何を見てきたかの違い
結構派手に転がったのにアマレットさんは普通に立ち上がり服の汚れを払った、その後にリュリーティアさんを睨みつけて声を張り上げる。
「流石は『元副団長』、いい蹴りをするじゃないですか! でも僕はこんなモノではやられませんよ!」
一体何が彼女を怒らせているのか、理由は分からないけれど事態はもはや穏便には済まないのだろう。
リュリーティアさんは歩みを進めてアマレットさんの元へ向か……わないで俺の方へやってきた。
「ふむ、怪我はありませんわね」
「え、はい。リュリーティアさんのお陰で助かりました、ありがとうございます」
「構いませんわ、それとシャルルさんもご無事のようで」
「うん!」
まるでアマレットさんなど居ないかのように振る舞い、視界にすら入れないで俺達の心配をする。
それはとても嬉しいんですけど流石に危険なのでは?
「僕を無視するなぁああああ!!」
ビックリしたー……ほらやっぱり無視するからとても怒ってるじゃないですか。
アマレットさんが剣を構えて地を駆ける、滑るような移動は鮮やかで一種の舞にすら見えた。
さすがに無視はできないのか、リュリーティアさんも鞘に納めたままの剣で対抗するようだ。
「シィッ!!」
「っ……」
見えたのは二つの残像、しかし実際に聴こえてきた鞘にぶつかる音は五つ……それとリュリーティアさんの頬に受けた一つ。
高速の剣筋とでも表現すればいいのだろうか、以前闘技大会で戦ったクイットゥナーよりも全然速い、とにかく俺なんかでは捉えきれない程だ。
静かに頬から垂れる血を親指で拭う、やだ……リュリーティアさんがカッコイイ。
「なるほど、素晴らしい剣技をお持ちのようですわね。もしや貴女が今の副団長ですの?」
「そうだ! 僕が……僕がこの騎士団の副団長なんだ!!」
「何をそんなに熱くなっているのですか鬱陶しい」
「黙れっ! お前が居るから……僕がいつまで経っても皆から副団長と思われない、いつまでも舐められたままなんだよ!!」
叫びながら次の攻撃に移った、連撃なのは分かるけれど正確な数は把握出来ない。
ガンガンと鞘で受け止める音と一緒にリュリーティアさんから少しずつ軽い血飛沫が飛んでいく、リュリーティアさんでも受け止めきれずに傷を負っていく鋭さなのだ。
「はは、はははは! 皆から慕われてる『元副団長』も所詮はこの程度、僕の方が実力は上なんだ!」
「自惚れるのではありません」
「虚勢を張らなくていいんですよ、そうだ……ハンデをあげましょう。僕はこの剣だけで戦います、『元副団長』は魔法でも何でも好きに使ってください。それで対等と言えるでしょう」
「はぁ……?」
瞬間、アマレットさんの攻撃が止まる。
いや……リュリーティアさんが止めたんだ、素手で剣を握りそのまま動きを封じ込めたのだ。
手からは尋常じゃない血が流れ落ちる、慌てて駆け寄ろうとするが視線で大丈夫と告げられてしまった。
「なっ……」
「剣だけを使って……? 貴女は本当に団長から指名された副団長なのですか?」
「う、うるさい、そうだ! ウィガー団長に僕は選ばれたんだ!」
「嘘ではなさそうですわね。ならば……団長! 何処かでこちらを見ているのは分かっておりますわ。今から思惑通りに仕方なく、私がこの愚か者の教育をして差し上げます! ですが後で覚えておいてくださいませ!」
訓練所全体に透き通っていく声、何処かに隠れているウィガーさんにも届いているはずだ。
言い終えて満足したのか握った手を開いてアマレットさんを解放した、慌てて後ろに飛び退いて離れていく。
「闘司さん、今から闘司さんには治療を沢山していただきます。マナキャンディは持っていますか?」
「は、はい一応。じゃあまずはその手から」
「私ではなく、あの方にですわ」
「……殺さないですよね?」
「あの方が脆くないことを祈ってあげなさい」
この後の展開が予想できた、青筋が浮かんでいるんじゃないかと思う程にブチ切れているリュリーティアさんはきっと勝利するだろう。
俺が危惧すべきことはアマレットさんの方だ、多分、恐らく、絶対に悲惨な目にあう。
「シュルト城下町騎士団副団長、名を名乗りなさい」
「何故そんな事を!」
「名乗りなさい、一時的に今から私は団長の代わりですわ」
「アマレット……アマレット・ローズだ!」
