大盛況なココノエ宿屋
グリンダルさんの案内の元、数日間の秘湯巡りを終えた俺達は鉱山町をくだりながらココノエ宿屋へと足を運んでいた。
「秘湯も素晴らしかったですが、やはりココノエ宿屋の安心感は捨てられませんわね。」
リュリーティアさんの言葉に俺も頷く、楽しかったり綺麗だったりと多種多様な秘湯を味わえて良かったが、やはりココノエ宿屋の空気とハナさん達が迎え入れてくれる暖かさはとは別物だ。
もうそろそろ宿屋に着くかなと思った矢先、宿屋の前に人混みが出来ているのに気づいた。
「妙な既視感がありますね。」
「闘司さんもですか、私もそう思いました。」
人混みの中の一人がこちらを、正確にはリュリーティアさんを指さした途端に人混みがこちらに雪崩込んできた。
「シャルル危ない!」
「うわぁっ!」
俺は咄嗟にシャルルを引っ張りながら飛び退いてリュリーティアさんから離れる、狙い通り囲まれたのはリュリーティアさんだけだった。
「こらちょっと闘司さんお待ちなさい、シャルルさんもお待ちになってくださ……あぁもう邪魔ですわよ!」
リュリーティアさんは頑張ってその場から動こうとしても、我先にと迫り来るファンの皆によって防がれる。
俺はそれに対して手を拝みながら謝罪しつつ、シャルルを連れてココノエ宿屋へ戻ることにした。
「ハナさーん? あれ…いないのかな。」
「うん? ううん、ハナなら多分奥にいるよ。それに、知らないニオイが沢山あるね。」
知らないニオイ? なんだそれ、宿屋の中に俺達以外のニオイ……まさかっ!?
俺は何か嫌な予感がして走り出す、廊下を駆けて少しすると大宴会場の方から騒ぎ声が聞こえてきた。
「くそっ遅かったか!? 無事でいてくれハナさん!」
俺は勢いよく襖を開けて部屋を確認する、その中にハナさんの姿を確認した。
「そんな、まさか……。」
俺が予想していた事は外れていた、だが別の予想外の光景がそこには広がっていたのだ。
「あっヤツシロ様お帰りなさいませ! 申し訳ありませんが今は手が離せない状態でして、後で御用を伺いに参りますのでサクラの間でお待ちいただけますか!?」
なんとハナさんは宴会場で大騒ぎするお客さんに食事を運んだりお酌をしたりしていたのだ。
俺はサクラの間で頭を抱えながら自分の考えに嘆いていた。
「うぅ……最近の思考がリュリーティアさん寄りになってしまっている。」
「もしかして私を貶しておりますの?」
「だってだって! 普通はお客が増えたことを喜ぶべきなのに、あろうことか俺はそれを異常事態だと判断してしまったんですよ!? そんな、そんな非道なことを考えてしまうなんて……俺の馬鹿野郎!」
「色々な意味を含んだ非常に納得出来ない発言ですが大目にみましょう、ですが私を餌に先に宿屋に戻ったことは許しません、せいっ。」
「あぎゃーっ!! 落ちる! 意識を落とされるー!」
ヌルッと懐に滑り込まれて俺の身体は抑え込まれる、そのままゆっくりと首に手を這わせられて軽く首をキュッと締められた。
「ハーイそこまでだよ二人とも。」
「ちっ……シャルルさんに免じて許して差し上げますわ。」
あからさまな悔しい表情をしながら、舌打ちと共に首から手を離してもらえる。
シャルルのお陰で命拾いをした。
「うわーんシャルルありがとぉー危うく絞め落とされるところだったよー!」
「トージも悪い。」
「ごめんなさい……。」
深く反省。
「じゃあ真面目に考えるとして、急にお客が増えたのは何でですかね。」
「それはまぁ、私と闘司さんのせいですわね。」
「あー、やっぱそうですよね。」
俺は置いといて、リュリーティアさん目当てのお客さんという線は濃厚だ。
「そういえばすっかり忘れておりましたが、この前集まってくれた人達に後でお話すると言ったのにそのまま秘湯に向かってしまったので結局ほったらかしとなっていましたわね。それも原因の一部かもしれません。」
それもあってココノエ宿屋にお客が殺到したと、大方今の予想であっているだろうな。
結論が出たと同時に廊下の方から慌ただしく足音を立てながら誰か近づいてくるのを確認できた。
「あ、あの、お待たせ致しましたヤツシロ様方! 」
襖が開かれると床に正座で座りながら少し息を乱れさせたハナさんがいた。
「そんなに急いで来なくても大丈夫だったんですが……ただハナさんに帰ってきたことを伝えたかっただけなので。」
「いえ! ヤツシロ様方は大事なお客様です、一分一秒でも早くご対応するのが当然のことなのです!」
なんだろうハナさんの様子がいつもより力が入っているというか、むしろ力み過ぎててこっちの息が詰まりそうなくらいだ。
「そ、そうですか。それよりも今日はすごいお客さんの数ですね。もし大変そうだったら俺達のことは全部後回しで構わないので他のお客さんを優先してもらって大丈夫ですよ?」
「そんな失礼な事はできません! い、今は少しごたついててお見苦しい点もありますがそれでも……。」
「うわっハナさん!?」
興奮しながら立ち上がったハナさんの足がふらつく、すぐに支えようと手を伸ばしたが既にリュリーティアさんがそばに駆け寄って抱きかかえていたので大事はなかった。
「す、すみませんリュリーティア様……。」
「顔色が悪いですわね、急な激務に身体が追いついてないのでしょう。ふむ……ハナさんは少しお休みしてください。」
「ですが」
「休みなさい。」
反論は許さない毅然とした態度で言い放つ、ハナさんはそんなリュリーティアさんの言葉に圧倒されて大人しく頷いた。
しかしすぐに顔色が暗く沈んでしまう。
「で、でもそしたら業務をやる者が誰もいなくなってしまいます……。」
「あら、それは問題ないですわ。ですわよね、シャルルさんに闘司さん。」
「ふっふっふ! ボクは前にハナと一緒にお仕事をしたことがあるからねー! ボクにドーンと任せて!」
シャルルは胸を叩いてふんぞり返っている、とても頼もしい限りだ。
俺は宿屋などのそういう仕事は特に経験したことがない、だけどそんな理由で断りますだなんて馬鹿らしい。
「ハナさん、安心……は出来ないとは思いますが俺達を信頼してください。その信頼に見合った働きは必ずしてみせますから。」
「皆様……ありがとうございます。それでは私が少し休んでいる間、代わりの業務をお願いします!」
ハナさんのピンチヒッターとして、俺とシャルルとリュリーティアさんの三人でココノエ宿屋の仕事をこなしていく。
ヤエさんとサイゾウさんに事情を説明したら、困った顔をしながらも了承はしてくれた。
まずは一通り先にやらなければいけないことをヤエさんから教えてもらったのでそれを遂行するとしよう。
「じゃあシャルル、行くか!」
「うん、やるぞー!」
「私もサイゾウさんの手伝いが終わりましたらそちらに加勢致しますわ。」
リュリーティアさんはその料理の腕もあってか、板前であるサイゾウさんの助手としてお手伝いをすることになっている。
「リュリーティアさんが来るまでに全部終わらせちゃいますよ、なっシャルル?」
「うん、ラクショーだね!」
「頼もしいですわね、それではお喋りはここまでにして……いきますわよ!」
「はい!」「うん!」
三人とも互いに目を合わせて、それぞれの仕事へと取り掛かることにした。
キリの良い話数まできました、頑張っていきます。




