ヌシ釣り大会・5
湖の底から食らいつくさんとする気迫の念を感じる、その正体は未だ釣られたことの無かったヌシの物だとルカ王女とマサさんは断言した。
二人はヌシ釣りのために自分の持ち場へと戻ってしまった。
俺達三人はというと。
「トージ、ヌシだって!」
「みたいだな」
「もうトージったら、なんでそんなにやる気がないの!? ボク達もヌシ釣りに挑戦しようよ!」
シャルルは湖底に潜んでいるであろうヌシとの対決を望んでいる、だがしかしそれに賛成するのは少し躊躇う。
「いやなシャルル? 俺達は普通の、いや例年より普通じゃないらしいけど……、とにかくその魚で手こずっているんだぞ。ヌシなんかとやり合ったら数秒で湖の中でヌシとこんにちはしちまうぞ?」
「でもでもせっかくのヌシ釣りなんだよ。勿体ないよ〜、リュリーティアもそう思うでしょ?」
「私は闘司さんの意見に賛成ですわよ。受付の方も仰っていたではありませんか、ヌシと対峙する際は怪我などの恐れがあると。生きるための戦闘での怪我ならまだしも、これはお遊びですわ。遊びで大怪我など馬鹿らしいですわよ?」
リュリーティアさんはシャルルを諭すように優しく語りかける。
それを聞いたシャルルも俯いてプルプルとしている、少し言い過ぎちゃったかな?
「……くじなし」
「ん? 何か言ったかシャルル?」
「二人のいくじなし! 遊びだ怪我だなんて理由つけてカッコ悪いよ!? もういいもん、それならボク一人でもヌシと勝負するもーん、ふんっだ!!」
瞬間俺とリュリーティアさんはショックを受ける。
シャルルがヌシ釣りをしようとする事に対してじゃない。
シャルルが、俺とリュリーティアさんを意気地無しと言ったこと、カッコ悪いと怒って言ったことに、膝を屈する程のショックを受けてしまったのだ。
お、俺はシャルルに情けないヤツなんだと思われたくない!
怪我なんて些細な問題で、シャルルに嫌われる事の方が死ぬほど嫌だ!
「待ってくれシャルル。俺が馬鹿だった、遊びでも何でも真面目に、強敵や難題に挑む楽しさを俺は忘れていたんだ、許してくれ!!」
「私からも謝罪しますわ……。シャルルさんの熱意に水を差すような発言、許してもらえますか?」
「トージ、リュリーティア……。ううん、ボクもごめん。二人はボクのことを心配して言ってくれてるんだよね? でもね、ボクも男なんだ。まだ誰も釣れてないヌシをボクの手で釣り上げてみたいんだよ! だから、一緒にがんばろ?」
こ、この子は本当にもう……なんて立派な男の子なんや……!
トージ感動してもうたやないかい!
シャルルはニヘっと笑って手を出す。
「トージ、リュリーティア。ルカとマサには負けてられないよ?」
可愛らしくしかし同時に格好良さを備えた笑顔で俺達を鼓舞するシャルル、俺はそれに頷いて応えシャルルの上に手を出す。
リュリーティアさんも同じように俺の上に手を重ねる。
「それじゃあ……ボク達三人の力でヌシを釣って優勝するぞー!!」
「「おーっ!!」」
まあさっきの通り、勢いだけで挑むとアッサリとヌシに敗北するので作戦会議をする。
「なんといってもまずはヌシがどんな魚なのか知りたいですね。知れば何かしら対策が出来るかもしれませんし」
「でも知る方法なんてあるのでしょうか? ヌシは一度も釣られたことが御座いませんのよ」
そうなんだよなぁ、関係者の人に聞いてみたけどやっぱり魚影は見かけてもそれが何の魚かは分からないみたいだった。
「ねぇトージ」
「うん、なんだシャルル? いいアイディアでも思いついたか?」
「ヌシのことはマサに聞くのが一番なんじゃない? さっき釣る寸前までいけたって言ってたじゃん。」
「あ……」
「シャルルさんは冴えておりますわね。ご褒美にマナキャンディを差し上げますわ」
「わーいっ! うぇー甘くない……でも舐める……」
さも当然のようにスパッと答えを教えてくれたシャルルに感謝しつつ、ヌシの詳細をマサさんに尋ねに行く。
「なんだ闘司……ヌシの正体だぁ? たしかに俺が一番近くで長くヌシと対決をしたけどよ。そうだなぁ……全部ってわけじゃねぇがある程度なら答えられるぜ」
良かったことにマサさんはヌシの詳細を覚えていた。
覚えている限りのヌシの特徴などを挙げてくれたところによると。
・大きさは十メートル未満。
・大きな口と顎を持ち、唇には鋸歯状の細かく鋭い歯を備えている。
・体型は紡錘型、要するに細長いラグビーボールみたいなものだろう。
・目が頭頂部寄りについている。
・体色は少し緑と黒が混ざったような色。
こんな感じか。
「分かるかぁ! なんだよその馬鹿げた大きさは!? クジラかよ!!」
分かってる、違うのは分かっているんだ。
マサさんは背びれを確認している、哺乳類であるクジラにはついていない。
それにクジラは紡錘型じゃないし、体色が緑がかったやつなんてのも知らない。
だとしたら一体なんだ、異世界の固有種ってやつか?
