第一章「入学」 第六話「忍び寄る虎~ストーキング・タイガー~」
○SIDE:BLUE
●平成二十一年四月五日(日曜)午前七時〇三分――【不知火家付近】
「――それが俺様とサッちゃんの出会いだったのサ」
「ふ~ん」
アンパンと牛乳な朝食をとりながら適当な返事を返す。
やはりアンパンには牛乳だね。現在のシチュエーション的にも美味しいし……様式美とは生まれるべくして生まれるんだと実感したよ。もぐもぐオイチー。
「つまり、山の中で全裸水泳してたら川上からドンブラコとなかなか可愛い子が流れてきたので、とりあえず人口呼吸で助けてやったんだけど、やってる途中で男だと気付いてガッカリ。俺様のファーストキッスを返せ~、と言いたいわけだ。ここまでおーけー?」
「ふ~ん。おーけー、おーけー」
この変態め、と思っても騒がない。もぐもぐオイチー。
そもそも現在地は不知火家近くの電柱の裏――俗に言う『張り込み』ってやつの真っ最中。
……サッちゃんと姉さんのデートとか気になってしょうがないビッグイベントをついついストーキングしちゃっても仕方ないよね。うん。仕方ない。
…………まあ、この騒がしいバカにバッタリ出会ったのは大誤算だったけどさ……はぁ。
心で溜息ついて精神立て直し完了。再びおバカに向き直る……も、休日だというのに詰襟学生服を着たイケメンがかなり大きい背嚢を背負ってて、さらにクリームパンとコーヒー牛乳な朝食をとっている姿を見たら頭痛がしてきた。異質。不自然。特に背嚢はおかしい。休日朝に何やってんのコイツ? いや、たぶん目的はボクと同じなのだろうけど……それにしたってボクが今日ストーキングする事を決意したのは昨夜就寝直前で、この時間、この場所を選んだのは思いつきなフィーリング。でもいざ来てみたら、ちょうどバッタリ鉢合わせってどういうことですかね? もしかして、思考パターンが似てるってことかな? やだ、それ怖い。
「でもまあ、当時のサッちゃんはホントに見た目なかなか中性的で可愛い感じだったからセーフと言えばセーフだったんだよな。おちご趣味な男色とかは日本の伝統だし……ホント、厳冬さんが鍛えまくった挙句に筋肉ムキムキになったのがマヂ悔やまれるぜ、コンチクショー」
このおバカの言うとおり、ああ見えてサッちゃんはとっても筋肉質な身体だったりする。
細身だから目立たないけど、ああいうの隠れマッチョって言うんだっけ? ボクは鍛えても筋肉全然つかないので羨ましい。マヂ良いな~、筋肉! 筋肉サイコー!!
それにしても――
「――ねえ、おバカ。おバカはサッちゃんにいったい何を求めてるのさ?」
「そりゃモチロン、俺様が憧れるようなラブコメに決まってるさ☆」
うん。ワケがわからない。
男色と筋肉の話から何故そうなるんだろうね? でもツッコムの面倒くさいからとりあえず合わせてみるかな……はぁ。
「……前々から思ってたんだけど、そこは普通のラブストーリーじゃだめなの?」
「ああ、ダメだな。ダメダメだな――前々から言ってるけどラブストーリーだとバッドエンドあるじゃん。俺様バッドエンド大嫌いなんだよ。泣きゲーも最後にハッピーこないのはどんなに感動できてもノーサンキュー。力技な奇跡大歓迎純情派なのさ!」
「ねえ、おバカ。昔の人は言いました――『奇跡は起きないから奇跡っていうんですよ』と。奇跡を願う前にやれることをやりなよ。人事を尽くして天命を待つ、って心構えで生きないと痛い目見るよ」
「ああ、尽くしてやるさ! そう、俺様は俺様の全力全開で現実を変えてやるのさ! 俺様の全身全霊で、ありったけの俺様を貫いて、俺様は――まず手始めに周りの皆様の恋愛をラブコメ風味にプロデュースする部活を作ってやるのさ! ってことなんだけど、部活名を『ラ部』にするか『愛ラ部』にするかで迷ってるんだよ。春サンはどっちがいいと思う?」