「よろしい。ではアマレット、今からこのリュリーティア・アルチュセールが指導をして差し上げます。愚かな貴女が学び損ねた事を身体に分からせます、処理が面倒なので死ぬのではありませんよ」
リュリーティアさんが拳を鳴らして臨戦態勢に入った、穏便には済まないとの予測はどうやら当たってしまったみたいだ。
もはや見ていられない、だが俺はリュリーティアさんに頼まれてしまった。
地面に倒れ付すアマレットさんを水の魔法で癒す、癒してしまう。
アマレットさんがフラフラと起き上がろうとした所に、風切り音を鳴らす蹴りが飛んできて顔面を直撃した。
「ぐっ、がっ、ご……っ」
「どうされたのですか、まだ私は魔法を使用しておりませんわよ」
俺は心を殺して機械的に治す、今度のリュリーティアさんは立ち上がるまで待った。
身体の傷は治せても心の傷は治せない、蓄積されて影響を及ぼす。
アマレットさんの剣を握る手は震えっぱなしだ、最初の威勢など幻想のように消え去っている。
「ふーっ……ふーっ……ぐ、うわぁあああああ!!」
「ふん、あれだけで剣の質が落ちるとは情けないですわね。ハッ!」
「ぐ……ぐぇええ……ゲホッ、ゲホッ……んぐ!?」
半身にズレなから剣を避けて腹に拳を捩じ込む、たまらず嘔吐するアマレットさんを抱きかかえたリュリーティアさんは汚れを気にせずに手で口を覆った。
「っ……!!」
手足使ってリュリーティアさんの身体を引っ掻くアマレットさん、窒息しそうな彼女はいま必死に生にしがみついている。
「剣以外も使えるではありませんか、それでよろしいのです」
「ゲッ……ヒュ……ガハっ……」
「あら、吐瀉物が喉に詰まってますのね。吐かせてあげます……わ!」
「グゲェ……!? ひ、ひぐ……うぅ」
「闘司さん、治してあげなさい」
「や……もうやべで……」
「何を仰るのですか、ようやく剣以外も使えるようになってきたのです。これからが本番ですわ」
近づく俺の足にアマレットさんは縋りついた、その顔はもはや戦う意思などありはしない、中性的な顔など崩れ去っている、だが俺は傷と吐き気を治した。
「な、なんで……」
「治してもらったのになんでとはなんですか、ほら立ちなさい」
「い、嫌だァ!!」
「叫ぶ元気があって結構、今から魔法も使います」
言った直後に球体の石がアマレットさんの脇腹を直撃、耳障りな音を立ててまた転がっていく。
「貴女から約束を破りましたがもはやそんなの気にしなくていいですわ、アマレットも好きなように全てを使って私に一撃を入れてみなさい。それが出来なければこの戦いは永遠に続きます」
薄笑いを浮かべたリュリーティアさんはゆっくりと歩く、アマレットさんは地面を這いつくばりながら逃げようとしている。
「地面がお好きなのですか、ではお望みのままに」
這っている身体の上半身の部分だけ地面が少し抉れて無くなる、折れこみながらその窪みに嵌った姿を見てリュリーティアさんはまた土の魔法で土砂を流し込んだ。
埋まっていく、それに気づいて必死にもがきながら抜け出したところに今度は火の壁がその身を囲いこんだ。
「アマレットはなんの魔法を使えるのですか? あぁ、言いたくないのなら結構です。奇襲に使う為に秘密にしておくのも手ですものね、ですが早くしないと焼け死にますわよ」
離れていてもその熱が伝わってくる、火の壁に囲まれている彼女なんて俺の比じゃない地獄を味わっているはずだ。
その炎の壁の一部が吹き飛んだ、そこからアマレットさんが転がり込むように外へ出てくる。
「なるほど、やはり風の魔法は使えましたか。ですがまだ使える魔法を残していそうですわね、楽しみです」
「ゲホッ……ヒュー……う、うぅ……助けて……」
「何をおかしなことを、今のアマレットを助けるのはアマレット自身の力ですわよ」
「ぼ、くの……」
震える声と身体でありながらもなおその手から離されないで掴んだままの剣、アマレットさんの誇れる力の象徴なのだろう。
それを見たリュリーティアさんは何かを思いついたように動き出す。
「アマレットの剣技は確かに素晴らしいものでした、純粋な剣のみの戦闘なら私は敗れたかもしれません。ですがこのようにあらゆる武器を使うとなると貴女の勝ち筋など万に一つもございませんわ。そして私が億が一に負けない為にも、貴女の最後の希望を今から潰さないといけませんの」
