いざ新天地
制御と理性のタガが外れたウンディーネの突撃はいとも容易く鉢植えを粉微塵にして、湖底神殿の床に哀れな残骸を撒き散らした。
これには流石にシャルルまでもが凍りついた笑顔を浮かべてしまう、俺と神様なんか口がぱっくりと開いてる。
「あら? かほりが……、闘司さん、かほりは何処へ?」
「この……バカアホドジマヌケ! もう知らん! シャルル、こんなおバカさんは放っといて帰るぞ!!」
「えっ、あ……うんとね、うん。」
「ウンディーネちゃんや……。」
「えっえっ? わ、私ったら何かしちゃいましたか?」
この八神はもう駄目かもしれない、いやもう色々駄目なんだけどさ。
俺はシャルルの手を引いてズンズンと出口まで進んでいくと、ウンディーネが慌てふためきながらしがみついてきた。
「ま、待ってください闘司さん! 理由は全く分かりませんが今ここで貴方を逃してはいけないと神の勘が告げています!」
「理由も分からないのに引き止めないでください! はぁ……とりあえず、今すぐ帰らないのでとっとと離れてくれますか?」
「そ、その……ごめんなさい。それで、私は何をしでかしてしまったのでしょうか? 創造神様のかほりに向かって飛び込んだら皆さんが急に怒り出したのは分かってるのです。」
そこまで分かってるのになんで宿り樹の事は目に入らなかった。
どうしよう、宿り樹ってたしか珍しい物なんだよな。
あのお店にも一つしかなかったし、それに宿り樹の代用品なんか当然あるわけもない。
「うーん……今更どうしようもないのでウンディーネが知る必要はないですね! それじゃあ俺達は帰りま」「神の後生ですのでどうか考え直して教えてください!」
ちっ、逃げられねぇか。
「あのですね、あんまりにも落ち込むウンディーネが可哀想だなと思って、神様と離れても寂しくならないように神様の力を吸わせた宿り樹を用意したんですけど。」
「はい。」
「ウンディーネがそれを粉々にして駄目にしました、以上です。」
「はい。……はぅ。」
一度粉々になった宿り樹の残骸に目を向けて事態にようやく気づいたウンディーネは、それを確認した途端に貧血を起こしたかのようにフラリと倒れ込む。
そして泣き出す、こっちが泣きたい気分だ。
「わ、私は、なんて事を、うぅっ……。」
「じゃあ話したので帰りますね。それではまた」「うぅ〜!!」
足が動かない、どうやらウンディーネの魔法で両足を凍らされてるようだ。
そしてウンディーネはぐしゃぐしゃに泣きながら、俺に対してどうにかしてくれという懇願の目を向けてくる。
男は女の涙に弱いみたいな事を聞いたことがあるけど、残念なことにこの涙に関しては俺の心は揺らがない。
「ねぇトージ……どうにかできないかな?」
「よーし頑張って考えてみるわ。」
しかし外的要因には揺ぐ、致し方なし。
でも考えるとは言っても、頼れるのは一つだけだよなぁ。
「神様、どうかお願いします。」
「う、うむ。流石のワシもウンディーネちゃんの行動にはビックリしたが、これではこの場の全員が不幸になってしまうので何とかしてやるわい。ということでほれ、直したぞ。」
いつの間にか神様の手には宿り樹が無事な状態で置かれていた、さすがは何でもありの神力。
俺はそれを受け取って慎重にウンディーネの元に近づき、ゆっくりと宿り樹を床に置く。
ウンディーネは反射で飛びつきそうになったが、俺とシャルルと神様の三人分の無言の圧力を受けてその場に留まることが出来た。
「いいですか、コレはこの世にたった一つだけの替えのきかない物です。一度ウンディーネが壊して、神様が直してくれました。でも、2度目は。」
「無いぞい。」
「そういうことです。それを頭に刻み込んで大切にしてください。」
ワナワナと震えながらウンディーネは宿り樹をそっと抱き締めて恍惚の表情を浮かべている、アレならもう壊さないはずだろう。
