歌姫襲来
美味しそうな料理の中に焦げたヤツが混じる朝ごはんを綺麗にいただいて、少し食休みをした後に外をブラブラ散策しようということになった。
食用花のビニールハウスとか竜舎は見たけれど、他のお店とかは全然見ていないからな。
なので案内人であるイルも引き連れてジーンバレーを探索する、はずだったんだけど。
「なんというか、いたたまれない」
視線の数は減って圧も薄まったけども、やっぱり注目を浴びてるなというのは感じる。
適当に覗いてみた店の店主も困惑の接客スマイルを浮かべるものだから、こっちも引きつった笑みを返してしまう。
でもまぁ、睨まれて塩を投げられる事態には至ってないのでそれは幸いかな。
「しばらくお買い物は避けた方がよろしいかもしれませんわね」
「えー!? ボクもっと見てみたいのになぁ……」
「すまねぇ……たしかにこんなんじゃアンタらも楽しめやしないな。いい加減皆も割り切って欲しいんもんだが」
「それを簡単に出来ないのがヒトというものですわ」
一体リュリーティアさんはどの目線で語っているのやら、そんなツッコミをしそうになった時ふと気になる場所を見つけた。
「なぁイル、あの人の集まりはなんだ?」
「集まり? んー……なんだアレ。あっちの方は別に店とか無いただ広いだけの場所なんだがな」
イルもどうやら分からないみたいである、しかしあの人の集まり方は少し気になるな。
「ちょっと行ってみませんか?」
「いいですわね」
「行く行くー!」
了承を得てからその集団の方へと歩いていく、そして次第に近づいていくと何やら音が耳に飛び込んできた。
「うわぁ……綺麗な歌声だな」
「ホントだね、誰か歌ってるのかな?」
「ふむ……。いえ……違いますわよね」
「どうしたんですかリュリーティアさん?」
「大丈夫です何でもありませんわ、それよりもう少し近くに寄って歌を聴いてみましょう」
何かを考える素振りを見せたリュリーティアさんだったけど、すぐに切り替えて元に戻ってしまった。
本人が大丈夫だと言っているので信じるとしよう、とりあえず歌をしっかりと聴くためにもっと寄る。
近づけばより一層、可憐さを秘めた透き通る歌声が心を打つ。
ここまで感情が歌に支配されるなんて初めてのことだ、歌い終わるまで何があっても離れたくない気持ちになる。
誰が歌ってるのか確かめたくて背伸びしながら奥を見てみると、髪の長い可愛らしい女性が歌っているのが確認できた。
「なんだよイル〜、こんな良い催しを黙ってるなんて人が悪いぞ」
「いや本当にオレは知らなかったが……多分だがあの人はウタハネじゃないのか」
「ウタハネ? 何だそれ」
「オレも別に詳しくないが、色んな所で歌を披露する仕事をしてる人の呼び名だ」
ふーん……ウタハネねぇ。
頭の中で図鑑スキルが使えるかどうかを試してみる。
[ウタハネ]
各地で歌を奏でて人々を魅了する者の呼称。
ウタハネとはこの世界の呼び名であり、言い換えるなら吟遊詩人やバードとなる。
ハネ、羽という名前の通りで一つの所に留まらない軽やかで自由な性格の人が多い。
権力者がその者を囲おうとすれば手をすり抜けるように舞って離れていき、人々が歌に惹かれて押し寄せ過ぎれば熱に浮かされて、そのまま風に運ばれて遠くへと去っていく。
おお、今回はマトモな図鑑スキルの発動だ。
吟遊詩人と言われれば俺もよく分かる、更に大雑把に言えばストリートミュージシャンでもいいのではないだろうか。
「あーあ、もう歌い終わっちゃったみたいだな」
「すごかったー!」
「なんてことでしょう……」
俺の名残惜しむ声とシャルルの称賛の声、そして何故か落胆の声をあげるリュリーティアさん。
「闘司さんシャルルさん、もう満足したでしょう? 他のお店とかを見て周りに行きません?」
「俺は別に、いいですけど……」
「えー? まだ歌ってくれるかもしれないしボクもうちょっとだけ居たいかなぁ……?」
「その目は反則ですわよシャルルさん……」
さっきからリュリーティアさんがおかしいな、確実に何かあったのだと察せる。
それと何故か頑なに前を見ようとしていない、もしや?
