接待試合
俺とリュリーティアさんの激闘から二日後、疲れを癒すということと特に用事が無いということなので自堕落に畳を転がっていると、奇妙な音が廊下から聞こえてくる。
ズッズッという引き摺る音にベタンベタンという床に何かをつく音だ、不審に思った俺は襖をそっと開いて様子を伺うと。
「よかった! 闘司君はまだここにいてくれたのか。」
「ぎゃあっ! ……って、グリンダルさんじゃないですか。なんでそんな格好でここに?」
グリンダルさんの大きな身体が四つん這いになって廊下を動く姿に一瞬驚いたが、グリンダルさんがここに来たことの疑問の方が上回る。
「なんでもなにも、リュリーティア君はそこに居るかな?」
「へっ? いや今は露天風呂に入ってますよ、相当気に入ったみたいで夜以外にも頻繁に入ってるんです。リュリーティアさんに何か用事でもあるんですか?」
「用事も何も……今日は優勝者と前優勝者によるエキシビションマッチがあるって聞いていなかったかな? 登録時にも説明されてると思うんだけど。」
あっ……すっかり忘れてた。
ただ言い訳させてもらうと俺は優勝できなかったし、優勝した当人であるリュリーティアさんは何も言わなかったので忘れてしまっていたのだ。
「えーと、とにかくできれば早く呼んできてもらってもいいかな、試合開始も近いし余興試合とはいえ観客は満員だから中止にはできないんだ。」
「は、はい! 今すぐ呼んできますので部屋で待っていてください!」
「ははは、僕は外で待つよ。ここはちょっと僕には窮屈だからね。」
身長が高いのは羨ましいけどここまで高いと弊害が多いんだなと思いながら、早足でリュリーティアさんを呼びに行くことにした。
せっかくの入浴の時間を邪魔されて不愉快だったのか、リュリーティアさんは少し不機嫌そうな顔をしながらグリンダルさんの元へ向かった。
あと忘れずに二度寝をしていたシャルルを起こして連れてきている、置いていったら怒られちゃうからな。
グリンダルさんはリュリーティアさんの姿を確認できてひとまず安心していたが、すぐに会場へ向かうよう急かしてくる。
「まだ急げは試合開始までには間に合うと思うんだ、だから早く行こうか。」
「お断りしますわ。」
「よし行きましょ……っていやいやリュリーティアさん何を言ってるんですか。」
「だからそのエキシビションマッチとやらを辞退させてもらうと言っているのですわ。」
予想外の発言に俺とグリンダルさんは驚いた。
「そ、それは僕としては困るというか……楽しみにしている観客は沢山いるんだし、何よりリュリーティア君は闘うのが好きなんだろう?」
「そうですよリュリーティアさん、前大会の優勝者と闘えるなんて滅多に無い機会だと思いますよ?」
「お二人とも何か勘違いされているようですが、私は闘うのは好きですが別に戦闘狂という訳ではありませんのよ。今回この闘技大会に出たのもただ闘司さんと相応しい場所で真剣勝負をしたかっただけですので。」
そういえば、そうだったな……。俺と闘っていたときは笑ったりと楽しそうにしていたけど、俺より強者であるマリーさんとの戦闘は真剣ではあったけど楽しんでる感じは受けなかったな。
これは喜ぶべきことなんだろうか悩む。
「うーん……そうだ! 本当は秘密なんだけど、実はエキシビションマッチで勝利すると賞品としてサラマンダー様から直々に加護をもらえるんだ、リュリーティア君がより強くなれるチャンスだよ、これでやる気になったかな?」
「それは素敵ですわね、お断りします。」
ダメだこれは、この人多分何言っても引き受けない気がしてきた。
ああもうほら、グリンダルさんの顔が悲しそうに歪んでいるじゃないですか。
「ねぇリュリーティア、ホントに出てあげられない?」
ここで最強の伏兵であるシャルル参入、可愛いお願いにリュリーティアさんは篭絡されるのか!?
