出発と馬車と
昨日は無かったシーツ引っペがしがあることにうんうんと頷きつつゴロゴロと壁に転がっていく。
ゴン! と後頭部を打ち付けて悶える。
「いい音がしましたわね」
「何ですかその感想……」
「実のところ闘司さんが毎朝どんな風なリアクションをするか楽しみになってまいりました」
勘弁してください。
今日は出発の日ということで少し早めに宿屋を出ることにした。
「もう行くのか、なんだか早いもんだな」
「闘司くんたちが行っちゃうとこの宿屋が少し静かになっちゃうわね」
「サシャ、私がいるだろう?」
「アンタは毎日うるさ過ぎるんだよ! まったく……この町に寄る時はまた泊まっていってちょうだいよ」
「ええそうします、居心地が良かったですしねこの宿屋は」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない! でもサービスはしないわよ?」
そんなやり取りをしてお世話になったガラシャの宿屋を出発する。
どうやらガラッドさんが西門まで送ってくれるみたいだ。
「ガラッドさん、この後門番の仕事があるから見送りなんて大丈夫でしたのに」
「そんな冷たい事を言わないでくれ。お前達が私らの宿屋に来てくれたこの一週間は、家に帰るのが本当に楽しみだったんだ。そんなお前達と当分会えなくなってしまうんだ、それならば少しでも最後まで長く居たいってもんだよ」
「ガラッドは優しいんだね!」
「そうだぞシャルル、私は優しいんだ。だから次の町に言った時は、シュルト城下町にあるガラシャの宿屋は優しい店主が居て最高ですって広めてくれよ?」
こらこら宣伝活動をしない、なんか色々台無しだよまったく。
そうして来た時と同じような大きな門の前に着いた。
ガラッドさんは西門の門番に話しを通してくれて、特に滞りもなく通れることになった。
「それじゃあガラッドさん、ありがとうございました。また来る時は宜しくお願いします」
「じゃーねガラッド!」
「宿屋の仕事もよろしいですが、今度は門番の仕事をサボりませんようにね」
「ははは耳が痛いです……。それじゃあ気をつけて!」
そうして俺達は西門をくぐり抜けていった。
西門を抜けた先は同じく広がる平原であった。
アクアヴェネツに向かうには舗装された道があるのでそれに沿って行き、途中の分かれ道を右に曲がれば大丈夫との事だ。
なのでまずはまだ一本道の所を歩いていく。
町の中の景色も良かったが、外の自然があるこの景色もやはり気分が上がる。
鼻歌でも歌いながら歩いてもいいくらいだ。
「ご機嫌ですわね」
「そうですか? いやそうですね、気分はとても良いですよ。俺の住んでいた所ではこういう景色は見れませんでしたので、見れたとしてもほの場所はかなり遠くなので気軽に行けませんでしたし。だから尚更嬉しいんです、今こうしているのが」
「今くらいはそうやって楽しんでいてくださいな」
「な、なんですかその言い方は……」
不安になるような事を言われてしまったのでとりあえず少し落ち着くことにした。
しばしそうして歩くこと一時間、意外と早く分かれ道に辿り着いた。
親切に看板が立てられており、右はアクアヴェネツ方面、左にはサラマッド方面と書かれている。
もちろん右側の道を歩いていく。
道を歩きだしてすぐ先に、いわゆる馬車のような姿が止まっているのが見受けられる。
「あれ? ねートージあれってなーに?」
「何って、多分馬車じゃないか? ほら俺達みたいな旅人さんとか」
「ううんそうじゃなくて、ほらその馬車の隣に何か剣を持った人達がいるんだよ。何してるのかなって」
「ええ? いやちょっとそこまで見えないなぁ」
「っ……! 闘司さん、少し急ぎますわよ」
「えっ? いや、ちょっと」
そう言ってリュリーティアさんは走り出した。
シャルルもその後に続いて走り出した、俺も追いかける……って、だから速すぎるんだよあの二人!