「へ……や、やめ……ぐっ!?」
握る手を思い切り蹴りつけて剣を弾く、そのまま拾い上げて刀身を撫でながら呟いた。
「これは騎士団の剣ではありませんわね、貴女の家で造られた剣なのだと一目でわかります。柄には刺繍も入って素敵な逸品ですわ、でもこれを綺麗に折ったとしたら……一体どんな音を奏でるのでしょう?」
リュリーティアさんは手に火の魔法を付与した、加護を持ったリュリーティアさんの力なら容易く剣を折ってしまうことだろう。
力を込める、剣は僅かに曲がり嫌な音を立てて。
「やぁめぇぇろぉおおおおっ!!」
咆哮、地面を這っていたアマレットさんは獣のような四足でリュリーティアさんとの距離を一瞬で詰めた。
飛びかかり剣を奪い取るようにするが躱される、背中を晒したところをリュリーティアさんが反撃するように殴りかかるがそれは出来なかった。
「ちっ……光の魔法、反射ですか」
跳ね返るように拳は返されて隙が生まれた、そこを逃さないとばかりに速度を増したアマレットさんが剣を奪いに襲いかかる。
「そんな読めた攻撃など避け……違う!」
アマレットさんへの向かい風、強く吹き抜ける風に対してリュリーティアさんは突如振り返った。
俺も釣られて見てみるとさっき土の魔法で作り出した石の球体が飛来していたのだ、あの速度で当たると怪我は避けられない。
「ふっ!」
石は見事な蹴りで粉々に砕かれたが、リュリーティアさんの手にあった剣は無くなっていた。
そして二の腕からは血が滴り落ちている。
「ふーっ……! ふーっ……!」
「やれば出来るではありませんの。石に気を取られているうちに私から剣を奪うだけでなく、そのまま一撃まで喰らわせるとは」
アマレットさんはリュリーティアさんの言葉など聞こえないとばかりに剣を抱えて蹲っている、大切な何かを奪われないために必死に守っている。
「『守るモノの為に全てを使え』これが私が団長から教わったことです。自分の大切なモノを守る時に動くのは常に自分、どんな瞬間でどんな場所でも奪われる時がやってくる可能性はある。そんな時に無駄に拘って大切なモノを守れないような奴にはなるなと教わりました」
聴こえていなかろうと言葉を続ける、シュルト城下町を守る今の副団長に、全てを引き継ぐように教わったことを伝えていく。
「団長が直接言葉にしなくとも、あの人の元で仕事を共にしたのならちゃんと見えてくるはずです。団長がどのようにシュルト城下町を守ってきたか、これからも守っていくのかを。ですがどうやら団長はその教えを伝える責務を全て私に放り投げたようですわね……」
そう言いながらリュリーティアさんは一点を見詰めた、なるほど……その方向にウィガーさんが居るんですね。
「とにかく私はアマレットが散々言った通り、『元副団長』としてしっかりと教えを叩き込みました。これからはそれを忘れずに貴女の大切なモノ……その剣も守っていきなさい。それと申し訳ありませんでしたわ、煽る為とはいえ剣を折るような真似をしたことを、お許しくださいませ」
深く頭を下げて謝罪するリュリーティアさん、それに気づいたのか分からないがアマレットさんの震えはピタリと止まった。
そしてリュリーティアさんは疲れた顔をしながらこちらへと戻ってくる。
「お疲れ様ですリュリーティアさん。まずは手を出してください、汚れを落とすのと傷を治すので」
「ありがとうございます、ですがまだ終わっていませんわ。このような事態になった根本を叩き直してきます」
心底面倒臭そうに溜息をつきながらリュリーティアさんは今まで静かに見守っていた兵士達を一同に集めて整列させた。
そして端から一人ずつ、本気で殴りつけていく。
「貴方達がっ! アマレットをっ! 副団長だと認めないからっ! こうなったのですわよっ!!」
溜まった鬱憤を晴らすように拳を振り抜いて兵士達の目を覚ましていく、順番を待つ兵士達は必ずやってくるであろう罰に震えが止まらない。
「辞めた者にいつまでも縋り付くのではありません!!」
渾身の叫びは騎士宿舎全体に広がっていく、兵士が殴られる音と一緒に。
「いやぁ……俺も耳が痛いな」
いつの間にか背後にウィガーさんが立っている、俺とシャルルはすかざず捕縛することを決めてリュリーティアさんに大声で知らせた。




