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最後の日

 夕日に照らされた荒野を、私は彼と二人で歩いている。


「依頼票にあった場所は、このあたりだな」

 そう言ったのは、幼馴染で冒険者仲間のクラウスだ。

 青く透き通った瞳の横で、明るい茶色の髪が揺れていた。


「……うん」

「しっかし、冒険者仲間(あいつら)もひでーよな。Sランクの依頼すっぽかすなんて」

「……そんなこと言わないでよ。他に用事が出来たんだから、仕方ないじゃない」


 本当は、みんなに用事なんてない。

 私が『クラウスと二人にして欲しい』と頼んだ。

 今日が、彼と一緒にいられる最後の日だから。


「お前さ、最近ずっと暗いよな」

「……そんなことない」


「もっと自信持てよ。世界で『二番目の剣士』なんだからさ」

 クラウスと私は、剣術界で『二強』と呼ばれている。


「指図しないで」

「……お前、やっぱおかしい。いつもなら『二番じゃなくて一番』って言うとこだろ」


 言えるわけない。

 そんなこと、思っていないんだから。

 もう、願うことすら、出来なくなったんだから。


「そんなことより、依頼のあった銀翼龍(シルバードラゴン)がいるよ」

「そんなことでもねーけど、とりあえず倒すか。今日は、俺が先駆けする番だな」


 クラウスが踏み込むと、その周りの地面がひび割れる。

 こんな強靭(きょうじん)な脚力は、私にはない。


 銀翼龍(シルバードラゴン)が吐く銀色の炎には、魔法がかかっている。

 その炎を浴びれば、呪われてしまい二度と走ることが出来なくなる。

 そして、形や方向を変えながら進むそれは、どう動くか予想がつかない。


 クラウスは、銀色の炎を軽々と避ける。

 こんな予知能力のような見切りの眼は、私にはない。


 銀翼龍(シルバードラゴン)を覆う鱗は、刃物では断ち切ることが出来ない。

 だから、銀翼龍(シルバードラゴン)は、魔法以外で殺せないと、ずっと言われていた。

 クラウスがたった一人で打ち倒した半年ほど前まで。


 どんな名刀にも斬れないとされていた銀の龍を、クラウスの剣が両断していく。

 こんな人間離れした剣技も、腕の力強さも、私にはない。


 振り返ったクラウスが、いたずらっぽく笑う。

「悪い、一人で倒しちまった」


「別にいいよ」

 私の剣では、きっと傷一つ付けられなかったんだから。


「お詫びと言ってはなんだが、手合わせしよう」

 そう言ったクラウスに、私は背を向ける。

「……しない」


 次に手合わせすれば、私は『二強』でいられなくなる。

 別に、世界の人たちから、どんな風に思われたっていい。

 でも、クラウスを失望させたくない。


 私たちは、ずっと一緒だった。

 一緒に強くなってきた。


 小さい頃に通い始めた剣士ギルドでも、私たちより強い同世代の子はいなかった。

 先輩たちを追い越し、師匠も追い抜いて、私たちは強くなった。


 ある時から、私と手合わせが成立する相手も、クラウスとまともに打ち合える相手も、お互いだけだった。

 そうして私たちは『二強の剣士』になった。


 二人なら、どこまででも強くなれると思った。

 『誰も見たことのない高み』に、一緒に行けると思った。


 でも、いつからだろう。

 最初は少しずつ、けれど確実に、私たちの実力の差が、開き始めた。


 私は、そのことに、気がついていないふりをしていた。

 『今日は調子が悪かった』とか『少し油断した』と言い訳をして、自分とクラウスを騙した。


 でも、そんな嘘が追いつかないほど、クラウスの実力は伸びていった。

 私は、おいて行かれたくなかった。

 私も一緒に、昇って行きたかった。


 だから、努力でどうにかしようと思った。

 仲間たちが寝静まったあとも、隠れて必死で剣を振るった。


 でも、どんなに努力しても、頑張っても、追いつけなかった。

 それどころか、差はどんどん開いていった。


 そのことに、きっとクラウスも内心感づいていたはずだ。

 ある時から彼は、私と手合わせする時に、手加減するようになった。


 私の何倍も高く飛べる脚力も、私の剣が止まって見えるはずの見切りの眼も、私が絶対に敵わない腕力も、必要な時にだけ使わなくなった。


「お前、そのまま勝ち逃げする気かよ?」

 最後に手合わせした時だってそうだ。


 クラウスは、何度だって私に勝てる瞬間があったのに、それを全部無視して、手合わせを長く続けた。

 あの時は、私が勝ったんじゃない。

 クラウスが『負けてくれた』んだ。


「……そうかもね」

「それは卑怯だろ」


 卑怯でも良い。

 嘘でも良い。

 私は、クラウスと一緒の『二強』でいたい。


「……私さ、今日で冒険者やめるから」

「は? 何言ってんだよ」


 クラウスの大きな手が、私の肩を掴んだ。

 子供の頃は、私の方が大きかったのに。

 今では、手を合わせて比べなくても、ひと目で差がついたのが分かるよ。


「他の冒険者仲間(みんな)には、もう話してあるから。今までありがとね」

「意味が分かんねえよ。なんで突然やめんだよ」


東方王国(イーストキングダム)が、剣の指南役を探してるんだって」

「はあ? お前、剣の先生ってガラじゃねえだろ」


「この前、剣士ギルドに寄った時、師匠に褒められたよ。『教えるのも上手い』って」

「そうだとしても、まだ早いだろ」


「早く先生になった方が、その分たくさんの人に教えられるし。師匠にとっての私たちみたいな才能を、見つけられるかも」

「……お前が目指してたのって、そういうのじゃなかっただろ」


「人の目標は、変わることもあるんだよ」

「……『誰も見たことのない高み』に、行くんじゃないのかよ」


「もう見たよ」

 後ろから、眺めていただけだったけど。

 一緒に行くことは、出来なかったけど。


「俺は認めない」

 クラウスの立場なら、認められなくて当然だ。

 もっと高いところに、行ける確信を持てるんだから。


「認めてくれなくて良いよ」

 失望されるくらいなら、それで良い。


「勝負しろ。俺に勝ったら、もう引き止めないから」

「しない。引き止められても、決意は変わらないから」


「だったら、俺も剣士をやめる」

「冗談言わないでよ」


 私は思わず振り返る。

 クラウスが剣士をやめられるわけがない。

 だってあんなに、剣の道が好きだったんだから。


「冗談じゃない。知ってるだろ? 銀翼龍(シルバードラゴン)の炎に触れれば、二度と走れなくなるって」

 周囲にはまだ、その銀色の炎がくすぶっている。

 クラウスは、それに近づいていく。


「……何やってんの?」

「これに触れたら、もう剣士も冒険者も出来ないな。それこそ剣術の先生くらいにしかなれない」


 風に煽られた炎が、クラウスの近くで揺らめいている。

 少しでも強い風が吹いたら、彼に触れてしまうかもしれない。


「やめなよ。本当に呪われちゃったらどうすんの?」

「止めたいなら、俺と勝負しろ」

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