「リュリーティアさん、あのウタハネの人と知り合いなんですか?」
「う……どうしてそう思うのでしょうか」
「いや、顔を隠したりとかして挙動不審ですから」
「やはりさすがに無理がありましたか……その答えは半分合っていますわ」
「半分ですか」
「はい。あの方とは確かに知り合い……ではありますがウタハネではありません。それと、一応シャルルさんはあの方を見たことありますわよ」
知り合いという部分を苦々しく言いながらリュリーティアさんはそう言った、それとシャルルが見たことあるだって?
シャルルに目を向けてみるが、見事な角度で首を傾けてはてなマークを浮かべている。
「可愛い。じゃなくて……本当に見たことないのか?」
「んん〜……無い!」
「元気いっぱいでよし! ということでリュリーティアさん、シャルルは見たことないそうです」
「思考の一方通行はおやめなさい。じゃあコレなら知っていますわよね、ローレライ」
ローレライ……ローレライ!?
「ローレライって闘技大会でリュリーティアさんが闘った人ですよね? え、いやでも、前に見た写真と全然雰囲気とかが違うんですけど……」
「髪が顔を覆っていないだけでまるで別人みたいですわよね、私も最初は確信が持てませんでしたわ」
「ローレライ? あ、本当だよく見たらローレライだ! ゴメンねトージ、見たことあった!」
「そっかー見たことあったのかー。でも思い出せて偉いぞー!」
「わーい!」
はっ……リュリーティアさんの視線が怖い!!
「えっと……それじゃあなんでコソコソしてるんですか? 別に闘技大会のことで恨まれてる訳じゃないですよね?」
「恨まれると言いますか、羨望されてしまったと言いますのでしょうか……。とにかくこのまま顔を合わせてしまうととても面倒な事になると予想できます、主に闘司さんが」
「なんで俺なんですか?」
「面倒事を全て闘司さんに押し付けて逃げるつもりでしたので」
「酷くないですか!?」
「許してくださいませ」
おお……そんな素直に謝られてしまうと何も言えなくなってしまうんだよなぁ。
さてリュリーティアさんはあのローレライから逃げたいらしいが……よし、面倒事になる前に逃げよう。
その時、シャルルにトージはすぐ逃げるって言われたことが頭をよぎった。
「こ、これは逃げじゃない……逃げじゃないんだ……!」
「頭痛いのトージ?」
「ちょっと闘司さん、そんなとこで頭を抱えていないで早く立ち去りま……また歌が」
「ほらほら! まだ歌ってくれるんだよ、もっと聴いていこうよリュリーティア!」
周りの観客達もまた歌が始まるとあってか沸き立っている、しかしその盛り上がりは段々と無くなっていく。
何故かは俺にも分かった、歌の雰囲気が変わったからだ。
さっきの歌は聴く人に癒しを与えて喜びをもたらすようなモノだったのに対して、今の歌は心の内に秘められた粘つく狂愛を存分に込めたような、とてもおぞましい歌なのだ。
「おいおい……ちょっとこれは、褒められたもんじゃねぇな」
「奇遇だなイル、俺もそう思う」
「ちょっと怖い……かも」
周りの観客達も同じような反応をこの歌に示している、ただ一人を除いて。
リュリーティアさんは目の焦点が合っていないまま、未だに歌い続けるローレライさんを見つめて動かない。
「リュリーティアさん? リュリーティアさんっ!?」
俺の声は届いておらず、微動だにしないまま立ち尽くすだけだ。
観客からどよめきが起こった、ローレライさんがこちらに向かって歌いながら近づいてくるからだ。
こちらを見ているように感じるが、ただその視線はリュリーティアさんの一点に注がれているのが分かる。
この異常事態……ローレライの仕業だな。
「だったらっ!」
両者の間に割り込んでローレライと対峙する、わずかにローレライの顔が歪むのが見えた。
まずはその歌を止めさせてもらう、接近して組み倒すように技を仕掛けようとする。
「うっ……」
近づいた途端、信じられないことにもう一つの歌がローレライから奏でられるのを耳にした。
同時に二つ、別の歌を歌うとかもはや人間業とは思えない。
「なん、だ、コレ……?!」
自分の意思に反して嫌な考えや感情が生まれてくる。
それは怒り、妬み、嫌悪。
様々な感情がふつふつと湧いてきて気持ちが悪くなる、更には信じられない光景が脳裏を埋め尽くそうとする。
