珍しく人に対して嫌悪感を出してお願いをしてきた、そこまでの事をするってことはシャルルはイヤーミナの事が好ましくないようだ。
だったら答えは決まっているはずですよね、リュリーティアさん。
「そうですわね、お断りしますわ。」
そうこなくては。
「ままま待ってください!? そ、それでしたら半額などとケチ臭くなく、無料でお泊まりいただいて構いません! どうでしょうか!?」
「無料は心が踊る響きですが。」「それなら!」
リュリーティアさんは言葉をタメに溜めてから、イヤーミナを見下すような目付きで言い放った。
「シャルルさんが嫌だと言っているのです。でしたら私も心の底から、嫌ですわ。」
「ひっ……!」
睨みとドスの効いた声のコンボは慣れた俺ならいざ知らず、初めての人にとってはそれはそれは恐ろしいものなのだ。
イヤーミナはそこから一切喋ることが出来なくなったので、放っておいてココノエ宿屋へ戻ることにした。
いつも通りに美味しい朝食を食べながら、気になったことを質問してみた。
「なんでリュリーティアさん最初は乗り気でイヤーミナの話を聞いていたんですか?」
「それでしたら簡単ですわ、理由を知りたかったのです。」
理由? イヤーミナが自分の宿屋にリュリーティアさんを泊まらせたい理由ってことか?
「リュリーティアさんが闘技大会の優勝者だから箔をつけたくて泊まらせたかった、とかですか?」
「そんな考えもありますけど違いますわ、もう一つの理由です。」
「うーん? 分かんないですね。」
「ココノエ宿屋が閑散としている理由についてですわ。」
それは……まさか。
「お考えの通りだと思います。多分自分の宿屋を繁盛させるためにワザとココノエ宿屋の悪い噂を流しているかもしれません、噂という体で話していましたが実際にはあの方がご自分で作って広めた嘘話だと思われます。」
これは驚いた、そんなことまで考えて聞いていたなんて俺は感心しちまったよ。
「天晴れですリュリーティアさん、俺はてっきりイヤーミナのお得な話に飛びついてしまったのかと……。」
「最初はそうでしたわね。」
「最悪ですリュリーティアさん、俺の感心を返してください……。」
「だから最初だけと言ったじゃありませんの、途中からすぐにきな臭い話と気づきましたわ。それよりも闘司さんたら、アイコンタクトに気づかないで突っかかろうとするので困りましたわ。」
あっ、あのアイコンタクトはそういう意味だったんですかなるほど。
ちょっと残念なことにまだ絆レベルが足りなかったので伝わらなかったですね。
「ボクはリュリーティアのこと信じてたから!」
「ありがとうございますシャルルさん、闘司さんもこれぐらい私を信じてくれると有難いですわねー。」
ぐぬぬ、そう言われると困ってしまうじゃないか。
「とにかく、イヤーミナさんには気をつけた方が宜しいですわね。特に闘司さんとシャルルさんは。」
「えっ俺と?」「ボク?」
「多分闘司さんは私の周りをウロチョロしてる邪魔な奴とでも思われていると思いますわよ。シャルルさんはさっきの……そうでしたわごめんなさい、私がシャルルさんをダシにしてお誘いをお断りしてしまったから……私とした事が考え足らずな事をしでかしましたわ。」
「いいんだよ! そもそもボクのためにリュリーティアは断ってくれたんだから、ボクが怒るわけないもん!」
いい子や……、それよりもシャルルに何かしようとするなら俺はタダじゃおかない。
俺に何かするってんなら……痛いこと以外でお願いしたいな。
「ああいう輩は逆恨みや非情な事を平気でしてきますので単独行動をするのは危険ですわ。」
「なるほど、じゃあいつも通り過ごしていれば安心ですね。」
「まあ、そうですわね。」
「ボク達はいつも一緒だもんね!」
その通りと言葉にはせず、シャルルの頭を撫でてお婆ちゃんから貰った飴をみんなで分け合うことで応えた。




