悪風を運ぶ少女
パチリ、目が開く。
気持ちが落ち着く木造りの天井を少しだけ見つめた後にベッドから身体を起こす、伸びをしながらまだ陽の光が差し込まない窓を開いてみると風が頬を撫でた。
「んー、気持ちイイー。」
やっぱりジーンバレーの風はボクがいた戻りの村より数段心地が良い。
なんでかな、いつもより心が弾む。
理由を考えてみるけど、答えはすぐに浮んで思わずにやけてしまう。
「家族……えへへ、家族かぁ。」
昨日のワイバーンに乗りながらトージが語りかけてくれた言葉がいつまでも繰り返される、とても嬉しかった。
戻りの村で父さんと母さんか生きていた頃のような、暖かい幸せな時間がまたきてくれるのではないかと。
ダメだ、嬉しくてどんどん熱くなってくる。
まだ陽は昇っていないけど少しだけ外に出て落ち着いてこようかな、トージとリュリーティアには内緒でね。
そうと決まればすぐに行こう、出来る限り音を立てないように部屋を出る。
部屋を出ると鼻に嗅ぎなれた二人のニオイがしてくる。
「ニオイって言わない方がいいのかなぁ。」
ニオイって言ったらトージは何だか微妙な顔をしていたし、でも他に思いつかないからこのまま。
このニオイを嗅ぐだけで幸せな気持ちになってその場で立ち止まっちゃう、ダメダメここにいたら二人にバレちゃうや。
そろりそろりと、足音を消してボクは宿屋から外へ出た。
まだ薄暗いお外の中をボクは歩く、でもどんなに暗くて足元が見えづらくても谷に落ちることは無い。
トージは、落ちちゃうのかな?
「落ちそうだなぁ。」
トージはうっかりさんだから足を滑らしてしまうんだろうな、トージには悪いけど落ちた時の反応が面白いのでボクとしては結構気に入ってる。
とにかくボクにそんな事は起きない、風が道を教えてくれるから目を閉じてても歩けるかもしれない。
試しに目を閉じて風を頼りに進んでみる、少し進んでも浮遊感は訪れず落ちることはなかった。
でもいつまでも目を閉じてるのはつまらないので目を開けると、見たことがない場所へと辿り着いていた。
「あれれ……? おかしいな、歩いた感じはそんなに無かったんだけど。」
いくら目を閉じて進んだとしてもこんな見慣れない場所に来るとはちょっと考えられない。
訝しげに周囲を見回してると、一際強い風が吹いてきたので顔を背ける。
「ようやく会えたのう、シャルル。」
幼い声には似つかわしくない貫禄を感じさせる話し方で名前を呼ばれる、背けた顔を元に戻せばそこにはボクより少し小さな身体をした少女が立っていた。
まず抱くのは不信感、ボクはこの少女と会ったことはないはずだ、なのに名前を知られている。
「そう警戒せずともよい、妾はそなたには危害を加えはせん。」
「そう……なの? その前になんでボクの名前を知ってるの? どこかで会ったことあるっけ?」
「これが初対面じゃ、仲良うしておくれ。」
「う、うん……。」
どうしよう、たしかに攻撃的な視線は受けないし危害を加えるとかそういうのはなさそう。
でもボクの名前を知ってることについては教えてくれなかった。
「くふふ、シャルルや。そなたの事を知りたい、少し妾と話をしてはくれぬか?」
「話しって?」
「そうじゃのう……例えばシャルルの故郷の話しやら食べ物の好みなど、どのような場所を旅して如何様な景色を目に焼き付けたのか、それと……そなたの連れについても詳しく知りたいのう。」
「トージとリュリーティアのこと?」
「そうじゃ、 その連れのことじゃ。特に、そなたが大切に想うておるトゥージとやらについてはそなたの知る全てを聞かせて欲しい。」
「大切にって……えへへそうなんだけど照れちゃうなぁ。」
「そなたが想うトゥージ、さぞや魅力がある人なのじゃろう。妾は興味が尽きぬ。」
あれれ、意外といい人かも?
