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廻天のアキラ  作者: 920
11/18

10話

 障子から差し込んだ陽光で、新庄春日(はるあき)は目を開けた。汲み水で顔を洗い、月代ひたいを剃り終える頃、「お早うございます」と襖のむこうから女の声がかかる。

「朝げの支度は出来ておりますので」

「ああ、すみません」

 春日はるあきの返事に、障子の影は静かに頭を下げる。

 

 椀に飯をよそい、汁と漬物を並べたところで、奥部屋から朝の喧騒が響き始める。

「情けない! 家主のあとにのそのそ起きてくる居候がありますか」

「だから、俺はここの下男じゃあないし、そもそも今日は非番だろうが! 」

「そんなことを言っているから、いつまでも甲斐性が立たないんでしょう。 

自分から供をする気概くらいみせたらどうなんですこのごくつぶし! 」

 すっかり耳慣れたいさかい合いを聞きながら、春日はるあきは豆腐に箸を入れた。


「くそ婆め。飯も喰わない内に放り出しやがって」

 串の団子を食みながら、高美たかよしは忌々しげに唸った。

「だったら、少しは母上に気を遣え。いい加減静かに飯が食いたい」

運ばれてきた湯呑みを受け取る春日はるあきの横で、空になった皿を盆にのせた茶汲娘が

店の奥へと下がっていく。

「なぜあんなもんを忖度そんたくせねばならん。居候は自分も同じくせに」

 高美たかよしは舌打ちをしながら、茶屋の向いにある邸宅に目を移した。

 代々の家老筆頭を務める益坂の広大な筋塀を、おし包むような人垣が囲んでいる。

「あいつらいつまで張り付いてる気だ。邪魔でかなわん」

「噂はあっという間だからな。凶賊をねじ伏せた一番手柄を、一目見ようって

はらだろう」

「まともじゃないな。どいつもこいつも」

「……」

「…なんだよ」

「いや。別に…」

「よう、待たせたか」

 黙りこんだ春日はるあきと入れ替わるように、店の裏手から声を響かせた大宣ひろのぶ

ずかずかと縁台のそばへ歩み寄る。

「いやあ、かなわんかなわん。読売が出てからずっとあの調子だ。もらうぞ」

「おい」

抗議を上げる高美たかよしの湯呑をあおりながら、大宣ひろのぶは小銭をばらばらと帳場へ置いた。

「場所を変えるぞ。人目が多すぎる」


 エンフィールド2型後装式ライフル銃。 130センチ、3900グラム。

銃身バレル後部、引き金のほぼ真上の位置にある装填口に弾をこめる。

床尾ストックを肩に当て、撃鉄を戻し、照準をのぞく。

 ずだん、と抜けるような音とともに硝煙が巻き上がると、光暉みつき金蓋ブリーチを引いて

銃尾から薬莢を抜き取った。

「当たらんじゃないか」

 射場いばをのぞむ縁側に座ったまま、月卿げっけいが口を開いた。

空撃からうちだからな」

微動だにしない案山子まとをみながら千間かずまが答えると、月卿げっけいはじろりと隣に座る息子へ顔を向ける。

「そんなものが修練になるのか」

「なら、本物を持たせるか」

被さるような銃声が響いたあと、無言のまま煙管きせるを取り出した父に、千間かずまが灰入れの盆を押して寄こす。

「大宣の奴は、本気であれを入れるつもりなのか」

「つもりでしょう。頭数が足りないんだから」

灼けた木切れが火皿に落ち、はん刻みのたばこが紅く燃えほどける。

ぶすぶすと燻り始めた煙管を揺らしながら、月卿げっけいはゆっくりと視線を戻した。

「…玉で暴れたのは防東の郷士だそうだ。本来ならいくらでもじっくりしらべたい

ところだろうが、時期が時期だ。手続きが済み次第、毛利方へ引き渡すらしい」

「それは何より。ついでに町方の間抜け共も付けてやればいい」

「連中だってへまはする。そうでないなら、お前らは今も檻の中だ。……来たな」

縁側から立ち上がった月卿げっけいは、ぞろぞろと廊下を渡って来る大宣たちに向かって

声を張る。

「蔵へ集まれ。陣触れだ」


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