闘技大会予選の朝
次回更新も三日後になります。
大会前の特訓やら何やらで忙しくしていたら、あっという間に闘技大会の予選当日となっていた。
予選は午後から始まるのでまずは朝ごはんを食べて活力をつけて臨まなければならない、とはいっても別段どこかで食べるのではなくココノエ宿屋の朝食を頂きます。
しかし、ハナさんに闘技大会に出ることを伝えると。
『そういう事なら普通の朝食じゃいけません! 今からおと……サイゾウさんに精のつくものを頼んできます!』
止めるスキもなく小走りで足音を立てずに部屋を去っていってしまった。
ちなみにサイゾウさんはハナさんの父親で、シャルルは既に会っていたのだ、更には母親でもあるヤエさんとも交流をしていた。
すぐに人と親密になれるシャルルのそれは、スキルと呼んでもきっと過言ではない。
そんなこんなで特別な朝食を待っているのだけれどまだ来ない、少しお腹が空いてきた。
「ハナさん来ないな。」
「そうだね、早く来ないとボクのお腹はそろそろ背中になるよ。」
「お腹と背中がくっつくという表現なら分かりますけれど、お腹が背中になるのは斬新ですわね。シャルルさんに5ポイント差し上げましょう。」
「わーい。」
採点の基準を知りたい。
「別に手の込んだものでなくて、普通の朝食で良かったんだけどな俺は。」
「折角のご厚意なのですからいいじゃありませんの。」
「それはそうなんですけど、それに異世界の精のつくものって一体何が出てくるのか、怖くて堪らないですよ。」
「あぁそういうことですの。私達からすれば普通なのですが、闘司さんにしてみれば未知の事なのでしたわね。」
俺の知っている精のつくものと言えば、例えばウナギとかニンニクなどだな、他にも多数あったりする。
別の『せい』がつくものでスッポンとかあるけれど、朝食でそれを出された時にはどんな顔をして食べればいいのか分からない。
「そんな心配をなさらずとも、変な物など出てはきませんわよ。ここの作る料理はどれも美味しいものばかり、下手なものが出てくるなど有り得ませんわ。」
「そ、そうですよね。いやははは、余計な心配したらもっとお腹が空いてきちゃいましたよ! あー早くハナさん来てくれないかな。」
そうだ、くだらない心配などしていないで朝食にもっと想いを馳せよう。
そして待つこと数分、シャルルが突然起き上がって耳をすませている。
あの様子から察するにハナさんがようやっと朝食を持ってきてくれたのだろう、シャルルに尻尾がついていたら今頃ブンブンと振りまくっているはずだ。
俺にも軽い足音が聞こえ始めてきた、その足音は部屋の前で止まり、ゆっくりと襖が開かれる。
「大変お待たせ致しました。闘司さんとリュリーティアさん、お二人の健闘を祈りまして今回ご用意させていただいたのは……。」
お盆からテーブルへ、置かれた器には蓋がされていた。
その蓋が、期待半分不安半分の気持ちを混ぜて与えてくる、いややっぱり不安多めで。
「それでは私は失礼します。大会、頑張ってくださいね!」
小さく手を握ってガッツポーズ、そんな可愛らしい激励を送ってくれたハナさんは仕事へと戻っていった。
俺は恐る恐る蓋のされた器に近づいていく。
「ゴクリ……。」
自然と唾を飲み込んでしまう。それはただの空腹による朝食を渇望する反応か、せりあがる不安を飲み込むための反応か。
いざ、実食の時だ。
「大丈夫、きっと大丈夫……。」
「なにが入ってるのかなー?」
「いただきましょう。」
自然と手に力が入ってしまいながらも蓋を開けることが出来た。
「ぬっ!?」
モワリ。そんな不思議な表現が似合うような濃密なナニかが立ち上る、器に盛られていたのは見た目は綺麗な料理であった。
綺麗なのはそうなんだけど……色とりどり、まさに様々な色で彩られた料理が現れたのだ。
「こ、これは、凄まじいな。」
「美味しそうー!」
シャルルはこれを美味しそうと感じるのか……、いや悪いことじゃないぞ、うん。
「ビガースライムの煮こごりに、死戻り茎のサラダ、暴走虫の甘辛焼き……。私虫を食べるのは久しぶりですわね。」
「へぁ!? 食べた事はあるんですね……。」
「味は美味しいのですが見た目で箸が進みづらいのですわ、まあ美味しいので頂きますけれども。」
くっ、小さないなごの佃煮くらいしか経験のない俺にはこの芋虫みたいな物はハードルが高いぞ……!
異世界の人との食事観の違いがこんな所で出てくるとはな。
それに煮こごりは良いとして、この死戻り茎ってやつは……形はアレだな、その、少し男性のその……。
[死戻り茎]
山の中の川沿いに自生しており、死に絶えそうな物にこれを食べさせると、死の淵からたちまち元気になることからこの名がついた。
死戻り、しもどり、下取り、形も男のアレに似ていることから茎を採取する際に『下を取る』などという俗な意味が込められている。
別段そういう効果は含まれていないが、アレが不能な方達の心の拠り所として食べられたりもしてる。
くっそう! 頼んでもいないのに勝手に図鑑スキル発動するなよ!
