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苦戦必至の異世界巡り  作者: ゆずポン酢
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ココノエ宿屋

 ココノエ宿屋の内装はそれはもう日本における旅館の造りと酷似(こくじ)していた。

 (ふすま)障子(しょうじ)、廊下の横にある庭にはししおどしがカコーンと音を立てて存在をアピールしている。


「設計は異世界からきた日本人とかが……? なんてそんなわけないか……」


 別に数多ある世界にもこのように日本に似た造りがあってもおかしくはないのだろう、多分。

 俺にとってはこういった見慣れたやつの方が落ち着くことには変わりない。

 そうしてハナさんが案内をしてくれて辿り着いた部屋の中は、畳とフローリングに分けられた床がある和室であった。


「こちらがヤツシロ様方のお部屋、サクラの間になります」


 サクラの間か、どこまでも似通っているな。


「お食事は朝、夕の二食、昼食はご希望くだされば銅貨一枚でお作り致します。温泉の入浴時間は六から十一時と十七から二十三時でして、その間である十二から十六時は掃除の時間で入れません。混浴温泉は十七から二十二時まで、貸切風呂はこの部屋の外にありまして、それは何時でも入浴可能です。貸切風呂に関しては皆様が外出時に清掃をさせて頂いておりますのでご安心ください」


 ハナさんはスラスラと説明をしていく、正直覚えられるか不安なのでもしもの時はリュリーティアさんに頼ろう。


「それとそちらの襖を開けて頂きますと中には浴衣、湯浴み着、手ぬぐいなどが収納されております。使用したものは脱衣場のカゴか、部屋にあるカゴに入れていただければこちらが逐一回収して補充しておきます。もし不足が起きましたらお声がけくださいませ」

「おー、なんか薄い服が入ってるー!」


 早速シャルルは襖を確認して浴衣を掴んだままテンション高くはしゃいでいる、うむ可愛い。


「お布団などは皆様が入浴している時などの頃合を見てお敷き致しますが、如何がなさいますか?」

「それはこちらでやりますので結構ですわ」

「かしこまりました、温泉はこの部屋を出て右に曲がりその後、左の突き当りに御座います。それでは本日の夕食はもう少ししたらお運び致しますのでそれまではごゆるりとお(くつろ)ぎください」