いや俺だけで考えるのはダメだ、異世界の事は異世界人の二人に聞くしかない。
「という事で、何か分かりますか?」
「ふむ……規格外な大きさを抜きにしてみれば当てはまるのはおりますわ、この特徴ですとたしか……そう、マイクロプテルスですね」
「あーあれかー、ボク食べたことあるよ」
「マイクロプテルス?」
やっぱり聞いたことない名前だ。
それに食べれるのかよ。
「マイクロプテルスの本来の大きさは四十弱、最大でその二倍程の魚ですわ。えっと、こんな感じの魚です」
リュリーティアさんは地面にそのマイクロプテルスとやらの絵を描いてくれた、ちょっとデフォルメされてて不覚にも胸きゅんした。
「ん? んんー……この魚、どーっかで見たことあるような」
「あら闘司さんの世界にもおりましたのね。この魚は結構な魚食性がありまして、自分以外の魚を食べたりなんかしてしまう迷惑な魚なのですわ」
「他の魚を食べる……? あっ……そうだブラックバス、ブラックバスだこいつ! 体色、紡錘型、そして他の魚を食べる、間違いないテレビで見たことある!」
俺の世界にいるブラックバスは外来種で、湖や川に放流されてしまい、そこにいる在来種である魚を食べてしまうのが問題とかで一時期テレビに取り上げられていたことがある。
「テレビが何かは分かりませんが知っているのなら良かったですわ。それで? 私は名前は知っていても習性など分かりませんのですが、闘司さんは分かりますか?」
「えーとなんだったかな……。まず二種類のタイプがあってですね、餌を求めて回遊するタイプと物陰に隠れるタイプがいるそうなんです」
「なるほど、それならヌシは恐らく物陰に隠れるタイプですのね。しかし何故急に現れたりしたのでしょう?」
「多分隠れてる時に近くに寄ってくる、つまりヌシの餌である魚が少なくなったからじゃないですかね?」
「ああ、私たち含め大会の参加者が魚を釣ったから……」
「ボクもお店で食べるものが来なくなったりしたら、厨房の様子を見に行ったりしちゃうな〜」
うーん、それは違う気がするぞシャルル。
とにかくいつもの場所で魚が取れなくなったから、今こうして俺達の近くへとヌシは繰り出してきたのだ。
「では、今こうして竿を垂らしておけばヌシは勝手に掛かってくれるということですの?」
「いや、隠れるタイプは結構慎重らしくてかなり近くまで餌が来ないと食いつかないらしいんですよ。どうしたものですかね」
「あら、それなら簡単ですわ」
さすがはリュリーティアさん、もう解決方法が浮かんだのか。
「闘司さんが直接ヌシに食いつかせればよろしいんですのよ」
俺は今湖の底を歩いている、手には釣り糸がついたルアーを持って。
リュリーティアさんの方法はこうだ、俺が湖の中に入りヌシを探して、釣り針を食わせるやら刺すやらして無理矢理ヒットさせる。
後は陸上のリュリーティアさんとシャルルがヌシを釣り上げるとの事だ。
何故俺かと言うと、まずスキルがある。
ヌシが好戦的な奴だとしても負ける要素は少ないから。
次に俺はウンディーネの加護のお陰で水の魔法が使える、逃げる際にもそれを使えば湖の中でも楽に逃げられるからだと。
最後に、これはもうまさに神頼みだけどいざとなったら神様が助けてくれるでしょうという他力本願。
まあ、シャルルとリュリーティアさんが危ない目に遭うのは避けたいので別にいいですけど、もう少しスマートな方法があったのではと思わなくもない。
「ん……?」
作戦の出来について愚痴を挙げていると陸で感じた不穏な気配を感じた。