「んじゃ、用は済ませたので失礼します。あーそれとですね、いくら寂しいからってルカ王女の所に入り浸るのはやめてください、俺がアクア城に吊るされてしまうので。」
「またねウンディーネ!」
「ふひひ、ふへへへぇ♡ あぁ……創造神様をお傍に感じますぅ♡」
聞いてないですね、はい。
しかし俺はちゃんと釘を刺した、つまりルカ王女の頼みは果たした、なので許してください。
「ワシも今のうちに退散じゃな、それじゃあの。」
「今回は大変助かりました、またよろしくお願いします。」
「神様ばいばーい。」
神様は手を振りながらいつも通り一瞬で消え去る。
俺とシャルルはウンディーネが我に返らないうちに湖底神殿を立ち去る。
「厳しい戦いだった……。」
少しの間なのにどっと疲れを感じながら湖底神殿を出ると、リュリーティアさんが綺麗な剣舞をしながら待っていた。
「お待たせリュリーティア。」
「あらシャルルさん、ようやく終わりましたか……闘司さんは随分と疲れた顔をしておりますわね。」
「ルカ王女の苦労が身に染みて分かりました、ウンディーネの相手を頻繁にするのは本当に疲れます。それよりリュリーティアさんは何で剣舞をしてるんですか?」
「いえ、身体を動かしておかないと何故か心から湧いてでる戦闘衝動に負けそうでしたので。」
まぁ、怖い。
「それも無性にウンディーネと一戦を交えたいという具体的な戦闘衝動ですの。」
なんだか理由が掴めてきた、多分サラマンダーの加護のせいだろう。
どうもウンディーネとサラマンダーはいがみ合ってるようなので、サラマンダーの加護を持つリュリーティアさんがウンディーネに対して無意識な拒絶反応を出してるんだと思う。
「リュリーティアさんがウンディーネと出逢わなくて良かった気がします。」
「そうですか、私もそんな気がします。さて、用は済んだみたいなのでそろそろ行くと致しましょう。」
「ジーンバレー、楽しみだね!」
「そうだな、それじゃあ行くか。」
地図を読むのをそこそこにしつつ、ジーンバレーへと続いている偉大な舗装路さんをのんびりと進んでいく。
大体はこのまま道なりに行けばジーンバレーに着くそうなので迷う必要性は無い。
「そういえばジーンバレーってどんな所か知ってますか?」
「そうですわね、詳しく把握はしておりませんが……なんでもジーンバレーが生命を運ぶ谷と呼ばれていることは知っておりますわ、あと強弱の差はありますが年中絶えずに風が吹き続けている場所が存在していることもです。」
ほほう、生命を運ぶ谷か。
一体どういう意図でそう呼ばれているのか、年中風が吹き続けている事が関係してるのか、辿り着くまでに色々な想像が膨らむな。
「美味しいものは何があるの?」
「ふふ、シャルルさんは変わりませんわね。ええと何でしたかしら……ええそうですたしか、干物と食用花ですわ。」
「へー、よく分からないね!」
「おいおい。」
というか干物とはこれまた渋いな、それに食用花なんて珍しい。
いやこちらの世界の事情は分からないけれど、少なくとも俺の世界で食用花を推してる所はそんなに無いと思う。
「風が吹き続けている場所は、植物の根が風で地表に晒されたり砂嵐などで植物自体が駄目になったりします。ですからそこはそもそも農作物などが育てづらく、それを何とか他に利用するとして干物が考えられたとされる、はずですわ。」
「意外と知ってますねリュリーティアさん。」
「素晴らしい団長の有難いお話のお陰ですわ……。」
なるほどウィガーさんに植物関連の事で教えられた感じですね。
「食用花はあれですか、カリフラワーとか菜の花とかですか?」
「はい? 聞いたことがございませんがそれは食用花なのですか?」
「えっ、いや、違うんですか?」
「ですから、そうなんですの?」
「……」「……」
「「着いたら分かるということですね。」」
会話が迷路に迷い込んだのでこれ以上発展させないことにした二人だった。