 ハナさんはペコリと一礼して部屋から立ち去る、サクラの間をもう一度見渡す、家具は少なめでスッキリとしていた。

 部屋の角に外へと続く扉がある、あれがさっき言っていた貸切風呂への扉だな。

 それと壁が他より少し凹んだ所には掛け軸がありそこにはこう書かれている。



 お風呂は足を伸ばせるようじゃなきゃダメなんだなぁ



 なんだこの、せんだっぽいみつをな感じの文は。

 部屋の畳の方には低めのテーブルと座椅子、フローリングの方には椅子と普通の高さのテーブルがある、配慮(はいりょ)が行き届いていて助かるな。

 それと障子で区切られた場所があるのだが、障子を開けるとそこは少し大きい椅子が二つ置いてあり外の景色が良く見える硝子戸(がらすど)がある。


「こ、これは……何故か旅館に泊まった時ここで将棋とかしたくなる系のワクワクスペースではないか! 素晴らしい……!」


 特に理由もなく夜中はここの椅子に座ったりするのが楽しいのだ、何でかは分からないが。

 ざっと見た感じこんなもんかな、押し入れがあるけれどそこに敷布団などがあるんだろう。


「ねーねートージ、この薄い服ってどうやって着るの?」

「それは浴衣って言うんだぞ。でも困ったなぁ、帯とかの結び方ってどうすればいいんだろう。リュリーティアさん、分かりますか? って流石に分からないですよね……」

「分かりますわ」


 うっそだろ完璧超人ですか貴方は、そんなリュリーティアさんの知識量に恐れていると、一枚の紙をヒラヒラとしながら俺に見せてくる。


「えーとなになに……浴衣の着付けの仕方……?」

「見れば、分かりますわ」


 俺の驚きを返してくれ。








 ハナさんが夕食を持ってきてくれるまで、各々(おのおの)自由に部屋でまったりしている。


「トージトージ、このタタミっていうのいい匂いするね。それにザラザラしてるのに気持ちいい」

「おっ、シャルルは分かる男だな」

「ふふーん、でしょでしょ?」


 得意気な顔をしてシャルルは畳をゴロゴロし始める、俺もそれに(なら)おうと手をつくと違和感を感じた。

 畳に似ていてるけれど、ほんの少しだけ手触りが違う。

 畳にはい草や(わら)が使われているのだけれど、異世界の畳には似たような違う素材でも使われているのかな。

 まあ似た手触りだからそんなに細かく気にする事はないな、ぐでーん。


「おお……タタミ、イズ、サイコー……」


 畳とくっつくようにへばりつくと、違和感なんてどこかへと旅立っていってしまった。

 そうして畳と一体化していると視界の端にヒラヒラと何か動いているのが入ってくる。

 顔をそちらに向けるとリュリーティアさんが着付けの仕方が書いてある紙を見ながら、服の上から帯を巻いているのが見える。


「闘司さん大変ですわ」

「一体どうしたんですか?」

「これを一人で結ぶのは大変です。それに温泉に入る度にこれをするのは面倒ですわ、それに気づいてしまいビックリしております」

「じゃあ無理に着なくても良いのでは……」

「いえせめて、せめて一つの結び方だけでもマスターしてみせます……!」


 リュリーティアさんは何故かムキになって帯と格闘している。

 チラリと紙を見ると男性は一種類だけに対して女性は数通りの結び方があるようだ、とりあえず目を通してみるが俺には到底分からないのでお手上げとしておこう。



「ヤツシロ様、お食事をお持ちしました」



 襖の方からハナさんの声が聞こえてきた、スっと襖を開いて部屋に入りお膳にのせた食事をテーブルに並べていく。

 山菜を中心に煮物や焼き魚などの食事となっている、品目多めで量が少なめのまさに旅館の食事って感じだな。

 食事を並べ終えるとハナさんはすぐに部屋を出ていってしまった、少し話しをしてみたかったのだが仕方ない。

 今はこの並べられた美味しそうな食事を食べることに集中をしようじゃないか。


「わぁ、色々あるね。お野菜にお野菜に、それにお野菜!」

「お肉もあるみたいだぞ。おーいリュリーティアさーん、帯は後にして食事にしましょう」

「くっ、仕方ありませんわね……」


 ハナさんが来てもなお帯を結ぶのを続けていたけれど、さすがに食事の時までやられてしまうと困るのでやめてもらう。


「それでは、いただきます」

「いただきまーす!」「いただきます」







 優しい味付けの山菜料理などを綺麗に完食して満足したので、今は少しの食休みをしている。

 少なそうに見えた料理は思ったよりも多く、お腹がいっぱいになるくらいであった。

 シャルルのお腹なんかポッコリお腹になっているしな。


「ついつい食べ過ぎてしまいましたわね……。しかし、煮物などの味付けは見事なものでした。頼んだらお教えしてもらえないかしら?」

「さすがに店の味ってのは教えてくれないんじゃないですか?」

「ですわよね、こうなったら泊まってる間に研究して味を盗み出すしかないですわ」

「リュリーティアは頑張り屋さんだねぇ、ボクはおなかいっぱいで何もする気が起きないよぉ〜」

「なんだシャルル、何もする気が無いのか? それは残念だなー、これから温泉に入ろうと思っていたのになー。シャルルは一人でお留守番してもらうことになっちゃうのかー」

「待って待って! ボクも温泉いくよー!?」


 シャルルは慌てて身体を起こそうとするがポッコリお腹が邪魔をして中々起き上がれない。

 少しからかったつもりなのだけど、シャルルが一生懸命に起きようとするから申し訳なくなってきてすかさず手を貸して起こす。


「ふぅ、ありがとうトージ」

「いや、ごめんシャルル。そんな今すぐ行くわけじゃなかったから急がなくて良かったのに……」

「ええ!? もう、トージのバカっ! だったらいいもーん、リュリーティア、先に行こうっ!」

「ふふ……はい、分かりましたわ」

「ごめんシャルル俺が悪かった!」