食べづらい、食べづらいけど食事を持ってきてくれたハナさんの笑顔が浮かび上がってきて、とてもじゃないが残すなんていう選択肢はない。
「食べるしかない……!」
「むぐむぐ、んっ。トージ食べないの?」
「あ、あぁ食べるよ、食べるさ。」
シャルルはもう半分も食べ進めている、とにかくシャルルとリュリーティアさんが普通に食べているのだから味は問題ないんだ。
ちょっと初対面な食材さんたちが入っているだけの料理なんだから、いけるいける!
それより……リュリーティアさんが死戻り茎を食べるところを少し見たい、馬鹿野郎コレはただの知的好奇心であって決して下心があるわけではないぞ!
「チラ……。」
「何ですの人の顔を見て……まあいいですわ、はぐっ。」
はうっ!!? 心の叫び声を上げてしまう、俺の考えはとてつもなく甘かった。
リュリーティアさんは死戻り茎を噛みちぎったのだ、その惨劇現場を見ていた俺は体全体に猛烈な寒気が駆け巡っていくのを感じる。
そうだよな普通噛みちぎるよな、はは……分かってた分かってた。
「それ、美味しいですか?」
「美味ですわよ。それになんといっても香り高いのが良いですわ、でも中にはこの香りがダメな人もおりますが私は好きです。」
「ほうほう……じゃあ、俺も、いただきます。」
意を決して死戻り茎のサラダを食べることにした、形が気になるので軽く解して他の野菜で隠すようにして口に入れる。
「うん……? これは、マツタケに近い香りがするな。」
いや本物のマツタケは食ったことはなくて、インスタントなマツタケのお吸い物を飲んだことがあるだけなんだけど。
それに香りが近い気がする、さしずめ死戻り茎は異世界版のマツタケみたいなものなのか。
「まあ厳密に言えば死戻り茎はキノコではないけども……。」
細かいツッコミは無しにしておこう、なんせ俺は今あの高級なマツタケさんに近いものを食べることが出来たのだから、形はアレだけど。
ということで庶民の俺は高級っぽい死戻り茎のサラダをバクバクと平らげた。
「さてと、煮こごりは知っているから後にして……この暴走虫の甘辛焼きを攻めるか。」
多分元の暴走虫の色は白だったのだろうが、タレによってその身は茶色く照っている。
それが余計に存在感を強調して俺を挑発してくるのだ、箸でつまみヒョイと口に放り込む。
「あー……あぐっ。」
こ、これはぁ!? 肉厚で身がぎっしりと詰まっている暴走虫は、噛もうとすると軽い抵抗をしてくる。しかしそんな抵抗は微々たるもの、むしろ良いアクセントとなっているくらいだ!
しかも噛んだら溢れてくる謎の汁、けして嫌な意味などではなくそれは苦味や旨みが入り交じる形容しがたい謎な汁だ。
「だが、美味い!」
その謎の汁を支援するかのごとく、甘辛く味付けされたタレが絡み合って味をより高みへと導いている。
リュリーティアさんの言っていたことは嘘では無かった、これは美味すぎる。
やめられないとまらないを繰り返すと、これまたあっという間にペロリといった。
最後はビガースライムの煮こごり、ビガースライムは俺が最初にであったベビースライムとは違う種類なんだろう。
「中に入っている具材は……これは普通の肉か。」
黄色いゼリーに包まれるものは至って普通のお肉、他二つのインパクトが強すぎでコレが普通に見える。
油断はいけない、そもそも黄色いゼリーからして少し警戒をした方がいいのだ。
「味がまったく予想できない。」
だがここまで来たのだから、引くことなどある訳ない、全て喰らい尽くしてみせよう。
一口サイズに切って恐る恐る食べる。
「うーん……うん。なるほど。」
拍子抜けといったら失礼だけど、味は普通に美味しい。
少し薄口のゼリーと中のお肉の味がいい塩梅となっていて良い、なんとも落ち着く味付けだ。
もしかしたら箸休め的な料理だったのかもしれないな、だとしたらちょっと失敗だった。
「でも全然構わないな。」
ド派手な二つに翻弄された今の俺の精神上、この味はすこぶる合っている。
一足早めの食後の余韻を味わっているような感覚を受けながら、ビガースライムの煮こごりも完食とした。
「ごちそうさまでした。」
「美味しかったねー!」
「ああそうだな、完全に見た目に騙されてた。」
「美味しいと言ったじゃありませんの。」
「異世界の人との食生活を今実感致しまして……。」
「そういう事ですか。闘司さんの世界の料理は気になりますわね、いつか食べてみたいものですわ。」
ご都合よろしく大体似通っているので新鮮さはないと思いますよ。
「ふぅ、少し食休みしたら会場に向かうとしますか。」
一部お下品になりました、僕は好きです。




