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廻天のアキラ  作者: 920
17/18

小瀬川

1866年 旧7月3日 正午


 広島から廿はついちを経て、西から南へ向きを変えた海岸線が岩国に至るその手前、

周防すおう安芸あきの国境を流れる小瀬おぜ川の岸に、ふすまのような鉄盾を背負ったあきらと一千の赤備が佇んでいる。

静寂に包まれた対岸をしばらくにらんだあと金縁きんぶちの鞍に乗った士大将が軍配を振ると井桁紋の旗を差した騎馬武者が、書状をたずさえた従士じゅうしと供に進み出る。

表情を強張らせた主をよそに、かぽかぽと馬が橋を渡り始めると、朱砂すさ色のあきら

先頭に、銃をひさげた鎧武者と四斤砲を乗せた台車が続く。


み過ぎですな」


聞きなれた声に、監物けんもつは目を開けた。

かしかしと、具足を鳴らして歩く軍列をかばう様に、鉄盾をかざした『震馬ブルメ』が

ゆっくり前進する。


「余程、良い酒れあった様で」


「そんなに酔ったか?」


振り向く監物けんもつに、黒尽くめの一人が頷いた。

陰紋の筒袖に陣笠をかぶり、目から顎を覆う面当めんあてから陥没したひたいがのぞいている。


「久方ぶりに、憑き物が落りた様でひた」


回らなくなった呂律ろれつが愉快気に笑う声を聴きながら、監物は静かにを速めた。


ずむ、と

くつの沈む感触で、監物は足をとめた。

普請を終えたばかりの真新しい橋板に、白いものが積もっている。


雪だ。


橋だけではない。

川も、へいも、家なみも、空からこぼれる雪が江戸・・()を灰白色に染めている。

呆然と佇む監物を、後ろから駕籠が追い抜いた。

木綿合羽の供勢を従え、門前の橋を渡り終えた黒漆の大名駕籠は、やがて雪の舞うみちの中ほどで歩みを止める。


白い闇のむこうに、影がみえる。

たすき掛けの紋付きに野袴を括り、ひざまずく足もとに書状を挟んだ竹棒を突き立てた男。


いけない。


叫ぼうにも声は出ず、手足はびくとも動かない。

男へ歩み寄る三郎をまなじりに捉え、立ち尽くす監物の耳元で、風が激しい唸りを上げる。


 最初の砲声が響いたのは、対岸ではなく、背後の山だった。

3.5インチ施条砲から放たれた風切り音は、渡河中の騎馬もろとも橋桁はしげたをぶち抜いて

朱い飛沫しぶきを叩き上げる。立ちすくむ徒士衆を小銃弾がつらぬき、血霧と肉屑を撒き散らす頭の上で、18ポンドの弾塊になぐられた『震馬ブルメ』が供廻りを轢き潰しながら横転すると悲鳴と怒号が橋を覆った。

「鎮まれい! 備えを乱すな! 」

とっさに指示を飛ばす士大将を見下ろす山の茂みから、人型の機影が次々に身を

起こし、ぞろぞろと斜面を降り始めると、叫騒きょうそうまたたく間に後軍へ伝播した。


「…三郎」

擦過さっかする火花と木端こっぱうめき声と血潮のせ返る臭いのなか、監物けんもつが声を上げた。

「それをどけられるか」

乗り手を放り出した『震馬ブルメ』を背に三郎が首を振ると、監物は金縁の鞍の陰から

にじり出る。鉛弾に切り裂かれ、ねじ砕かれた人馬の残骸を這い進み、横倒しの

機体に手を伸ばしたその鼻先で、ごつ、と陣笠を着けた頭が橋板を打った。

銃を握ったまま、くの字に折れた三郎の腰から血だまりが広がっていく。

「……」

うずくまる三郎から銃をはがし、砲痕の穿うがたれた装甲に身をのり出した監物けんもつ

震える手でボルトを押し戻すと、橋へ迫る無数の機影に引き金を絞った。


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