第一章「入学」 第九話「自分のミカタ」
○SIDE:SCARLETT
●平成二十一年四月五日(日曜)午前七時四〇分――【華乃樹公園・赤月堰堤・河原】
「――というわけで、話すと長くなるので詳しい説明はパスさせていただきます」
「ちょい待ていッ!」
「じゃあ、簡単に説明しますが――『うわ~ん。大好きなお母さんの病気を治すために入らざるを得なかった魔法結社的な超真っ黒組織の命令で、大、大、だ~い好きな友達に生死に関わるレベルの迷惑かけなきゃいけなくなっちゃったよ~、ヤダヤダ、そんな事するぐらいなら死んでやる~』と私が勇気を出して健気に身投げしたところを、通りすがりの空気の読めない勘違い男に邪魔されてしまいました。オヨヨヨヨ……、っていうのが前回までのあらすじです」
「思ったよりおちゃめな娘だな、お前」
「お前とか気安いですね……天野白銀です。苗字は嫌いなので『天野』とは呼ばないでください。あと男の人からちゃん付けとかも気持ち悪いので……呼び捨てでいいですよ。特別です」
「じゃあ白銀――」
「馴れ馴れしいですね。もっと他人行儀に畏まって呼び捨ててください」
「……めんどくせー」
とは言え、『思い悩んだ挙句に投身自殺しようとする娘』が面倒くさくないハズないのでむしろ想定内/許容範囲内。石だらけの河原で正座/反省アピールしてるだけマシ。我が義妹様と比べれば、むしろ微笑まし……いかん。なんでナチュラルに義妹様と比べてるんだ俺は?
――『お兄様は茜専用にカスタマイズされた茜専用機。空気を吸うように全ての女性に茜を重ねて見てしまうのです』
とっさに頭をブンブン振って呪いの言葉を振り払う。
――……違う、違う。そんな事はない。そもそもこの娘は義妹様とは違う。ゼンゼン違う。
ポタポタと水の滴る美しい銀の髪/純正日本人とは比べ物にならないメリハリ顔/潤んだ碧い瞳/ほんのり赤く染まった頬/濡れた衣装越しに透ける白磁のような肌/未成熟ながらスラリと長い手足/胸はペッタン、ペッタン娘………………義妹様より小さいな。
「なんですかジロジロ見て……はっ!? まさか私の唇の感触思い出しつつ脳内補完!? 今、アナタの中の私は『お兄ちゃん大好き、チュッチュ☆』なヘンタイさんになってるんですね!?」
「……お兄ちゃん大好きな義妹は間に合ってるからいいよ」
「え、ヤダ、キモ……い、いいですか、現実に兄が好きな妹なんていませんよ。いたらキモいです。だからそれはたぶん勘違いです。キモい」
……『キモい』三回言いやがったよ、このペッタン娘。
…………まあいい。気を取り直して仕切り直そう。まずはこっちも自己紹介が無難かな?
「あー、俺は不知火皐月。昨日からアカツキ高校の新一年生やってる……あー、ヨロシク?」
極力軽い感じで握手を求める――が、「ぷいっ」っと可愛く拒絶されちゃったい。
これはまたあざと可愛いな。でも狙ってやっているワケでは無い様子。天然モノか……
「それで……強引に私の意志を踏み躙った精神的強姦魔さん。私が死のうとした理由を無理やり聞き出してどうしようって言うんですか? さては適当に説得してフラグでも立てようって心づもりですね! ふん。できるもんならやってみてくださいよ! さあ、さあ、さあ――」
なんだか切羽詰まった泣きそうな表情で迫ってくる少女を見て俺は――
――……あ、この娘チョロい。
と、思った。思ってしまった。
だって、精一杯嫌な言葉を使おうとしてるけど俺には『救けて』としか聴こえないし……いまのも『私の決意を台無しにしたヒドイお兄ちゃん。理由を聞いたなら救けてよ。どうすればいいか教えて。お願いします。お願いします。お願いします……』って懇願されてたとしか思えない。何故か呼び方が『お兄ちゃん』になっているが、そこは精神の安寧の為にスルーで。
……まあ、しゃーない。とりあえず期待に応えて説得させていただこうか?
