宿屋のお仕事
俺達の仕事は大宴会場で盛り上がっているお客さんの部屋を掃除しておくこと、戻ってくる前に終わらせないといけないので素早く動かなければならない。
素早く動かないといけないはずなんだけど少々困った事が起きている。
それは何かというと……。
「うんしょ、うーんしょ。ふぅ……えいっ。」
「可愛い。」
そう、可愛いのだ。
シャルルはひとつの動作にとっても掛け声を入れる、それを聞いている俺は普段より三割増で集中するのが難しくなっているのだ。
さらに困った事はもう一つある。
「トージ、いい? このハタキはね、こうして……高いところのホコリを落とすのに使うんだよ。」
「あぁーそうなのかぁー、よく知ってるなー。」
「それでね、落ちたホコリはこの箒でアメミに沿って掃くといいんだ。」
「あぁうんアメミなー、アメミに沿えばいいのかー。」
きっと畳の網目って言いたいんだろうけど微笑ましいのでそのままにしておく。
要するにシャルルはハナさんに教えてもらったことを俺に披露して、先輩風を吹かそうとしているのだ。
もちろんハタキも箒を網目に沿って掃くのも知っている、だが俺はあえて知らないふりをしてシャルルの得意気な顔を眺める方を選んだのだ。
お陰でそれを見たいがために、わざととぼけて仕事を聞きにいくので作業が捗らない。
「恐るべしシャルル……。」
「ねぇトージそっちは終わっ……まだ終わってないの? まったくもう仕方ないなー、ボクが手伝ってあげるよ!」
「ホントか? いやぁ助かるぜ。」
「ふふーん、ボクを見習って頑張ってねトージ!」
「はいはい。」
まだまだシャルルの可愛さは底が知れないのだ。
何とかお客さんが戻ってくる前に全ての部屋の掃除を間に合わせられた。
続いては温泉の清掃をしていく、入浴時間まであまり余裕がないのでシャルルの可愛い部分を探すのは後にしよう。
まずは俺が竹柵の掃除をして、シャルルが風呂桶のヌメリ取りと鏡の掃除をしていく。
「あれ、水が無くなっちまった……。」
汚れを流し落とす水が切れてしまった、また汲みに行くのが面倒だな。
「そうだ、ちょっと横着な気もするけど……。」
竹柵の汚れに向かって手をかざす、手のひらの中心からピョロローっと水が出てきて汚れを流し落としていく。
少量の水を生み出すくらいなら今の俺の魔力量でも全然問題ないので大丈夫だな。
水の魔法をこんな風に使ってしまっていいのかとも思ったけど、これからもご大層な事に使う機会なんてないから構わないなと開き直ることにした。
「しかし……一体どういう理屈なんだろうなぁ魔法ってのは……。」
手のひらから出てはいるけど水の感触も冷たさもない、でも竹柵にかけられた水は冷たくて、雫が指を流れ落ちていく。
見たり触れたりするほど謎が深まっていく。
「やめたやめた、そういった難しい事は頭のいい人が研究してくれてるもんだ。」
俺は非人道的な事に魔法を使わないように気をつけていけばいい、竹柵に水をぶっかける行為が間違った使い方なのではとかのツッコミは受け付けないぞ。
「あー、トージズルしてるー。」
「ズルじゃないですー、魔法の有効活用でーす。」
先に風呂桶と鏡をピカピカにしたシャルルがこちらに近寄ってきた、俺もすぐに竹柵の掃除を終わらせる。
「終わった? じゃあ最後は露天風呂をブラシで磨いていこー!」
「おー。」
シャルルから手渡されたブラシを構えてシャコシャコと擦っていく、擦る度に泡立っていく様子を見ながら黙々と磨いていく。
隣から聴こえてくるシャルルのオリジナルソングを胸に刻み込みながら作業をすること数分、全体にブラシを行き渡らせたので洗い流して終了だ。
ここも俺の水の魔法でしっかりと泡を流していく。
「便利だね、確かにこれはズルじゃないよ。」
「はっはっは、そうだろそうだろ。」
