ヌシ釣り大会
今日はつり具店のオジサンが言っていたヌシ釣りのイベントがある日だ。
昨日一昨日だけであったが、釣りの練習をしてヌシ釣りへのモチベーションは高い。
その証拠に今日の俺は起きるのがいつもより早い。
俺を起こそうとしたリュリーティアさんの少し驚いていた顔はよく覚えている。
遠足の当日に、朝早く目覚めちゃう子供のようだという感想は受け付けません。
「湖のヌシってどんな魚なんでしょうねぇ」
「そのセリフを言うのは一体何回目ですの? 昨日や一昨日も言っていたじゃありませんの」
「えー、だって初めて参加する身としてはやっぱり気になるじゃないですかー。シャルルも気になるだろう?」
「釣ったお魚って食べていいのかなぁ」
「あらら、シャルルはそっちが気になるのか」
朝ごはんを食べた後にも関わらずシャルルは釣った魚の心配をしている。
よっぽどアクアヴェネツのお魚が気に入ったのだろう。
そういえばヌシ釣りがやるのは分かるけどどこでやるのかは知らないな、とりあえず湖に行けば大丈夫なのかな。
考え事をしていると扉が勢いよく開け放たれた、そんな騒がしい事をした犯人はルカ王女だった。
「アンタ達! 今日が一体なんの……ってなんで呆れた顔してんのよ闘司」
俺はそんな顔をしていたのか、具体的にはこの人は本当に王女なんだよな? と疑問を浮かべた表情のつもりだったんだけど。
「まあそんな事はどうでもいいわ、なんせ今日はアクアヴェネツの名物イベント! そう、ヌシ釣り大会があるのよー!! あれ……ちょっと、反応薄くない? なにアンタ達もしかして知ってた?」
「はい」「ええ」「うん!」
三人同時に返答を返す。
その答えを聞いたルカ王女は、驚かしてやろうとワクワクしてるイタズラっ子の顔からみるみるうちにつまらなさそうな顔になっていった。
これはウンディーネのイタズラ好きが、ルカ王女にも伝染っているのではと思わざるを得ない。
そうしてルカ王女は来た時の勢いなど微塵も感じさせない、のそっとした動きで部屋を退出しようとしている。
「知ってるならいいわ……。それじゃあね」
「ええ!? ちょっと待ってください! たしかにヌシ釣りの事は知っていますけど内容はほとんど知らないので! だから! だから誰かに教えて貰えると助かるんですけどねぇ!!」
「ええ、そ、そうですわ。知っているだなんて烏滸がましいくらいの、それくらい私達はヌシ釣りに対して無知でございますの。だから教えてもらえる方がいると助かりますわ」
「釣ったお魚は食べていいの?」
よく分からないけれど、このままルカ王女を返すのは可哀想なくらい寂しい背中だったので必死に引き留める。
内容を分かっていないという言葉に気を良くしたのかルカ王女はパッと明るい、少しムカつく笑顔で話しを始めた。
「そ〜う? だーったら私が教えてあげるべきねぇー。いい、ヌシ釣りってのはね……もうかれこれ二十年ほど前から続いているイベントなの。始まりはある一帯の湖でソイツが見かけられたことから始まったわ……」
えっ、そんな所から話すんですか? 今日これからヌシ釣りするんですよ、話しの流れからして長くなりますよねコレ。
「ソイツは見たことの無いサイズの魚だったそうよ……。だから皆で釣ろうってなったの、以上よ」
「……」
くそぉ……くそぉ……!
「それとそのヌシを釣った人には何かウチから豪華賞品が送られるそうよ、良かったわね」
「なんでそこは把握していないんですか……」
「ジイさん達が言っていた気がしたんだけど、右から左に流れていっちゃったのよねあっはっは。それじゃあ、会場まで行くとするわよ!」
「え、ルカ王女も来るんですか?」
「あったりまえじゃない! ヌシ釣りには毎回隠れて参加してるのよ私は」
そう言ってルカ王女はどこから取り出したのかニュっと釣竿を取り出した、俺達の持っている初心者用ではなく見るからに玄人用の釣竿だ。
ルカ王女の釣りをしている姿……割と似合っている姿を思い浮かべられる。
ルカ王女は待ちきれない様子で早く俺達を会場に連れて行きたそうなので、大人しく案内されることにしよう。
「ヌシ釣り大会の会場はこちらになりまーす。参加される方は受付で参加登録を済ませてくださーい」
人がごった返す会場に大声て呼びかけている大会関係者であろう人。
俺はその人に近寄り話しかけて受付の場所を教えてもらった、早速受付に向かい参加登録を済ますとしよう。
受付は大勢の人に対応するべくかなりの人数がいたので難なく登録が出来そうだった。
「はいどうも、ヌシ釣りに参加される方達ですか? それでしたらコチラの同意書にサインをお願いします」
「同意書?」
てっきりただ名前を書くだけかと思ったら、割とびっしりと文字が書かれた紙を渡された。
えーなになに……?