こういう時、縁なら『女の子が悩んでる時は過去の体験談から話すべし』とかギャルゲー脳全開なこと言いそうだけど……うん。その線でいってみよーか。
「あー、そうだな……昔、俺が人生について迷っていた時の話なんだけど――」
「あー、ありますよね。子供って『自分はなんで生きてるんだろ?』とか『死ぬとどうなるんだろ?』って絶対考えますよね。私も考えました。今思うと小賢しいですが」
「なんでそう自分を卑下すんだよ……――でだ、そんな迷える不知火皐月少年は、ある日、友達の家の物置でミノムシの神様に出会ったのでありました」
「――――はい?」
なんか『何いってんのこのバカ?』って表情された!?
でも嘘は言ってないのでこのまま続けよー。うん。意地で最後まで言い切ってやるさ!
「あー、詳しく言うと、ソレは寝袋に上下逆さで突っ込まれた挙句、縄で縛られて宙吊りにされていた……たぶん子供? いや、なんで物置でそんなコトになっていたかとか考えると『虐待』の二文字しか浮かばないので深く考えたくないんだけど…………と・に・か・く! そのミノムシの神様との出会いが俺の人生を変えたのさッ!!」
そう、俺の人生という名の物語は『ボーイ・ミーツ・ゴッド』で始まった。
ちなみにその神様は、俺の『人生に意味や価値があるのか解らない』って迷いを――
――『そんなモンがわかるハズないでしょ、バーカ、バーカ、バーカ☆』
ってバッサリ斬り捨てて、さらに追い打ちかけるようなひっどい神様だったケドネ。
『昔話で西遊記ってあるよね。ほら、サンゾー様が天竺まで旅して、お経持ち帰って、故郷でそれをコピーして布教しまくったお話。あれってぶっちゃけ、お釈迦様ってアイドルの聖地巡礼して、曲とか自伝やらを入手して無断コピー、配布しまくったダメなオタクの話しよね? ソレが現代ではファンタジーな脚色されてなんか良い話になってるワケでしょ。じゃあ、現代のオタクも後世ではすっごい偉人扱いされる可能性がなきにしもあらずってコト――つまり、私が思うに意味とか価値なんていうのは全部あとづけなワケよ。月並みな事言うなら『キミの前に道はない。キミが歩んできた後が道になる』って感じにさ。迷ったり立ち止まることなんか無駄無駄、とは言わないよ。でもソレを理由に力を抜くのは大バカ。明日の方向なんかわからなくても全力で走れ! 明後日の方向? 明日より未来に進んでるならいいじゃない☆』
『目からウロコっ!』
……今思い出すと、なんかよく解らない支離滅裂な言葉かも。
でも、俺の心には届いた/響いた/奪われた――男か女かも解らないミノムシオバケを神様と信じてしまうほど魅了された。……うん。俺も十分チョロいかもしれない。アハハ。
ちなみにその後――
『ありがとう神様。ボク、頑張るよ――あ、春ちゃんが呼んでるや。じゃあね。バイバ~イ』
『ってコラ! ちょ、まっ! 下ろして! お願い。見捨てな――た~す~け~て~……』
というやりとりがあったケド、他人の家庭事情に土足で踏み入るのはNGなので仕方ない。
――……まさか、いまになってその神様が許嫁として現れるとは思ってなかったケドさ。
我が道を行く力強さは変わっていない――どころか斜め上に強化されていた。
まさか邪魔者をリアル排除しようとするとは……でも、そんな彼女だからこそ、彼女が俺のお嫁さんになってくれると言った時、頭では面倒くせーと思っていたのに「それでいいや」とか気軽に答えちゃったのかもしれない……うん。考えるのも面倒くせーなんて思ってないよ?
