12話
一般に長州あるいは萩藩と呼ばれる毛利家の支配地域は、西の長門、東の周防の
二国に分けられる。その周防国のさらに東端、芸州と境を接するところに、吉川
6万石の治める岩国がある。
かつて安芸有数の国衆であった吉川氏は16世紀半ば、後の中国に覇を称える毛利氏から養子を迎え、同じ国衆の小早川氏とともにその隆盛を支えたが、関ヶ原の戦いにおいて徳川と事を通じ、毛利を旗頭に頂いた西軍敗走の一因となったことで、主家との間に確執を生じたと云われている。
「故に、まずは岩国」
本陣に並ぶ面々を見渡しつつ、陸軍奉行、竹中丹後守は続けた。
「大事に面して当主に果断無く、無きが故に家中は割れて内訌に至る。挙句いまや政務を握るのは、尊王を掲げては御所に押し入り、攘夷を唱えては異船に打ち掛かる無頼の輩。譜代の宿老からすれば、面白かろうはずはない」
「しかし」
声を上げた松代の佐久間修理に、丹後の細い眼尻が動く。
「吉川は先日、和睦の使いを拒絶したばかりでは」
「先の使いは和使にあらず。かくなる敵情を探る、いわば間者にござる」
ほう、と前に座る彦根の木俣土佐守が息をついた。
「つまり、重しとなる武断派を取り除けば、吉川はこちらに内応する、と」
「さらに、清末ら一門衆をはじめ、面従腹背を強いられていた恭順派が山口に反旗をかえせば、新たな内訌の呼び水にもなり得るということです」
「…」
黙したまま腕を組む土佐守を窺う様に、津山の永見丹波がおずおずと口を開く。
「岩国へ入るとなれば、我ら海道を進むことになりまするが…」
「これは粗忽」
丹波が言い終わる前に、丹後は将几に広げた地図に扇を置いた。大写しになった
長周(*)の、石見・安芸・小倉の三境にはそれぞれ、罰点が記されている。
「長州を囲む四軍のうち、戦の口火を切るのは、この大島に御座る」
扇の先は芸周国境を南にすべり、周防の南東に浮かぶ島でぐるりと円を描いた。
「七月朔日をもって返答がなされぬ場合、厳島を発した軍艦が大島を砲撃、然る後に兵を揚げ、これを攻め取る手筈に御座る。海路に睨みを利かせた上で、敵が周防灘に籠ってしまえば、芸州勢は艦砲に晒されることなく、無事国境を超えられる。
逆に、相手が我らの横合を突こうと北上したなら」
「数に勝る幕府艦隊が迎え撃つ、か」
地図に目をおとし呟く丹波の傍らで、尼崎の服部大学が手をあげた。
「岩国を陥れたとして、吉川に恭順の意思がなければ、いかがなさる」
「さらば是非も無し。石見小倉の二軍一挙攻入り、三方より毛利を圧迫するまで」
扇を腰帯に戻しながら、丹後は再び一同を見廻した。
「以上が本営の草案にござるが、異見の御座らぬようであれば、先陣は手筈どおり彦根、高田ご両家にお預けしたい」
「承知仕る」
と、応じる両家の家老の後ろで、紀州の細井将監は静かに席を立った。
*:長門国と周防国