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廻天のアキラ  作者: 920
15/18

14話

拝啓 

 梅雨も終わり、蒸し暑い日が続きますが、息災にお過ごしでしょうか。こちらは照りつく陽光と海風にあてられ、今日明日にも干物になりそうな心地です。

 着いたばかりの頃は、戦にはならぬという見立てもありましたが、この期に及んで相手も腹を括ったらしく、普請だ荷運びだと戦仕度に慌しいばかりで、和睦の沙汰も聞こえぬうちに、今日を迎えることになりました。

 浮鳴を発してひと月すぎないというのに、いまや浮鳴が懐かしく、


「浮鳴がふたつ目だ」

 広々と片付いた埠頭に腰を下ろしたまま、千間かずまが言った。

「『いまや故郷が懐かしく』…」

「『いまや懐かしく』で通じる」

 ふぉん、と噴き昇る蒸気とともに、紙から筆を離した高美たかよしの視線の先を、木造の巨大な転輪が飛沫しぶきを巻いて進んで行く。

「…お前が書く方が早そうだな」

「書いて欲しいか」

「馬鹿言うな」

 書損じの文を丸めながら、高美たかよしは沖を流れる黒山のような艦影に目を向けた。

 

 7月1日未明、厳島を発った蟠竜・富士山など蒸気軍艦四隻は、暁闇の内に大島へ砲撃を開始した。目立った抵抗もなく上陸した幕府・松山の歩兵隊三千は、主要な村々を征圧しつつ沿岸から内陸に軍を進め、一両日を待たず島の大部分を掌握。

味方の勝利が立戸にもたらされる頃には、既に二度目の給薪を終えた輸送船が

伊予灘を南下していた。

「後は連中で分捕ぶんどり放題か。惜しい事をした」

「あんな小島で、何を分捕ぶんどるんだ」

顔を向けた千間かずまに、「わからんぞ」と高美たかよしが続ける。

長州やつらが京でいくらばらまいたと思う? いざとなったときの蓄えがあったって、

おかしくはない」

「公用方の受け売りだろうが」 

 呟きながら、千間かずまは護岸の下へ目を落とした。

浜では昨日と変わらず、材木を片付ける人足のがなり声が飛び交っている。

 その半裸の男達の中に、光暉みつきがいた。向けられる奇異の視線を気に留める風も

なく、黙々と泥にまみれた敷板を引き上げ、脇の護岸に立て掛けていく。

「あいつは何をやってるんだ」

「知るか」

開いた詰襟の胸元を扇ぎながら、高美たかよしが吐き捨てた。

「口をききたくないんだろう。俺たちと」

 また一枚、黒ずんだ板を担いだ光暉みつきの頭上で、がたりと荷車のかしぐ音が鳴る。

おい、と短い怒号とともに、材木が荷台を滑り、人夫たちへとなだれ落ちる直前、

ぴたりと車体の傾斜が止まった。

「いいぞ。戻せ」

ずんぐりと丸みを帯びた背中に、井桁の指物をはためかせる朱塗りの『震馬ブルメ』。

その足元に立つ覆面の声とともに、車体を抑える太い掌がゆっくりと開き、持ち

上がった荷台が静かに地面に降りる。

 走り寄った人夫たちが騒然と動き回る中、赤備あかぞなえの旭が姿勢を戻すと、立ち尽くす光暉に一瞥もくれず、男は静かに背を向けた。



*井桁:漢字の「井」をかたどった井伊家の旗印

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