俺も元の世界では一般的には走りは速い方のはずなのに、あの二人とどんどん離されていく。
必死になって追いかけながら二人に遅れて着くと、そこには数匹の狼みたいな魔物と戦う男女の姿があった。
「敵はウルフェンですけれど少しまずそうですわ、私も加勢致します」
「よーしボクもやるよー!」
「いや、二人とも、ええ?」
そう言って二人は戦闘をしている男女の前に出ていく。
男女はいきなり現れた二人に驚いていたが、敵ではないと分かり安堵した顔をしていた。
ウルフェンという魔物も警戒しているのかグルルルと威嚇するように唸って様子を伺っている。
しかしリュリーティアさんはそんな様子見などお構い無しに、いきなり姿がブレたかと思うと低い態勢で剣を居合切りのように構えて、一匹のウルフェンの前に急接近していた。
そのまま剣を首に一閃、ウルフェンは切られた事に気づいていないのか、身体は倒れず立ったままだ。
だが切られて高く飛んだ首が地面に落ちると、死を理解したかのように倒れ伏した。
他のウルフェンは仲間が倒されたことに激昂したのか、一斉にリュリーティアさんに襲いかかろうとする。
「させないよ、エアスラスト!」
「きゃっ!」
シャルルがマウントグリフォンに使っていた魔法を繰り出した、が、それはあの時の魔法とは桁違いな威力だった。
目に見える風の刃は無数に飛び、襲いかかる残りのウルフェン達を粉微塵、文字通り粉微塵にした。
地面も抉れるのではなく、綺麗に切り裂かれているのが威力を物語っている。
「ちょっとシャルルさん危ないですわ! もう少しで巻き込まれる所でしたわよ!?」
「ご、ごめーんリュリーティア。威力が上がってるのすっかり忘れちゃってて……」
「まったく、次は気をつけてくださいね……。それで、お二人はご無事ですか?」
「あっ!? は、はい幸い怪我は無いです! なぁ?」
「え、ええ。貴方達のお陰で助かりました。ありがとうございます」
「それなら良かったですわ、走ったかいがありますわね」
チラリと俺を見ないでください遅くてごめんなさい。
「あ、あの助けてもらって何なのですが私達にお礼出来るような物なんて無くてですね……」
「いやいやいや大丈夫ですよ! そんな見返りとか求めてないですから!」
「その通りですけど闘司さんの言うことではないですわね」
「うぐぐ……、そ、それより二人はどうしてこんな所に?」
「これからアクアヴェネツに行こうと思ってこの道を進んでいたんですが、いきなりこのウルフェン達に囲まれてしまいまして……。何とか追い払おうとした所に貴方達が来てくれたのです」
なるほど、俺達と同じアクアヴェネツ行きの人達だったのか。
「俺達もアクアヴェネツに向かってる途中だったんですよ、良ければ一緒に行きませんか?」
「良いんですか!? それは、助かります! あっと、えっと、そうだ俺、違う私の名前はハンスって言います。そしてこっちが」
「ララです。一緒に行っていただいて助かります。こう言うと利用してるみたいで気が引けるのですが、私達では魔物の相手は荷が重くて……だから戦闘に慣れてる方達が一緒で安心できます」
「利用してるだなんて、困ってる人を助けるのは当たり前ですよ。でも……まぁ主に助けるのはこの二人ですけどね……へへっ……」
自分は何もしていないのに感謝の言葉をかけられても罪悪感しか出てこないので卑屈になってしまった。
「そうだ、俺の名前は八代闘司って言います。んでこっちの凄腕の人は」
「リュリーティア・アルチュセールですわ。そしてさっきの凄い魔法を使ったのがこちらの」
「シャルルだよ! よろしくねハンス、ララ!」
「という事になります、少しの間宜しくどうぞ」
ハンスさんは俺達を馬車に乗せてくれた、割と歩くのに疲れていたので助かった。
馬車内で話しをしていくと色々分かっていく。
「へー、ハンスさんとララさん今度結婚するんですか! それはおめでとうございます!」
「ははは、照れちゃうな……でもありがとう。それで、結婚式はアクアヴェネツで挙げようって話しになって、こうして馬車に乗って目指していたんです」
「うふふハンスったら、私がアクアヴェネツで結婚式したいって言ったら、ララの願いは俺が全部叶えてやるー! って急に叫び出すんですもの。そうしたと思ったらいつの間にか準備をしていて、さぁ行くぞララ! なんですよ? 笑っちゃいますよね?」
「でもそういう所に惹かれてしまったのですわよね」
「えっと、それは、そうですけど……」
かー! 何だか凄いムズ痒い空気だー!