「ふーんだ」


 シャルルとリュリーティアさんはタオルを持つと、俺を一人置いて部屋を出ていってしまった。

 こうしてはいられない、俺もタオルを掴み急いで後を追いかけていく。


「ま、待ってくれよ〜!?」





 脱衣場で着替えながらシャルルに謝る。


「なっ? ちょっとからかっただけなんだよ許してくれ、この通り!」

「どうしようかなぁ〜、ボク結構ショックだったんだよなぁ〜」


 シャルルはジト目で俺に不満気な視線をぶつけてくる。


「どうすれば許してくれるんだ?」

「そうだなぁ〜、じゃあトージには……」


 ガララと温泉への入口を開けると、石造りで夜空が包み込む露天風呂が現れた。


「ボクのお世話をしてもらおうかな?」


 そういってシャルルはくるりと振り返り、夜空と露天風呂をバックに笑顔でそう言ってくるのであった。




「おかゆい所はないですか〜?」

「ありませーん!」

「よーし、じゃあ流すから目を閉じろよ」

「うん……わひゃー!」


 モコモコで泡だらけのシャルルの頭を(おけ)に溜めたお湯でバシャンと流す。

 数回にかけて流すと泡は全て流れ落ちて、リュリーティアさんとは違う綺麗な金色の髪が水滴を帯びて出てくる。

 別の意味などなく、お世話とはつまり身体を洗ってくれとのことだった。

 お易い御用、むしろ大歓迎な俺は喜んでシャルルの申し出を引き受けた、さてこれで頭は洗えたので次は身体を洗う。


「じゃあ身体を洗うぞ、はい腕を出して」

「はーい」


 片腕をピッと真っ直ぐに伸ばすシャルル、その腕を持って指先からしっかり洗っていく。


「ふ、ふひゃ、ははっ……」


 手首から二の腕まで洗い、脇の近くに差し掛かろうとするとシャルルが奇妙な動きを始める。


「ふっ、ごめ、トージくすぐっ、あはははは!」

「おっと、くすぐったいのか。では」

「あっ、ダメトージっ、ははは!」


 グネグネと動くシャルルをガッシリと掴んで離さず腕を洗っていく、シャルルが頼んだことなのだ、途中で辞めるわけにはいかないよなぁ?

 両腕を洗い終えるとシャルルの息は少し乱れていた。


「トージぃ……やったね? だったらボクだってー!」

「おひょはー!! 待て待て、脇を集中させるなってー!」


 シャルルの反撃により、敏感な脇を中心にくすぐるように洗われる。



「お二人さん、楽しそうなのはいいですけどもう少し静かになさいませー」



 竹柵の向こう側から聞き覚えのある声が叱りつけてくる、この声はリュリーティアさんじゃないか。

 ふざけ合いながらも綺麗に洗った身体をお湯で流して、露天風呂へと入り竹柵に近づく。


「リュリーティアさんがそっちにいるという事は、この柵の向こうは女湯なんですか?」

「ええそうです、(ワタクシ)にとっては柵の向こうは男湯なのですが。それよりも柵で(へだ)てただけなのでそちらの声が全部聞こえてきますわよ、幸いこちらに他の客はおりませんけれど」

「失礼しました……でもそっちにもいないんですね。男湯も一人も入っている人がいませんよ」


 そもそもココノエ宿屋に入った時から、ハナさん以外の人を見かけていない。

 流石にこの大きさの宿屋を一人で切り盛りしているわけがないはずなので、従業員は他にいるだろうけれど。

 お客さんに関しては見かけない、というか気配が一切ない感じがする。


「そうなのですわね。こんな素敵なお宿なのに宿泊してるのが(ワタクシ)達だけとは、少しばかり贅沢(ぜいたく)だと思ってしまいますわ」

「まあいいじゃないですか、ちょっと行儀悪いですけどこうして楽しく露天風呂に入れるなんて滅多にないと思いますよ」

「ふふふ、一理ありますわ」

「トージトージ見て見て! メデュソゾア!」

「ん? メデュソ……なんだって?」


 声に振り返るとシャルルがタオルを温泉に浮かべて、丸い物体をプカプカと作り出している。

 クラゲか? メデュソゾアってクラゲの事を言っているのかシャルルよ。


「おープカプカしてて可愛いな」

「えー? 可愛いじゃなくて、美味しそうでしょ?」

「すまん、その感性は分からないな」


 でもクラゲを加えたサラダとかが美味しいのは分かる。


「いいですわねそちらは楽しそうで、(ワタクシ)は仲間はずれみたいで少し寂しいですわ」

「んん? だったら今度はリュリーティアも一緒に入ればいいんだよ、一緒に入れる温泉もあるんでしょ?」

「ぶふっ!!」


 な、何を言い出すのかね君は!?

 リュ、リュリーティアさんとい、一緒にだなんて……!

 それにそんな事を言ったらリュリーティアさんが鬼の形相をして怒り出してしまうぞ!


「へっ!? そ、そうですわね。機会があったら一緒に入っても、い、いいんじゃありませんことですますわよね!」


 リュリーティアさんが動揺をしているだと……!?

 それに最後の方はテンパっていて何を言っているのか分からなかった。

 よくよく思い出してみれば、シュルト城下町の時にリュリーティアさんが間違えて俺の手を握った時も物凄い慌てっぷりをしていたな、かと思ったら俺に髪の手入れをさせたりするし、要はあれか。

 不意かそうじゃないかの本人の心の持ちようで照れたりするのか、それはまた心にキュンとくるな。



「そ、そろそろのぼせそうなので(ワタクシ)は上がらせていただきますわ! お二人も長湯し過ぎないようにですわよ!」



 そう言うとザバンと温泉から立ち上がる音が聞こえて、柵の向こうから気配が無くなった。


「リュリーティア、どうしたんだろうね?」

「さぁな……でも」






「慌てるリュリーティアさんは可愛かったな……痛っ!!」


 突如女湯の方から飛んできた桶が俺の頭にスッポリとハマった。

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