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廻天のアキラ  作者: 920
14/18

13話

1866年 旧暦6月30日 

安芸国 立戸村 


 午後の日差しを背に、桟橋さんばしへ降りた藤野織部(おりべ)は、陣笠の縁からおかに目をやった。本来は辺りの山から切り出した材木を、いくらか積み置くばかりの殺風景な船着場に色とりりのあきらが所狭しと並べられている。

「『ぶる』に『三竦さんすく』に『しば』。今日びはどこも仏国フランス製だな」

「羽柴は米国アメリカですよ」

 前を歩く上役を急かすように、後ろの若者が言った。織部と同じ紋付の袴をして

箱やらかめやらの荷物を胸に抱えている。

「陣取るんなら、広島でも廿日市でも足りるのに」

「結構じゃないか。海辺なら魚は旨いし、酒も飲める。おう」

織部が手をあげると、振り返った人影が板木を鳴らして波止場の上を歩み寄る。

「なんだそりゃ。ハミガキ売りか?」

 三つ葉(あおい)上羽織(フロック)にサーベル吊りのズボンを履いた男は、旧知の顔を見るなり

相好を崩した。

「大したもんだろ。出立に際して拝領した一張羅だ。浮鳴の奴らは?」

埠頭に足を乗せる織部に、男はむかいの人だかりを顎で指した。

次々と運ばれた材木を切り削り、縄をかけ、急造の荷卸おろし場を組み上げる人足たちの後ろに、兎ののぼりを差した白い機影が佇んでいる。

「今朝から普請の世話回りだ。殿軍も楽では無い」

寝業ねわざ拾遺の面目躍如だな。差し入れだ」

織部は干からびたように微動だにしない『折花』から目を外すと、荷物に重ねたかめを男にさし渡した。

「いいね。奴らが上がる前に片付けるか」

受け取った土産を足もとに置きつつ視線を向ける男に、荷物を抱えた若者が

慌てて頭を下げた。

「秋山です。よろしくお見知りおき…」

「明石松平の間宮まみやだ。そう構えるな。先陣がそのざまでは、後詰にさわる」

「聞いてないのか」

脱いだ上着を肩に掛けながら、織部が間宮に告げる。

「大島勢は伊予松平おれたちだけだ」


「なら徳島は兵を引いたのか」

ばちり、と松明の炎がはぜると、春日はるあきは盆に散った炭粒を手で払った。

「引くも何も、端から寄こしちゃいない」

夜が更けた河岸かし通りには篝火が焚かれ、そこかしこのむしろで酒を囲む男達と

あいだを練り歩く肴売りや、客を引く女の姿を照らしている。

「芸州ついで四国もか。いよいよだな」

「他人事じゃないぞ」

平然と海鼠腸わたをつまむ大宣ひろのぶ高美たかよしが睨む。

 そもそも大島口の役割は、島の占拠にとどまらず、隣接する上関かみのせきと室津半島を

制圧し、戦の趨勢すうせいによって、南から岩国を圧迫することも、西へ進んで徳山に攻め入ることもできる状況を作り出すことにあった。事この期に至って、動員を下された四国諸侯のほとんどが出兵を取りやめる事態になれば、その影響は一戦線にとどまらず、長州征伐全体を揺るがし兼ねない。


「お前らは心配あるまい。後は一万の歩兵と械備が控えてるんだ」

 酒杯を呷る秋山をよそに、千間かずまは輪の外に座る光暉みつきの方を見()った。相も変わらず、秋山や械備の隊士たちに背を向け、独り暗がりを見つめている。

漠然とその視線を追う千間かずまの目に、異様な風体の一団がとまった。

 蒸すような潮風のなか、暗色の長着に野袴を裁付たっつけ、頭をすっぽりと黒い頭巾で覆った男達が、ぞろぞろと連れ立って道を歩いている。

「彦根の連中か」

 誰にともなく呟いた春日はるあきの声に、ああ、と織部がうなずき返した。

「連中からすれば、恥をそそぐ又とない好機だ。存外あっさり片付くかもな」


 おずおずと道を開ける棒手振りや人夫の傍ら、ものも言わずに通り去る黒(づく)めの

れを、光暉みつきは無言のまま見送った。



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