「……あの、結局何が言いたいんですか? 支離滅裂すぎてワケ解かんないですよ。ちゃんと起承転結まとめて解りやすく話してくれませんか?」
……ダメ出しの声に我に返る。話してるうちに遠くに行ってたようだ。反省。
「あー、つまりは『世の中、見方を変えれば大体なんとかなる』という俺が十五年の人生で悟った境地を話したかったわけです、スミマセン」
「……たかが十五年で境地とか……プっ☆」
鼻で笑いおった!?
いや、違う――きっとこの娘は強がっているだけだ! もう一歩踏み込め!!
「いや、でも重要なんだぞ、ミカタを変えるの! これをマスターすると口うるさい先生も俺達の為にあえて嫌われ役をやってくれる善人に早変わりするんだから!」
「それ、自分に言い訳してるだけですよね? 滑稽です☆」
「いやいや、自らの心をポジティブにパラダイムシフトすることで世界は変わるんだよ!」
「横文字使えばカッコよく聴こえると思ってません? 高校生なのに厨二ですね☆」
「――友達に死ぬほど迷惑かけても、嫌われても、銀色が友達だと思うなら友達でいいんだ」
「ふざけないでください! 私はあの子達の『テキ』なんです!!」
薄ら笑いから反転――俺の胸ぐら掴んでマヂ怒り。でも予想通り/想定内――やはり、大、大、だ~好きな『友達』とやらが彼女の逆鱗。じゃ、このままいってみよー。
「違うよ。銀色の好きな相手が『ミカタ』で、嫌いな奴が『テキ』だよ」
「でも私はライムちゃん達と戦わないと、酷いことしないといけないのに! そうしないとお母さんが、お母さんが……」
「戦おうが酷いことしようが、そいつのコトを好きなら『ミカタ』でいいんだ」
ああ、そうだ――彼女を奪われようが友達は友達。睡眠薬盛られた挙句に性的なイタズラをされようが友達は友達。殴り合おうが、殺し合おうが、好きならそれでいい――我ながら寒気のする綺麗事。でも俺はそれでいいんだよ、コンチクショー。
「自分の『ミカタ』を信じて力を尽くせ。その子たちなら出来るって信じろ。できなくても出来るように人事を尽くせ。敵対すんなら悪役としてサポートしろ。最悪を回避するために全力で茶番を演じろ。駒に堕ちるな。プレイヤーでいろ。お前の物語の主人公はお前だ! 投げ出すな! 相手に嫌われようが、お前が好きなら貫いてみせろ!」
……よし! 言い切った!
我ながら支離滅裂。薄っぺらい言葉を重ねた勢いだけのカタマリ。あの日のあの娘の言葉の劣化コピー、と言うのもおこがましいマガイモノ。でも、そこから何を見出すか、見出だしてくれるかはこの娘次第…………――沈黙二十秒/銀色ちゃんは俺の胸ぐらから手を放し――
「……無責任。気軽にいいすぎ」
と、倒れるようにこの胸の中へ。
表情は見えない。泣きはしない、叫びもしない。だから俺は――小さく震える身体を、弱った義妹様にするように優しく抱きしめて、「大丈夫」と頭を撫でてやる。すると……。
「うにゃ――――っ!」
両手突き炸裂/あざと可愛いテレ隠し!?
ゼロ距離/回避不能――揺らぐ上体/でも立て直し可能……と思ったら『グラっ』と傾く地面/河原/石――不覚! 仰向けに『バタン』!! さらに後頭部にでっかい石が『ゴツン』!?
そして、俺の意識は『ブツン』と途切れたのでありました…………またかよ。
☆現時刻午前七時四八分――残り時間一時間一二分。
実は過去に出会ってた、はお約束。
次回は銀色ちゃんがちょろかった理由を縁くんが暴きます。