「うっ……いくらシャルルさんのお願いであろうと」「でもグリンダルさんはブロック分けをしてくれたりと俺達に融通してくれましたよね。」
シャルルまで手伝ってくれているのだ、俺も痛いところを突いてやる。
ははーん、そんな怖い顔して睨んでも効きませーん。
待って待って本当に顔が怖いです、このままじゃ睨み殺される。
「はぁ、分かりましたわ。」
「それじゃあ!?」
「たしかに恩を返さないのは無礼なので優勝者としての責務を果たすとします。」
なんとか説得することが出来た、そうとなったら早く会場へ向かおう。
「ただし、一つ条件があります。」
あんまり良い条件ではなさそうだなと思いながら、話を聞くためにもう少しだけ会場へ向かうのを遅れさせることにした。
「きゃあっ!?」
リュリーティアさんが攻撃を受けて短い悲鳴をあげながら派手に飛ばされるのに合わせて会場内が沸き立つ。
シャルルもそれに合わせて一緒にはしゃいでいるが、俺は落ち着いて座りながら観ている。
「へー、リュリーティアさんは意外と演技派だなぁ。」
「トージ見た!? 今のリュリーティア攻撃に合わせて武器を動かして力の受け流しをしていたんだよ! さらに後ろに飛んで衝撃を少なくしてる、アレは高度な技術だと思うよ!」
今の一瞬でそこまで見れたシャルルに驚けばいいのか、ノリノリで割と上手な解説に驚けばいいのか俺には判断できない。
ちなみに俺が演技派だと言ったのには理由がある、そろそろ答えが出るかな。
その時、歓喜と悲壮が混じった声が観客席全体から聞こえてきた。
合わせてカランカランと剣が地面とぶつかって音を立ててリュリーティアさんの場所から遠くに落ちていくのを確認できる。
「勝負ありだね、リュリーティア君。」
「くっ……! 悔しいのかそこはかとなく曖昧ですが潔く負けを認めましょう!」
審判が勝敗の決を取った、観客の盛り上がりがここ一番なんじゃないかってくらいの大騒ぎと拍手が鳴り響く。
それと今の降参時のセリフは要らないと思う。
「まさか今大会優勝者である私ことリュリーティア・アルチュセールが手も足も出ない程の実力だとは思いませんでしたわ。さすがは前大会優勝者でありサラマッドの族長でもあるグリンダルさんです。 皆さん、いま一度こちらの素晴らしき族長様に拍手をお願いしますわー!!」
「いぇーーい!!」
「いぇーいすごーいグリンダルさーん。」
心を込めることができない賛辞と拍手を送る、グリンダルさんも笑顔で観客の歓声に答えているけど顔が少し引きつっているのが見て取れる。
何故なら、リュリーティアさんに試合前に出された条件が原因であるからだ。
『試合には出ます。ですが私は本気で闘わないのと、勝ちも取りにいきませんことを了承して頂きますわ。』
もちろんグリンダルさんは条件を提示された時にそれを却下したが、そうしたら試合には出場しないと頑として譲らなかったので渋々了承していた。
そうして今こういう状況になっている、幸いにもリュリーティアさんは絶妙な負け具合を演出してこんなに会場を盛り上げたので結果的には良いのだろう。
ただ対戦相手である前大会優勝者、そう……接待試合をされたグリンダルさんにとっては少し複雑な気持ちのはずだ。
「それよりグリンダルさんが前大会の優勝者だったって事に驚いたな。」
「そうだね、それもあるからサラマッドのみんなはグリンダルの事が好きなんだと思うよ!」
「ああそうだな。この試合で本当の実力は分からなかったにしても、なんとなくグリンダルさんが強いんだなってのは分かった。」
片手で大剣を木の棒みたいに振り回して、超長身から繰り出されるリーチが大きい攻撃はいざ闘うとなったら脅威的だ、そんな機会は絶対に来ないでくれ。
ドワーフトールが持っている強靭な筋力と戦闘能力というのは伊達じゃないってことだろう、それでも全容は見れなかったけど。
