仕事仲間で相棒で親友で
ニカッと笑った拍子に見えた白い歯が男性の最初の紳士的な印象を別のものに塗り替えた、今はその身に纏うスーツ姿が酷く似つかわしく思える。
そして男性は詳しく話をしたいと言って、俺とシャルルを落ち着ける部屋まで案内してくれている。
「あのー……俺達は何処に連れていかれてるんですか?」
「この館にあるハロルドの私室です、警戒せずとも襲いかかったりはしませんので御安心を。それと名乗るのが遅れて申し訳ありません、この館の館長を務めさせていただいておりますハッチャー・ヤエヒロです。以後お見知りおきを」
「ボクはシャルル、よろしくねハッチャー!」
「翡翠のように綺麗な眼をしていらっしゃる、宜しくどうぞシャルルさん」
ハッチャー・ヤエヒロことハッチャーさんはそのまま歩みを続けて、暗がりの奥にポツンと佇むある一つの部屋までやってきた。
キィと少し錆び付いた音を鳴らす扉を開けて中へと招き入れられると、中には部屋の大部分を占領する程の本と紙束と謎の道具が置かれているのが目に入った。
「これだけではありません、倉庫にも書物等が大量に保管されております」
俺の疑問を読み取るようにしてハッチャーさんがそう口にした、ニチビィエの事を調べる為に本を読み尽くしたというのはコレを目にしたら信じる他ない。
幸いなことに足の踏み場はしっかりと確保されている、どうやら掃除をする羽目にはならなそうだ。
「お掛けください、すぐにお茶をお持ち致します」
さっきの荒々しさを巧妙に隠すようなハッチャーさんの所作は感心する、必要以上の遠慮などが浮かばずに自然体のままおもてなしを受けることが出来るのだ。
「ねぇトージ、あれってハロルドのお家にもあったよ」
シャルルは木のケースに入れられた道具を指さした、その中にはノミやハケなど細々としたものが整頓されて置かれている。
「凄いぞシャルル、よく覚えてたな」
「ちょっと気になってたからね、何に使う物なのか分かる?」
「多分……遺物の発掘に使う物だろ、そんなのを前に見かけたことがある」
世界の不思議を発見するような番組でだけどな!
シャルルはこの部屋にあるものが興味深いのかキョロキョロと首を動かしながら、あれは何これは何と質問を繰り返していく。
「じゃあじゃあコレはー……あれ、これは剣だよね?」
「剣……だな、錆びて刃こぼれしてる」
「それは私の私物でございます」
香り立つ紅茶を持ってきてくれたハッチャーさんがそう答える、この剣がこの人の私物?
「それについてもお話の合間にお聞かせできると思います、まずは喉を潤しましょう」
勧められたのならありがたく頂戴しよう、香りを軽く楽しみながら口に含む。
落ち着く味と香りが心を癒して、そしてゆっくりと嚥下すれば胃がじんわりと温まった。
隣を見ればシャルルも同様に顔を綻ばせながらお茶菓子を貪り食っている、ちょっと落ち着こうかシャルルくん。
「ハッハッハ、その様にされるとお茶を用意する甲斐があるというものですな」
「食欲旺盛な子ですいません」
「う? ふいまふぇん」
そう言いつつもモゴモゴと食べ続けるのが止まらない、仕方ないので俺の分のお茶菓子もあげよう。
「さて何からお話を致しましょう……そうですね、闘司様とハロルドのご関係をお聞かせ願えますか?」
うむむどう話したものかな……うん、やましい事なんて無いのだから下手に誤魔化すよりは全部伝えた方が良さそうだな。
「実は昨日知り合ったばかりなんです」
「ほう」
「突然ハロルドさんから話しかけられまして、泊まるところを借す代わりに仕事を手伝って欲しいと頼まれました」
「……なるほど」
目を閉じて深く頷きながらそう口にした、何かあったのかと尋ねたいところだがまずは俺が先に話し終えるとしよう。
「内容は遺物発掘の際にハロルドさんの警護と……助手として共に調査をすることです」
「む……助手、ですか。それは闘司さんのみですよね?」
「はい、ハロルドさんは何を血迷ったのか俺を指名してきました。というかこの後帰ったら断ろうかなと思ってます」
「それは勿体ない。ニチビィエの真贋が分かる者など、ハロルドはのどから手が出るほどに欲しがりますよ」
本人から君が欲しい宣言をされたのでそれはとてもよく分かる、ただ……スキルの事を話してないからなぁ。
「何やら事情があるのですね、お尋ねしても?」
「多分大丈夫、です。えっと……ハッチャーさんはスキルのことをはもちろん知ってますよね?」
「ええ、我々がより良く生きていくために八神様が授けてくださる補助的な力かと」
「ま、まぁそんな感じだったようなそうでないような……とにかく、俺にはそのスキルがあります」
「それはそれは。して、どのようなスキルなのでしょう?」
他三つを隠して図鑑スキルの内容だけをハッチャーさんに告げる、口を挟まず静かに聞いてくれたのでボロもださずに伝えることが出来た。
「と、言うことなんですけど」
「なるほど」
「はい……え、それだけですか?」
「はて、それ以外にどのようなお言葉をご所望なのですか?」
ご所望もなにもないのだけれど……もっと非難とかされると思っていたので拍子抜けだ。
俺の気の抜けた顔に軽く微笑んだハッチャーさんが話し始める。
「眉根を寄せて何をお考えなのか当ててみせましょうか? 大丈夫、負い目を感じる必要などないのです」
「でも……狡いとは思いませんか? 努力も何もしないで力だけを持ってるなんて」
「ただ持つだけで力をひけらかしたり悪用するならそれは良くありません、ですが闘司さんは違います」
うん、仮にそういうことをするとしてもリュリーティアさんに殺されそうなので絶対にしない。
あとシャルルに嫌われたくない、これが一番の理由。
「それに先程も言いましたがスキルとは補助的な力、つまりはその人が潜在的に持つ力の補佐をしてるだけなのです。だからそのスキルは元々闘司さんの秘めたる才能を引き立てているだけに過ぎませんよ」
「な、なるほど」
まさか神様はそういう意味を込めて俺にこのスキルをくれたのだろうか……?
