14話
拝啓
梅雨も終わり、蒸し暑い日が続きますが、息災にお過ごしでしょうか。こちらは照りつく陽光と海風にあてられ、今日明日にも干物になりそうな心地です。
着いたばかりの頃は、戦にはならぬという見立てもありましたが、この期に及んで相手も腹を括ったらしく、普請だ荷運びだと戦仕度に慌しいばかりで、和睦の沙汰も聞こえぬうちに、今日を迎えることになりました。
浮鳴を発してひと月すぎないというのに、いまや浮鳴が懐かしく、
「浮鳴がふたつ目だ」
広々と片付いた埠頭に腰を下ろしたまま、千間が言った。
「『いまや故郷が懐かしく』…」
「『いまや懐かしく』で通じる」
ふぉん、と噴き昇る蒸気とともに、紙から筆を離した高美の視線の先を、木造の巨大な転輪が飛沫を巻いて進んで行く。
「…お前が書く方が早そうだな」
「書いて欲しいか」
「馬鹿言うな」
書損じの文を丸めながら、高美は沖を流れる黒山のような艦影に目を向けた。
7月1日未明、厳島を発った蟠竜・富士山など蒸気軍艦四隻は、暁闇の内に大島へ砲撃を開始した。目立った抵抗もなく上陸した幕府・松山の歩兵隊三千は、主要な村々を征圧しつつ沿岸から内陸に軍を進め、一両日を待たず島の大部分を掌握。
味方の勝利が立戸にもたらされる頃には、既に二度目の給薪を終えた輸送船が
伊予灘を南下していた。
「後は連中で分捕り放題か。惜しい事をした」
「あんな小島で、何を分捕るんだ」
顔を向けた千間に、「わからんぞ」と高美が続ける。
「長州が京で幾らばらまいたと思う? いざとなったときの蓄えがあったって、
おかしくはない」
「公用方の受け売りだろうが」
呟きながら、千間は護岸の下へ目を落とした。
浜では昨日と変わらず、材木を片付ける人足のがなり声が飛び交っている。
その半裸の男達の中に、光暉がいた。向けられる奇異の視線を気に留める風も
なく、黙々と泥にまみれた敷板を引き上げ、脇の護岸に立て掛けていく。
「あいつは何をやってるんだ」
「知るか」
開いた詰襟の胸元を扇ぎながら、高美が吐き捨てた。
「口をききたくないんだろう。俺たちと」
また一枚、黒ずんだ板を担いだ光暉の頭上で、がたりと荷車の傾ぐ音が鳴る。
おい、と短い怒号とともに、材木が荷台を滑り、人夫たちへとなだれ落ちる直前、
ぴたりと車体の傾斜が止まった。
「いいぞ。戻せ」
ずんぐりと丸みを帯びた背中に、井桁の指物をはためかせる朱塗りの『震馬』。
その足元に立つ覆面の声とともに、車体を抑える太い掌がゆっくりと開き、持ち
上がった荷台が静かに地面に降りる。
走り寄った人夫たちが騒然と動き回る中、赤備の旭が姿勢を戻すと、立ち尽くす光暉に一瞥もくれず、男は静かに背を向けた。
*井桁:漢字の「井」をかたどった井伊家の旗印