「この度はサラマッド闘技大会にお越しいただいた観客の皆さまに、族長である僕ことグリンダルが感謝をお伝えする! それとエキシビションマッチがこういう結果となったが、今大会の優勝という素晴らしい功績を残したリュリーティア・アルチュセール君の健闘を称えて彼女にも拍手を送ってほしい!」
言葉に応えて会場が拍手に包まれる、これについては俺も心から拍手を送らせてもらう。
「ありがとう。それではこの大会を締めくくるために、この鉱火山都市サラマッドを見守ってくれているサラマンダー様に挨拶をしてもらって大会を終わりとしようか!」
八神てのは人前に出るのを躊躇わないのだろうかと思ったけど、今まで出会った神であるウンディーネと神様を思い出すとそんなもんかと思ってしまうのはいけないことじゃないはず。
「うん?」
急に空気が熱くなった気がする。
するとステージの中央に一本の火柱が巻き起こった、やがてその火柱が集まり色を変えて一人のヒトの形を成した。
立っているのは、色黒でスキンヘッドで筋骨隆々の男だった。
まさかの姿に驚きを隠せない。
「我は八神がひとつ、火の神サラマンダーである。」
尊大な態度ながらそれが当然であると皆に思わせる程の存在感を醸し出してステージに立つサラマンダー。
かくいう俺とシャルル以外の観客全員も一切喋らずにただ静かにサラマンダーを見つめている。
そんな中、グリンダルさんがその空気を壊した。
「サラマンダー様、此度はこちらに顕現していただき深く感謝致します。今回闘技大会を優勝した者があちらのリュリーティア・アルチュセールです。」
「お初にお目にかかりますリュリーティア・アルチュセールですわ。優勝は出来ましたが、健闘むなしくグリンダルさんには敗北してしまいました。」
おお凄い、あの存在感の塊に対してリュリーティアさんは普通に対応してるぞ。
俺も見習わなきゃな。
「ふん、我は全部を見ておった。健闘したとは片腹痛いことを抜かすな。」
「バレていましたか、隠し事は出来ませんわね。」
「あ、あのサラマンダー様これには理由が御座いましてですね……。」
「グリンダルよ説明せずとも問題ない、我は全部見ていたと言ったはずだ。それに此奴の本気は既に前の闘いで堪能した、燃えるようで慈愛を持った此奴の闘気は心地よいものであったぞ。」
「じ、慈愛なんて込めてはおりませんわ。」
顔が熱くなってきた、きっと空気が熱いせいだな。
「ふはは愛いやつめ、ただその時にもっと気になったモノがあった。」
「それは一体……?」
「あの男だ。」
[攻撃を確認、能力値上昇]
不意のスキルの警告、しかしそんな警告を受けなくても全身に危険信号が走っている。
サラマンダーがこちらを指さして特大の炎球を放ってきたからだ、神の力とあの大きさから考えても被害は尋常ではないと察せる。
このままだと観客だけじゃなく……シャルルが!
「こんのっ……バッカヤロォーー!!!!!」
瞬間的にステージに向かって走り出して跳ね上がった能力をフルで使い、炎球を軽く飲み込む水の奔流を作り出して消滅させた。
「見事だ転生者よ、久しぶりに血が滾ってくる。」
笑みを浮かべてこちらを見ているサラマンダーに沸々と怒りが湧いてくる。
俺だけを狙ってくるのなら百歩譲っていいとしても、シャルルやリュリーティアさんを巻き込んで危険な目に遭わせようとするなら俺は許さない。
「やる気になったか。おいグリンダルとリュリーティアとやらはここから去れ、派手に荒れるぞ。」
むっ……サラマンダーのやつちゃんと気遣えるんだな。
いやいや待て待て騙されるな、一歩間違えたら大惨事になることをしたんだぞ?
「ではやるか、転生者よ。」
「俺の名前は八代闘司だ! サラマンダー、シャルルが危ない目にあった分の一発をお前にぶち込むまで俺は許さねぇからな!!」




