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陽がまた昇る

作者: 大橋零人


 街を彩るカラフルな「新春」やら「迎春」やらの文字。でも、今にも雪が降り出しそうな寒空の下、ピンと張り詰めた空気のどこに春の息吹を感じるというのか。

 三途の川へと向かう亡者のごとき足取りで歩いていくと、そこに待っていたのは賽の河原ではなくて、真夏にも来ることがない真冬のビーチだった。

 カチカチと音を鳴らす歯の間から漏れた息が一瞬で熱を奪われて白い煙となる。袖口や首元の隙間から入り込んだ無慈悲な冷気が毛穴から染み込み、骨の髄へと絡みついていく。カイロ代わりに持っていたコーヒー缶はすでに冷たくなり始めていて、中の残りがアイスコーヒーになるのも時間の問題だ。


 なんでアタシがこんな罰ゲームじみた悲惨な状況にいるかと言えば、今日が元日だからなのだ。


 テレビで除夜の鐘を聴きながら正月は例年通り”こたつむり”として生きていこうと心に決めていたのに、年越しそばも消化しきれていないうちに平和な眠りは破られた。

「初日の出を見に行こうぜ」

 蛍光灯の不愉快な眩しさに目を細めながら見ると、逆光で真っ黒になったデカい顔が眼前にヌッと現れてそんな戯言を吐く。

「興味無い」

 そう言って頭まで布団を被って断固たる拒絶の姿勢を示したのだが、人間の言葉が通じない野蛮人は笑顔のまま無理やりアタシを真っ暗な空の下へと連れ出したんだ。


「おっ、もうそろそろかなぁ?」

 まだ月が浮かぶ夜空と漆黒の海がオレンジのラインで隔たれると、凍えながら突っ立っているアタシに呑気なヘラヘラ顔が向けられた。大晦日も深夜まで仕事だったくせに、なんでこんなに元気なんだこの男は。

 極寒の中、両手を堅く組み合わせて体を縮こませている人々は祈っているようにも見える。沖に目を移せば、季節を勘違いした波乗りが浜辺で震えている者たちを嘲笑うかのように海を滑っている。

「冬は一番嫌い」

 呪いの言葉のようにボソリ呟いたら、突然後ろから抱きつかれた。かと思って振り返ると、背中に被さってきた温もりの正体はくたびれた革ジャンだった。

「重い」

「ほら、出てきたぞ」

 その指の先には白く輝く太陽が姿を現していて、海面には真っ直ぐな光の道が伸びていた。太陽にしてみれば特別でも何でもない通常運転なのに、歓声を上げながらスマホで必死に写真を撮って、無意味な日常に色をつけていく人たち。

「あけましておめでとう」

「はいはい、おめでと」

 これでやっと帰れると思うと自然に微笑みがこぼれる。それを見たアイツは勘違いして喜んでいるけれど、まあ今日くらいは笑顔の記憶を残しておくか。




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