二人は今とっても熱々な時期らしく、時折手を絡めたり見つめあったりしているので目のやり場に困る。
魔物は置いといて、俺達この空間にいるのは邪魔なのでは? 馬に蹴られないかなこれ。
「そう言えば闘司さんとリュリーティアさんはご夫婦なんですか? 大きなお子さんもいるみたいですけど」
「「ぶっ!!」」
ハンスさんに聞かれリュリーティアさんと同時に吹き出す。
「ち、違います!」「違いますわ!!」
「えっ? そうなのですか私はてっきり……。これは失礼しました。では一体?」
「えっとねー、ボクとトージとリュリーティアはね、家族で旅仲間だよ!」
「あらシャルルくんそうなの? ふふふ、素敵な家族さんね」
「えへへーそうだよ、トージはボクの恩人でとってもカッコイイし、リュリーティアはねとっても強くて綺麗なんだ」
くっそぅ! シャルルにそう言われるとすっげぇ嬉しくて顔がニヤける!
リュリーティアさんも褒められて満更でもなさそうだ。
「と、とにかく俺達は結婚はしてないので!」
「でしたら一緒に式をあげますか? ふふふ」
「からかわないでください……。」
「そうですね、そろそろからかうのはこの辺にしておきましょうか。それに野営の準備もしないといけませんしね」
「ハンスさん……ララさんって、意地悪な所がありますよね」
「そこがまた良いところなんだ」
ダメだこれは。
野営の準備を進めていく俺達、役割分担をしていく。
火の担当はリュリーティアさん、これは火の魔法が使えるということで。
シャルルはその火を絶やさないための木材を、風の魔法で手頃な大きさに切るのと、適度な風で火に酸素を送る担当。
ハンスさんとララさんは食事の準備をしている、物凄いイチャイチャしてるのでこれには混ざらなくて正解だろう。
というわけで俺はテントを設営中。
出発の前にリュリーティアさんもいるしテントは二ついるだろうと本人に言ったら。
『はい? そんなのお金の無駄ですしいちいち二つ組み立てるのも面倒ですわ。少し大きいの一つで結構です。え、何ですか、一緒は不味い? 何ですの闘司さん、早死にしたいのですの?』
と仰ったので結局一つだけ買った、有り得ないが億が一にも俺がリュリーティアさんを襲ったら死ぬのは確定らしい。
絶対にしないように肝に命じておこう、というわけでドームテント組み立て完了です。
出来栄えとしては中くらいの出来となったけど大丈夫だろう。
「おー、テントってこんな感じなんだねぇ」
「シャルル、木材はもういいのか? だったら中に入っていても良いぞ」
「えっホント? じゃあ終わってるから入ってみる!」
初めてのテントに興味津々なシャルルは中に嬉々とした様子で入っていく。
シャルルは中に寝そべりゴロゴロとしている。
やがてピタリと止まり、寝息が聞こえてきた。
「いやいやいや寝るな寝るな、ゴハン用意してるから起きろシャルル」
「ゴハン!」
バッと起きてテントから出てくる。
ゴハンのワードを正確に聞き取る恐ろしさたるや。
さてコントをしてないで、ちょうど料理が出来上がったみたいなのでいただくとしよう。
ハンスさんとララさんの持ってきた料理はスープと野菜炒め。
木のお皿に盛られたスープには色々な野菜が入っている。
「ごめんなさい野菜ばっかりになっちゃって、お肉は保存がきかないから」
「いえいえとっても美味しそうですしありがたい限りですよ」
「いっただきまーっす!」
まずは野菜スープからいただくとしよう。
一口すくって飲む、オーソドックスなコンソメ味、美味しい。
野菜をとって食べる、これもまた美味しい。
もう一度野菜を……ハート?
「ハート……?」
「あっ! ちょ、ちょっとララ! 本当にあのハートのやつ入れちゃったのかい!?」
「もちろんよ? だって捨てるなんて勿体無いじゃない」
「そうだけど……あっそのすいません闘司さん。気にしないで食べてもらえると助かります……」
「あはは、大丈夫ですよ」
ハートの野菜を噛むのは気が引けたので無理やり飲み込む。
気を取り直して野菜炒めをいただこう。
シンプルな塩胡椒で炒めた野菜たちはシャキッと歯ごたえも良い。
食べ進めると野菜炒めから埋もれたハートの野菜が現れた。
「ハート……」
「ですわね……」
リュリーティアさんのにも入っていたみたいだ。
結構な数のハートをぶちこんだようですね。
流石に飲み込むのは辛いので複雑な気持ちで噛み砕いていく。
別の意味で食べづらい食事が終わった。