ふんふん、まあ参加することに同意するとかシャルルにとっては残念だが釣った魚はリリースすることとかの同意を求められているな。
ん? なんかやたらデカデカと赤字で書かれている箇所があるな。
「もし大会中に怪我、又は死亡したとしても自己の責任であり、大会運営及び関係者に責は無い事を同意す、る……?」
「ヌシ釣りというネーミングからは想像出来ない同意を求められましたわね……」
「お魚持って帰っちゃダメなんだぁ……」
俺とリュリーティアさんは驚いていたがシャルルだけ別の事で驚いていた。
受付の人は俺達がその箇所を見て暗い顔をしているのに気づいたのか、すかさずフォローを入れてくる。
「ああそちらは念の為という項目ですので、今までの大会で死傷者が出たことは一度もないので安心してください」
「で、でも一応そういう危険性はあるってことなんですよね?」
「まあそうですね、でもその危険が発生するのはヌシを釣ろうとした時だけのものなんです。それ以外の湖に放流されている魚では、むしろ怪我を負うのも一苦労ですよ?」
「えっ、ヌシって未だに釣られたことが無いんですか!?」
「そうです、だからこそ大会に参加する人は今年こそはと意気込んで盛り上がりますし。それにヌシが現れもしないので、そもそも危険も起きないんですよね」
なるほど、じゃあそういう事なら別に気にしないでサインしちゃってもいいか。
俺達三人は同意書にサインをして受付の人に渡す、これで登録は完了した。
登録の証として番号札と魚を入れるクーラーボックスを渡される。
この大会ではどの魚を釣ったか、もしくは何匹釣り上げたかでポイントが加算されていき、しまいに一番ポイントを多く稼いだ人が優勝となる。
優勝商品は秘密とのことで楽しみではあるな。
別としてヌシを釣り上げた人はその場で優勝が確定するらしい、それとルカ王女の言っていた通り城からの名誉賞というのか、ともかく何かが贈られるそうだ。
「よーし、じゃあ誰が一番ポイントを稼げるか勝負だな!」
「いいですわね、ビリの人はなにか罰ゲームをするというのは如何です?」
「いいねやろうやろう! ふふん、ボクが一番になるぞぉ、負けないからねトージ、リュリーティア!」
三人の間で今ここに静かに戦いの狼煙があげられた。
罰ゲームが心配ではあるが問題ない、なんせ練習の時に俺が一番よく魚を釣れていたからな!
その時に釣り方のコツも少し分かったし、リュリーティアさんとシャルルより有利には立てているはずだ。
三人でバチバチと火花を散らしていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「本日は皆さまアクアヴェネツ主催のイベント、ヌシ釣り大会へお越しいただきありがとうございます。ヌシが見つかってから長い事この大会は続いておりますが、ヌシが釣られたことは未だにありません。まだ見ぬヌシの姿を今年こそはと、私アクアヴェネツの王女ことルサ・ルカも期待で胸が一杯です」
参加して自分がヌシを釣ることに期待で胸が一杯なんだろうなぁ。
「それと今年のヌシ釣りは一味違います、なんと少し前にとても良い魚の餌が入手出来ました! これによってヌシだけでなく他の魚も大変活きがよくなっています!」
ふーん、良い魚の餌ねー。
手応えあるモノになっているっていうんなら、こっちもワクワクしてくるってもんだ!