んふふどうしよっかなー、そこまで言われちゃうとボクとしてはトージの事を話してあげたいなー。
「じゃあ、いいよ。トージは良いところ沢山あるからいっぱい話してあげる!」
「それはそれは、とても楽しみじゃな。」
それからボクはトージとの出会いを話し、共に旅をしてここジーンバレーに来るまでの思い出を振り返りながら、見ず知らずの少女に出来る限りの話をした。
「それでねそれでね、トージったら谷に落ちてうわー!って叫んでたんだよ! その時の顔とかが可笑しくてボク笑っちゃいそうだったな。」
「ほう、愉快な絵が浮かぶな。」
この少女はただ聞いているだけなのに、話しているボクの方が楽しくなってきて時間を忘れて話し続けてしまう。
気づけば薄暗かった外の様子が、ちらりと姿を見せる陽の光によって明るく照らされてきていた。
最後にコレだけ話したら宿屋に戻ろう、そう決めて話しを続ける。
「その時、トージが言ってくれたんだ。これからずっと一緒にいる、家族だからって……ボクを家族だって言ってくれたんだ、凄く、凄く嬉しかった。」
「ほぅ……ずっと一緒に……そうかそうか。」
「えっとごめんね、まだキミと話していたいんだけどトージ達に黙って出てきちゃったんだ、だからボクはこれで」「のう、シャルル。」
惜しむ気持ちを抱えながら話しを切り上げて帰ろうとすると、少女に呼び止められた。
なぜか、その声はボクに嫌なものを運んでくる気がして身体が固まってしまう。
そんなことは、こんなにも楽しそうに話しを聞いてくれてた少女がまさかそんな訳が無い、自分の突飛な考えを消しさろうとした時、再び声を掛けられた。
「トゥージとやらは、優しい奴じゃのう。」
「う、うん……優しい、よ。」
「あぁ優しい、実に優しくて……反吐が出る程の優しすぎる奴じゃ。」
たった一言に詰められた嫌悪感、咄嗟にボクは怒りを込めて見つめながら真意を確かめる。
「なにが……言いたいの。」
「睨むな睨むな。シャルルこそ、妾は優しいと言っているだけなのに何故そのように怒りを露わにしているのじゃ? 本当は気づいておるのではないか?」
「なにを」「何を言っているのとは、言うまいな? いかん、いかんぞシャルル。トゥージはその阿呆らしい優しさ故にシャルルにずっと一緒にいるなどという嘘をついたが、その優しさに甘えて事実を己の心から隠してはならんではないか。」
この少女は……何を……言って……。
ずっと一緒にいるのが嘘……違う、違う、トージとはずっと一緒に居られる……いなくならない……いなくならない? ホントに? ホントにずっと一緒にいられる?
「うぅぅ……。」
「分かっておるであろう、トゥージはヒト、シャルルはエルフ。ただ種族が違うだけではないはずじゃ。魔法適性、魔力、骨格、容姿、他にも色々あるが顕著なのは……寿命。」
「っ!?」
寿命……。
「くふふ……ヒトというのは凡そ100から手前で天寿を全うする、超えたとしてもほんの数年。対してエルフは……シャルル、エルフは齢幾つまで生き長らえていられるんじゃったかの?」
「知らない……。」
「はて知らぬか。妾の知る話では、エルフは長命で1000、短命であろうとも500との事じゃったが。」
「知らない!!」
「他の種族では更に長く生きるのもおるらしいが、ヒトと比較したらどれも長いようなものか。」
「知らない知らない!! 知らない……!」
嫌だ知らない聞きたくない……トージはずっと一緒にいてくれるって言ったもん!!
「シャルル、何も寿命だけに限ったことではない。そなたは何か他のことでもトゥージがいなくなってしまう、そう感じたことがあるのではないか。」
「えっ……。」
「ふと、自分は見捨てられてしまうのではないか……そう考えたりしたことはあるじゃろう。ある朝に目覚めればトゥージの姿が見えない、恐ろしい孤独感が襲ってきたりは? トゥージが誰かと親しげにしていれば、元々そこにあったはずの自分の居場所が奪われてしまう、相手に対して醜い嫉妬が生まれたりは? トゥージが魔物に喰われて無惨な死体となってはしまわないか、強迫観念にも似た保護欲に突き動かされたりは?」
やめて……もうやだ……。
「くふふ泣くでないシャルル、ほれ。」
「なん……で。」
なんなの、なんでボクを虐めるのにそんなに優しく抱きしめてくるの。
もう訳が分からない、トージは一緒に居られなくて嘘をついてて、でも家族になってくれるって言ってて、それも嘘?
「こんなにも辛い思いをするのは嫌じゃろう、そもそもなんでこんなに苦しむのか、それは非力なヒトであるトゥージと共にいるからじゃ。ならば……いっその事トゥージとの縁を断ち切ってしまえば良いではないか。」
「そ、それは、やだ……。」
そんなこと出来ない、トージにはボクが、ついてなくちゃ……。
「何故じゃ、トゥージはシャルルに嘘をついておったのじゃぞ。それにトゥージが家族になろうと言ったのも純粋な願望などではなく、シャルルに命を助けられた恩義を返そうという理由に決まっておる。考えてもみろ、赤の他人が己の家族になってくれるなどということ、普通は可笑しいとは思わぬか?」
「そんな……。」
「かくいうシャルルもトゥージと家族になれて嬉しいとは言うが実の所は違うのであろう、守れなかった両親の代わりにトゥージに依存して己の悔いを無くそうとしているだけじゃ。」
心を全て掻き乱して中身をぶちまけられてるような言葉の暴力に、ボクはもう言葉が紡げない。
「のうシャルル、トゥージはシャルルと共に生きてはゆけぬが、妾はそなたと生涯を連れ添ってゆけるぞ。」
「え……?」
「シャルル、妾と契りを交わして夫となれ。」
夫……?
「ちょーっと待ったー! 何処ぞの馬の骨にウチのシャルルは渡さんぞ!!」
この声って。