「永遠に迷えばいいと思うよ。フォーエバー」
「それに部活始めるには最低五人部員がいるんだよ……俺様、サッちゃん、春サン、紫ちゃんで四人は確保できるから問題は残り一人。太陽かイクサあたりに声掛けてみっかな? でも最後の一人っていうのはドラマチックな加入が好ましいし、ギリギリまで何もせずに待つというのも手か……」
このおバカの中ではボク達が入るのは決定事項らしい。このおバカの中では。
ただ、サッちゃんは大雑把だから、お得意の『別にいいけど』で入っちゃいそう……うん、このバカとサッちゃんを組ませるといろいろ不安すぎるね。どうせ後で尻拭いするなら、前もって防ぐ方が利口かな? しゃーない、人事を尽くしましょうか……。
「……はぁ、解ったよ。そうだね。ボクもバッドエンドは嫌いだよ。後味悪いもんね。うん。解った。協力するよ。させてもらうよ……――で、さしあたってどんな活動する予定なの?」
「うむ。それはだな――」
「――と、サッちゃん出てきたよ。口閉じて。息止めて」
反射的に五月蝿いおバカの口を手(ハンカチ装備)で塞ぐ。
玄関先にはサッちゃんこと不知火皐月の姿…………って、ちょっと待って! デートだというのに黒のポロシャツ&ジーンズ? さらに髪型もいつもどおり適当という休日基本装備はいかがなものかな? せめて上になんか羽織るとか、もうちょいオシャレな要素をさ……。
「……あれでデート行っちゃうんだ」
「う、ううむ。完璧に俺様達と遊ぶ時と同じノリだな。だが長所がないわけでもない――前々から思っていたが半袖ゆえにこぼれ見える首と腕の鍛えまくった筋肉は、そっち系のが好きな娘には効果的であろー。筋肉に興味なければ逆効果だが」
「……姉さんは可愛いモノが大好きで、こじらせ過ぎて百合・ロリに走る一歩手前な人だよ」
駅に向かって歩き出す心友の背に無言で合掌するおバカとボク。
とりあえず百メートルぐらいの距離をとって追跡開始……それにしても、ここから待ち合わせ場所/ボクの家から最寄りの駅までは徒歩で一時間以上かかるはずなのだがチャリは使わない様子。かといって近場の駅から電車で行こうというなら家を出るのが遅い……ちなみにここら辺では電車は一時間に一本あるかどうかです。都会とは違うのですよ、都会とは!
つまり彼は、ここから待ち合わせ場所まで約十三キロを歩くつもりだと言うことで……。
たしかにチャリ持参では後々面倒――蒼井家から駅まで十分かからないから、姉さんが駅まで徒歩で行くのは間違いない。そうなると駅にチャリを置いて行動することになるから、後で取りに戻るのが面倒とか考えたのであろー。その為に一時間以上歩くほうが面倒な気もするけど、そこら辺まで思い至ってないに一票……ホントに大雑把な心友だよ。
「ちなみに、春サンの姉さんはどんな衣装で出陣したのだね?」
「ん? えっと、昨夜準備してたのは普通にフリフリで弟的にはいい歳して可愛らしすぎる恥ずかしい服装だったんだけど……知らない小学生として見るならかなり似合ってて可愛いと言わざるをえない。うん。認めたくないけど。ホント、認めたくないんだけど……」
「……春サンはお姉さんに対して微妙に屈折した感情持ってね?」
「ソンナコトアルワケナイヨ?」
まあ、姉さんとサッちゃんが結婚して娘が生まれたら極力関係を断つつもりだけどね。
だって、あの二人の娘ならどっちに似ても絶対可愛い……でも、結婚できるのは四親等からで姪っ子は三親等だから結婚できないし、近親相姦はやっぱ世間体的にマズイからね!