シャルルに嫉妬して、罵倒して、シャルルを嫌いになる想像。
「ふ……ざけるなぁあああああ!!」
何かをされたとはいえそんな想像をしてしまった自分に激しい怒りを覚えて、制止や加減などお構いなしに思いっきり頬を殴りつける。
そしてまだ頭の片隅にこびりつく歌を取り払うためにもう一度反対の頬を殴る。
よし、頭がスッキリした。
「自力で抜け出すなんて……とんだ馬鹿もいたものね」
ローレライが少し驚いた顔をしてこちらに視線を向けている、とりあえず歌は止められたみたいだ。
「自分が馬鹿で良かったって今は心の底から喜んでるよ」
「トージ大丈夫!?」
「あぁ……ごめんな」
「なんで謝るの? トージは何もしてないじゃん!」
「あははそれもそうだ。シャルル、俺はシャルルが超大好きだぞ!」
「えっ? えっと、ボクも大好き!」
うん、よし。
これで何度でも歌われたって同じ想像は二度としないと誓える。
「へへーんだっ! お前の歌なんか俺には効かねーんだよ!」
「うるさいハエね……効かないかどうかはもう一度試せば分かるわ」
「させないよ、今度はボクが相手だ!」
「ちっ……また邪魔が……まぁいいわ、先にあなたからどいてもらいま」
「それ以上やるってんなら」「容赦致しませんわよ」
シャルルに攻撃の矛先が向けられると思った途端、足はローレライの元へと動き出して魔法で作り出した氷剣を首元に突きつけていた。
それと同じように氷剣と交差してる剣の持ち主、正気に戻ったリュリーティアさんが怒りを顕にしながらローレライを睨みつけている。
「リュリーティアさん、無事でよかったです!」
「不覚を取りましたわ。それよりも、闘司さんはお顔が腫れておりますわね」
「歌を気合いで防ぎました!」
「何故でしょう、私なんだか負けた気分ですわ……」
「まぁまぁ、今はそんなことより」
「そうですわね。こちらの方が先ですわ」
リュリーティアさんの無事も確認出来たので、ローレライへと意識を向ける。
目的は分からないにしても二人に危害を加えようとしたんだ、俺が相手になってやる。
しかしその肝心のローレライは首に剣を突きつけられているのに、なぜか蕩けた顔と目をしながらリュリーティアさんへ熱い視線を送っている。
「あはぁ……やはりお姉様は素敵です……!」
シャルルに見せてはいけなさそうなお顔に変わっていく、これは別の意味で早く排除しなくちゃ……。
「リュリーティアさん……ローレライにお姉様呼びを強要させてるんですか?」
「戯けたことを抜かさないでくださいます!? この方が! 勝手に! 呼んでるだけですわよ!!」
「えぇー……」
「そのお顔を更に膨れ上がらせますわよ?」
「信じます! 信じました!!」
「まったく……。とりあえずこの方を元に戻しましょう、ほら起きなさい、ほらほら」
熱視線を向けられているのに全然意に介さず、剣の腹で顔をペシペシとはたく。
いや……そのやり方はちょっとどうかと思いますよ。
「はっ!? お、お姉様、申し訳ありません! 再会できた喜びで心が満たされてしまっていました!」
「私の心は底の抜けたコップのようになっていますので貴女との再会は嬉しさで満たされませんわね」
「そのスンとした態度……お姉様はやっぱり素敵です!」
「どうしましょう闘司さん、私を助けてくださいます?」
「俺の役目じゃない気がするので……頑張ってください!」
「この薄情者っ……!」
割と絶望した感じでリュリーティアさんが苦悩の表情を浮かべている、だって……本当に俺の出る幕じゃなさそうだし。
そりゃさっきまではシャルルとリュリーティアさんに敵すると思って勇んでた訳だけども、今のローレライはそんな雰囲気を感じない。
俺の拳よりリュリーティアさんの言葉の方がよっぽどローレライに届くはずだ。
「はぁ……ローレライさん? 私は貴女にお姉様などと呼ばれる筋合いはありません、それはこれからもですわ。それに……どういった理由でそんな呼び方をするのですか、それと私に魔法を使った件も教えなさい」
面倒になったのか問題を凝縮した質問を投げかける、ローレライはキョトンとしたあとに顔を輝かせて問いに応えた。
「お姉様が……私の事を知りたがって……!? 包み隠さず、私の全てをお姉様と共有しましょう!」
リュリーティアさん、拳を下ろして。