スマンの、ワシお手製の[ステータス変動]以外は適当に選んだものじゃ。
「くぅ……! わざわざ言わなければ暖かい気持ちに包まれたってのにぃ……!!」
「ど、どうされましたか?」
いかんいかん、ハッチャーさんに心配されてしまった。
「すいません気にしないでください……でもハッチャーさんがそこまで言ってくれるのだから、考えを改めてみます」
「はい、それがよろしいかと」
「ハッチャー、お菓子のおかわりください!」
「シャルルは後でデコピンな」
「な、なんで!?」
遠慮のなさと話の腰を折ったからだ、しかしそうお説教する前にハッチャーさんは既に席から立ち上がってお菓子を用意していた。
まるで初動が掴めなかったので少しビックリしたのは内緒だぞ。
「お気遣いありがとうございます、ですがここのお茶菓子はお客様からの頂き物なので遠慮はご無用ですよ。とは言っても頂き物をこうしてお出しするのも失礼だとは思いますがね、ははは」
お気遣いの紳士ぃ〜、むしろこっちが逆に気を遣われてますよ。
しかしなんだか不思議な人だな、明らかに紳士然とした対応なのに最後の笑顔はどこか荒っぽい雰囲気を感じる。
別に観察眼が良いわけじゃないけれど妙な違和感が拭えない。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
「ありがとうハッチャ……あっ!!」
テーブルに置かれたお茶菓子と紅茶を受け取ろうとして伸ばしたシャルルの手がお皿にぶつかる。
やばい、そう思った瞬間にお皿は吸い込まれるように床へと自由落下を開始していた。
「ダメか……!?」
無理と分かりつつも咄嗟に出した俺の手は無情にも皿の上を横切る、もう間に合わないと思って目を瞑ろうとしたら影が前を通り過ぎた。
「おっとっと、よし……ほら、気をつけろよシャルル」
「あ、うん。ありがとうハッチャー」
「うぇ……?? ハッチャーさん、えっと、どうやって」
「うん? どうやってってそりゃ普通に……おっと失礼した、ゴホン。普通に手で受け止めただけですよ」
俺たちの向かいの席に座っていたのに普通に受け止めたと言われても困ってしまう、しかも結構揺れたはずなのに紅茶が一滴も零れていない。
「つぅ……!」
「うわ、大丈夫ですか!?」
ハッチャーさんが膝を抑えて顔をしかめている、慌てて駆け寄るも手で制して止められた。
「問題ありません、古傷が傷むだけですので」
「古傷……」
思わず呟いた言葉をどう捉えたのか、ハッチャーさんは衣服に隠された膝を露わにしてこちらに見せてきた。
そこにあるのはひび割れた岩に走る亀裂のような大きな傷跡、時間が経っているのだとすぐに分かる風化具合だが痛々しさはまだ如実に残っている。
「痛そうだね……ごめんねハッチャー、無理させて」
「お気遣い痛み入りますシャルルさん、ですが本当に問題ありませんよ。ほとんど傷は癒えて日常で動くぶんには痛むことなどまずありませんから」
「いやいや、例えそうだとしてもすいません。ちなみに……その傷の経緯は聞かない方がいいですか?」
失礼なのは承知だけど少し気になるのもまた事実、怒られないなら是非とも聞いてみたい。
「もちろん構いません、この傷のこともお話しするつもりでしたので」
「そうなんですか? じゃあもしかして」
「はい、ハロルドに関係しております」
とりあえずまずは再び椅子に座って話を再開する姿勢に入る、ちゃんと聞くためにまずは紅茶で喉を潤そう。
「では、話を続けるとしましょう」