「……なんか踏み込んだらヤバイ心の闇に触れちまったようだな――と、まずい。隠れろ!」
とっさに近くにあった建物の裏に隠れる。
隠れると同時に周囲/退路を確認――現在地はサッちゃんの家から徒歩十分ぐらいのとこにある小さな自然公園。地元民が『ナイアガラ』と呼ぶ滝/堰堤が名物といえば名物なのだが、川幅七十か八十で高さ十四、五メートルぐらいという本家に比べるとちゃっちいモノ。でも増水した時とかはなかなかの迫力を見せるのでなかなか侮れない。夏場はゴムボートや泳ぎでかなり近くまで行けるけど、事故や事件が起こったという話は聞いたことがないので安全安心。
と、周辺確認完了/再度標的確認――ちょっと覗いて様子を見れば、サッちゃんが開けた場所/駐車場兼展望台からこっちの方を訝しげに見ていた。どうやら百メートルぐらい離れただけじゃ尾行は無理っぽい。くっ……。
「……サッちゃんは大雑把だけど鼻もいいし耳もいい。それ以上に修行のお陰で気配に敏感肌だかんな。やっぱ百メートルぐらいじゃダメみたいだ。しゃーないから二百で行くぞ」
「……さすがにそこまで離れると何やってるか見えないよ?」
「心配ご無用――ピロリろん、双眼鏡~♪」
おう……背中の背嚢から未来猫型ロボットよろしくな感じで双眼鏡を二つ取り出しやがったよ。用意がいいことで……っていうかなんで二つも持ってたんだろうね?
「そしてさらに――ピロリろん、盗聴ツールぅ、GPS付き~♪」
続けておバカが取り出したのはスマホ――アプリ起動/パス入力――一・一・九……?
「……なんかすっごく不穏な言葉が聞こえた気がするんだけど?」
「ふっ。これこそサッちゃんに仕込まれた盗聴器……訂正。これを使うとあら不思議。サッちゃんの会話や位置情報がまるわかりな世界不思議発見ツールなのさ!」
「おまわりさーん! ここに犯罪者がいるんだよーッ!!」
「いやいや、犯罪者違うぞ春サン! これは茜ちゃんから『お兄様のこと頼みますね』って託されたやつだから! 家族公認なんだからゼンゼン問題なしなんだってばよッ!!」
「義妹の許可があれば兄を盗聴してもいいなんて法律はないんだよ、おバカ!」
「――ッッ!? 言われてみれば確かにそのとーりかもッ!」
おバカ驚愕。
って言うか、マヂで許されると思っていたらしいおバカにこっちも驚愕だよ!
「……まったく、ホントおバカは考えが足りないんだよ……まあ、あるものは有効活用させてもらうけどさ。おバカもどうせ捕まるならやることやりきって捕まったほうが本望だよね?」
「さすが春サン。その使えるものは何でも使う姿勢には痺れて憧れるぜ!」
お代官と越後屋のような笑みを交わした後、迷うことなく盗聴開――
『ふッ、ざ、けぇんなぁぁ――――ッッ!!』
――始した途端、響く怒声!?
かなりの大音量/マヂ怒り/ヤバイ/マズイ/バレた/なんで/どうなる/どうする――可能性模索/選択肢浮上、『一人で逃げる・隠れる』、『二人で以下同文』、『おバカを生贄に逃げる』、『おバカを逃してあることないこと責任転嫁な自己弁――ごれだッ!
覚悟完了――直後、双眼鏡の向こう側に駆け出すサッちゃんの姿が映る。
初速から最高速/全力疾走/必死――でも向かう先はこちらではなくて駐車場な展望台?
サッちゃんは速度を緩めるどころか更に加速して柵まで駆け寄り、勢いそのまま――
「「飛び降りたぁぁ――――ッ!?」」
☆現時刻午前七時二二分……残り時間一時間三八分。
また飛びました。飛ばすつもりはなかったのに飛びました……。
とりあえず次回は天翔神足の原理説明入れつつ、魔法少女遭遇を予定でいきます。