よくよく周りを見ると周囲は少し薄暗く、所々に大きな岩が落ちていたりする。
隠れるとしたら絶好の場所へと気づいたら来ていたのだ。
つまりは今の不穏な気配はヌシのもの、すぐ近くまで俺は近づいているということ。
ここからは気が抜けない、最大限警戒をして事に当たる。
そんなヌシの存在に気を向けていると、無視を出来ないほどの揺れが起こった。
「わ、わ、なんだこの揺れ……いぃっ!?」
ゴゴゴと地面が揺れているのに気を取られて前方を確認していなかった、目の前からポッカリと丸い暗闇が迫ってくる。
いやあれは暗闇じゃない、あれは。
「ぬ、ヌシだァァァァァァ!?」
暗闇の正体はヌシの口、それもガバッと大きく口を開けて俺を捕食しようとしている寸前のもの。
もう少しで俺はパクリと一口で食べられる範囲まで来られてしまう、このままでは釣り針をかける前にやられてしまう。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!」
反対側に走って逃げる。
しかし距離は離れることなく更に詰められてしまう、そうしてヌシのギロチンは俺を食べようと断罪を始める。
[攻撃と敵意を確認、スキル発動、能力値上昇]
よっしゃ待ってました!
しかしヌシギロチンが俺をぱっくんちょするまで五秒前、いやそれより早い。
「なんのこれしきっ! そぉい氷柱五連発!!」
ありがとうウンディーネとルカ王女、俺は水の魔法に救われました!
氷柱五つは俺をヌシギロチンから守ってくれている、しかしバキバキと嫌な音をたてているので素早く針を唇にぶっ刺して逃亡を図る。
バックンと氷柱を砕き口を閉じる音が後ろから聞こえてくるなか、俺は走って逃げるのはダメだと分かり泳いで逃げる。
そこにさらに水の魔法を使用して水の流れを俺の泳ぐ方向に流す。
追い風ならぬ追い水の魔法だ、これにより尋常じゃないスピードで湖の中を泳げるようになった。
ここで俺はヌシの全容を確認するために後ろを振り返る、だがそこで初めてヌシの全貌を見た俺は驚愕してしまった。
「でっ……けぇ……」
そもそも今考えると口の大きさからしておかしかったのだ。
ヌシのサイズは事前情報の十メートル未満なんてものじゃない、あれはゆうにその三倍以上の大きさをもっているはずだ。
なんだよあれ、高層ビルに追っかけられてるようなもんだぞ怖いわ。
それに体色は緑がかった黒なんじゃなく、真っ黒だ。
そう、それはまるでワータイガーの色と全く一緒の真っ黒だった。
「あのバカ王女ぉっ!!」
分かった、なんでマサさんの時とサイズと色が違うのか、ヌシはワータイガーを食べたのだ。
栄養? たっぷりのワータイガーを食べたヌシは急成長を遂げて体色もソックリに変化し今こうして俺を食べようと躍起になっている。
このサイズとなるともう釣るなんてことを考えてはいけない、十メートル未満でマサさんは精一杯らしかったんだ。
それをこのサイズでリュリーティアさんとシャルルが釣れるなんてことは出来ない。
今はきっと竿を引いても全くビクともせず、ただただ釣り糸がみょんみょん引っ張られ続けているはずだ。
俺はそれを伝えるべく、それとヌシをどうにかする為に陸へと大急ぎで戻ることにした。
今ヌシに追われながらどうやって陸に上がるかって?
へへ、どうなるか分からないが一つ試してみたいことがあるんだよ、まあ見てなって。
俺は誰に言っているのか分からない言葉を投げつつ猛スピードで泳ぎながら、湖の底から湖面に向かって急上昇をした。
俺はトビウオのように湖の中から射出してシャルル達の所へと飛んだ。