「優勝賞品も素敵な物をご用意しておりますので奮闘の程宜しくお願い致します。それではヌシ釣り大会を、ここに開催することを宣言します! 皆さん、頑張ってくださいねー!」
猫を被ったルカ王女の開会宣言により会場の熱気が一段階上がった気がする。
それにしてもルカ王女、壇上から降りた途端に姿を消してしまったぞ。
ジイさん達が慌てている中、マリンさんはまたかと頭を抱えて呆れていらっしゃる様子だ。
今朝も言っていたとおりルカ王女もヌシ釣りに参加するべく公務から逃亡したのだな。
こっそりとマリンさんに近寄って、ルカ王女は釣りをしに行った事を一応伝えておく。
「やっぱりですか……。毎年消えては釣りをしている所を発見されていますから、むしろこれも伝統と言えますね。まあダメ王女はこの日のためにやるべき仕事を終わらせているので、アタシも怒るに怒れないんですが」
それほどの熱意をヌシ釣りにかけているのですかルカ王女よ。
「闘司さん達、もしルカ王女を見かけたら程々にするように言っておいてもらえますか? その代わりと言ってはなんですが、釣りの穴場をお教えしますので」
そんな事でいいならと引き受けると、マリンさんは俺達を穴場へと案内してくれた。
「ここがあまり人が来なくて、魚がよく釣れる穴場なんですよ」
マリンさんに案内されたのは、受付会場からほぼ反対側の湖。
チラホラ人がいるけれどそのどれもが初心者ではなく、熟練者といった風貌をしている人ばかりだ。
「ちなみにここはヌシがよく見かけられるポイントでもあるんです、受付の反対側で初心者の方は遠くてまず来ませんし、熟練者の方ばかりがヌシを求めてここに集まるんです」
「ははーなるほど、俺達みたいな素人がここにいると浮いて目立っちゃいますね、ははは」
「ふふ、気にしないでいいんですよ。皆さん
釣りを楽しむことが一番なのですから、熟練者の方も初心者の人が楽しそうに魚を釣っていると嬉しくなるものなんです」
マリンさんの発言に周囲の人が反応したのか、周りを見ると俺達に向かって会釈や笑顔を浮かべて迎え入れてくれる人がいる。
「ほら、良い人達ばかりでしょう? それじゃあアタシは仕事がありますのでこれで失礼します。ルカ王女のことよろしくお願いしますねー!」
「はい、ありがとうございましたー!」
マリンさんは小走りで会場の方へと去っていった。
それじゃあ良い場所を教えてもらったんだし、バンバン魚を釣っちゃおうかな。
適当なポイントを選んで折り畳み椅子とクーラーボックスを置く。
釣りは時に忍耐を試されるので、こういう椅子が無いといざ釣る時に体力を消耗してたりするのだ。
「ね、ね、罰ゲームってどんな罰ゲームなの?」
「うん? そういえばどんな罰ゲームなんですかリュリーティアさん?」
「そうですわね……これと言って特に決めておりませんでしたわ」
「じゃあボク! ボクはね、ビリの人はオスシをご馳走するってのが良い!」
あの高級お鮨をご馳走だと……? というかちょっと待って、もしシャルルがビリだとどうするんだ。
お財布は俺とシャルル共有だし、それは結局俺もご馳走する事になってしまうのでは?
「あら、でしたら私はビリの人は一日絶対服従権とかにしたいですわね。」
怖い! 言葉のチョイスが怖いよリュリーティアさん!
一体負けたらどんな事を命令させられるというのだ……。
よ、よしじゃあ俺だって!
「俺もリュリーティアさんと同じ罰ゲームにします」
「最低ですわ」
「なんでですか!?」
「もし私がビリになったらあんな事やこーんな事を、拒否できない私に命令するおつもりなんですわね……」
「ししし、しませんよ!?」
「あんな事やこーんな事って? 買い物の荷物持ちとかかなぁ?」
シャルルの穢れなきお言葉に、俺とリュリーティアさんは酷く打ちのめされた。
「すいません闘司さん……その罰ゲームでよろしいと思います……」
「あっはい……そうですね……」
「んん? 決まったんなら早く釣ろうよ、ね!」
シャルルは早く釣りをしたいみたいで釣竿を手に目をキラキラさせている、その純粋な目と心をいつまでも持ち続けてほしい。
釣竿のセッティングをして、いざ釣りを行おうとした時俺達の目の前に人が立っていた。
つばのある帽子を深く被りサングラスをかけて、青色のライフジャケットとレインブーツを着用している。
そんな恐らく熟練者の方がなんで俺達の前で仁王立ちをしているのかと疑問が浮かぶ。
「ふっふっふ、まさかアンタ達がこの穴場にきているとはねぇ」
「そっ、その声は!?」
「だけど残念、ヌシを釣るのはこの私。そう! ルサ・ルカに決まっているのよ!」




