17話
がたがたと表戸の鳴る音で、庄吉は身を起こした。鉛のような頭を振り、蒼白く浮かび上がる小屋をゆっくりと見まわす。
すえた臭いの漂う暗がりには、仕事を終えた人足たちが寝息もたてず横たわり、
埃と虫の羽音が舞っている。
「……」
床に転がる仲間を跨いで土間を降り、不規則に揺れる戸を開け放った庄吉は思わずたじろいだ。
森から小屋へと伸びる畦道に、人の群れが見える。
髪は解け、肌は黒ずみ、毀れた具足を引き摺りながら、水の枯れた田の脇をふら
ふらと歩いてくる。
「なんだ…」
無意識に踏み出した足が、敷居の上の塊に蹴つまづいた。
血と泥に塗れ、戸板にもたれるように折れ伏す男の傍らには、越前榊原の馬印が転がっている。
報告を終えた伝令が下がると、不穏な気配が本陣を流れた。
地図を広げた卓に並ぶ、表情の無い家老達の後ろでは、色とりどりの指物が静かにはためいている。
「莫迦な。毛利の総勢5千とは誤りか」
「…歩兵はともかく、川むこうに控えた旭は数十を下らぬと…」
「米国あたりの古品を掻き集めたのでしょう。能ではこちらに及ぶべくもない」
「しかし、数は広島の本営にも匹敵する。旭を前に押し出されれば、果たして防ぎ切れるものか…」
騒めく満座のなか、細井将監は席を立った。卓を横切り、風に揺れる陣幕をはね上げると、場の視線が一斉に向けられる。
陣が置かれた高台の眼下には、芸州湾と廿日市の街並みが広がっている。
「川を越え、本営に至るなら道は二つ」
東の山地と南の海岸から伸びた道筋が足もとで合流し、市街へと向かう景色を指しながら、将監が一同を振りかえる。
「山道の守りついては今朝、大炊頭本営を進発とのこと。海は…」
「海は海軍が抑えている。迂闊に進めば艦砲の餌食だ」
「だが、むこうにも黒船はある。万一の備えは然るべきでは」
おずおずと口を開く津山と尼崎の家老をよそに、将監は上座へ視線を遣った。
奥の将几に鎮座した芸州口の司令は、地図に目を落としたまま、黒漆の脛当を
小刻みに鳴らしている。
「お奉行」
鋭い声に、はた、と血の気の失せた顔が持ち上がる。
「如何なさる」
「早船を仕度せよ!」
震えを押し込むよう膝の頭を握りながら、竹中丹後守は側役に声を張った。