調子に乗って水を勢いよく生み出していたら魔力量が少なくなってきたのに気づく、しかし今ここでやめたらカッコ悪い。
なんとか見栄を張って最後まで水の魔法を使うことが出来た、たたし魔力を失う代わりに身体の気怠さを得てしまった。
「終わり!」
「お、終わり……!」
まだ仕事は残ってるというのになんて有様なんだろうか。
「よーしじゃあ次の仕事に行くよー! でもその前に……。」
意気込みながら手を突き出すシャルルだったが、何故かこちらにクルリと首を回して不敵な笑みを浮かべた。
「ボク達にはまず最優先でしなきゃいけないことがあるんだよ。」
俺とシャルルは従業員しか入れない厨房へとやってきた。
「おう……来たか……。」
「いらっしゃいまし。」
中でサイゾウさんとリュリーティアさんが椅子に座って待っている、俺とシャルルのために遅めであるがお昼ご飯を作ってくれてたのだ。
そしてテーブルに置かれているのは美味しそうな料理、それを見たら忘れていた腹の虫が激しく暴れだした。
シャルルも同様で、今すぐにでも料理に飛びつきそうだ。
「ボクもうダメだよ、早くお昼食べたいよ。」
「うふふシャルルさんたら。いいですわよ、どうぞお召し上がりください。」
「わーい! いただきます!」
「ほら、闘司さんもどうぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
促されて俺も椅子に座り料理へと視線を向ける、置かれているのは丼の器。
盛られているのは玉子に包まれた鶏肉とネギたち、ちょこんと乗せられた三葉が彩りのアクセントを出している美味しそうな親子丼だ。
「おお、まかないとは思えない美味しそうな見た目。」
「おひひぃ! こふぇおひひぇーへ!」
「おう……そうか……。」
腕を組んで常にしかめっ面のサイゾウさんはお世辞無しの褒め言葉に弱いようで、耳を赤くしながら顔を横に向けて俺達から表情を隠した。
おっとっと、ギャップ溢れる姿を見てないで俺も早く親子丼を味わおう。
「はぐっ。」
米は取らずにまずは玉子に包まれた鶏肉を口に運んだ。
とろりとした玉子ではなくて煮つめて固まった玉子、出汁の旨みと玉子の甘みが鶏肉の可能性を広げていた。
ネギのシャキシャキとした食感も、飽きさせない工夫の一つなのだろう。
「これ、凄い美味しいです。」
「どうもですわ。」
色々頭で考えてはいたけど、つまるところ出てくる言葉はこの美味しいの一言に尽きる。
「うん……? どうもって、この親子丼を作ったのってリュリーティアさんなんですか?」
「そうですわ、シャルルさんのはサイゾウさんがお作りになりましたの。しかし本職は違いますわね、私ではどうにも玉子をふんわりさせる加減が分かりませんでした。」
へーそうなのか、これを作ったのはリュリーティアさんなのか。
玉子のふんわり具合に納得いってなさそうだけど、俺はこっちのしっかりした固さの方がいいかな。
「俺は好きですよ。」
「んなっ急に何を……!? ハっ……ごほん……そ、そういうことですか、闘司さんは固めがお好みですか。まったくもう、紛らわしいですわね……。」
どうしたんだろう、リュリーティアさんは何故か慌てながらブツブツと独り言を呟いている。
それに対して俺は特に気にせず、親子丼を味わいながらもガツガツと食べ進めて完食した。
「闘司さんが気に入ったようでしたら、また作ってあげますわよ。」
「はい、是非お願いします!」
「うぐ……ごくん。 ボクも、ボクにも作って!」
「もちろんお作りしますわ。」
俺とシャルルは食べ終わったばかりにも関わらずもう次の事を考えてしまっている、でもこれだけ美味しいのだからまたいつか食べたくなるのは当然のことだ。
「さて、美味しいお昼も食べたしこの後も頑張って働くか!」




