第一章「入学」 第四話「ヤんでる義妹奥様」
○SIDE:SCARLETT
●平成二十一年四月四日(土曜)午後四時十四分――【不知火家玄関】
「たっだいまー」
元気よく声を上げ、我が家の玄関を開く。
返事は期待しない――両親は故あって別居、尊敬する兄・不知火睦月は日々人々の為に働く尊いお仕事で基本家にいないし、その奥さんである義姉・御影さん(現在妊娠中)はヒキコモリなゲーム廃人で基本コミュ症ゆえ……返事とか期待すると悲しい思いをすることでしょう。
あと同い年の義妹もいることはいるが……。
「…………お、……かえ…………さい」
「すぷらった――――ッ!?」
扉を開けたらパジャマ姿の義妹が赤い液体の中に突っ伏していたの図。
衝撃展開で驚愕。なんでワザワザ玄関で倒れているのかワケが解らない。そもそも……ん?
「――って、この匂いはトマトジュースか」
「……くっ、バレちゃいましたか。さすが匂いで女性の生理すら当てる女の敵なお兄様! その高性ノーズを甘く見すぎていたようですね……ちなみに茜は今日危険日です。かも~ん☆」
と、ワケが解らないことを言いつつ、パジャマの下を脱ごうとする義妹がワケ解かんない。
不知火茜、十五歳――同い年の義妹。白い髪と赤い瞳が特徴的な俗にいうアルビノっていうやつ。おかげで視力が悪い、太陽に弱い。ついでにそっちとは別口で生来病気への抵抗力が低く、体力的にもダメダメな病弱兼虚弱少女である。成長も遅く、同い年なのに小学生にしか見えないぐらい……でも顔形は良く、髪や瞳の色も相まって妙に神秘的な雰囲気を持つ女の子。
……まあ、あくまで『黙っていれば』の話だけど。
「最初は引き裂いてボロボロにした服を着て、股間あたりにトマトジュースを少々、俗にレイプ目と呼ばれる虚ろな瞳をして涙を流し、『強姦されちゃった美少女』風味でお出迎えしようかと思っていたのですが、たとえ一瞬とはいえお兄様に中古女扱いされるのは耐え難く、泣く泣く『血を吐いて死にかけた病弱美少女』風味を選んだしだいなのです☆」
「……お前はいったいなにをしたいんだ?」
「そんなの『熱を出して高校の入学式に出席できなくなった可哀想な義妹を置いて一人登校した薄情なお兄様へのイヤガラセ』しかないと思うのですが……なにか?」
「大人しく寝てろよ、頼むから!」
「あ、茜は汗をかきまくちゃって気持ち悪いのでお風呂に入りたいと思います」
「お願いだから話を聞いて! パジャマ下から脱がないで! っていうか玄関で服脱ぐな! そもそも熱があったんだから風呂に入ろうとかしない!」
「じゃあ、お兄様がタオルで茜の身体をくまなく弄んでくださるんですね。嬉しい☆」
そう言ってパジャマの上だけ着た状態で洗面所へ行く無敵の義妹様。
仕方ないので脱ぎ捨てられたパジャマのズボン&おパンツを手に――『クチャっ』――マヂでメッチャ湿ってる。これは気持ち悪い……っていうかトマトジュース付いてるよ。洗濯するオレの身になって! と思いつつ、無言で義妹様の後を追うオレでありました。
●平成二十一年四月四日(土曜)午後五時三十分――【不知火家キッチン】
「はぁ……今日も洋食ですか? 茜はたまには和食が食べたいのですよ」
今日の晩御飯はホワイトソースから手作りしたグラタン、インスタントの鶏ガラ使ったスープと適当にちぎった野菜にオニオンな自家製ドレッシングかけたサラダ。あとはホームベーカリーの手を借りて作ったバターロール。主食には好みがあるので白飯も準備済みで完璧……だと思ったんだけど、我が義妹様はお気にめさなかったようである。残念無念。
「そんなこと言われても、オレ、洋食しか作れないし……」
「お兄様はそれでも日本人ですか? 嘆かわしい……」
「……そんなこと言われても、洋食はレシピ通りに作ればそれなりの味になるけど、和食のレシピは『塩少々』とか『適量』とかいう曖昧な表現ばっかでイマイチわかんないんだよ。それに比べて洋食は良い。オーブン何度で何分焼くとか書いてあるし、材料もグラム単位で書いてあって解りやすい。ケーキやプリンもレシピ通りに作ればちゃんとできる。素晴らしい!」
「まあ、お兄様がデザート作りにはまってくれたおかげで毎日ケーキとかタルトを食べれるのはありがたいのですが……それでもたまには和食が食べたいのです! 特に魚! 焼き魚! 魚を焼くのです! 茜は脂がたっぷりジュルジュルな焼き魚が大好きなのですよ!」
「じゃあ、明日の晩飯は奮発してお刺身で」
「茜は焼けと言っているのですッ!」
義妹様が声を荒らげて怒った!?
珍しい。生来食が細く、身体的理由でに食べられない食材はあっても嗜好的な好き嫌いはない娘だったのに……そんな妹が『焼き魚』を食べたいというのなら兄として焼いてみようか?
「……ヤレヤレですね。お兄様がキッチリに拘るのは、生来大雑把な自分が嫌いという無意識の自己否定。茜にはそんな子供っぽさが可愛らしくて好ましいのですが、困ったものです」
「いや、オレは細かいとこにこだわる典型的なA型で」
「そんな戯言は置いといてですね――」
義妹様はそこまで言って、食事終了――スプーンを置いてお口をフキフキ/じっくりタメにタメて――何故かまったく笑っていないように見える綺麗すぎる微笑みを浮かべなが言う。
「明日、春ちゃんのお姉さんとデートするらしいですね」
「――――ッッ!?」
ぐっ……危ない、危ない。もう少しでマンガのように口の中にあるものを噴出すところだった。なんか重要な事を言うとは思ったが、こうくるとは……。
「ケホ、ケホ……だ、誰に聞いた」
「盗聴――いえ、それは大した問題では無いのです」
「大した問題だよ! どこに仕込んだ!? 服か、鞄か、それとも……」
「お兄様の体内にあるナノマシン経由ですが……――ああ、松戸のお爺ちゃんの発明なのでたぶん安全無害だと思うのですよ。元々は茜のために開発中の医療用ナノマシンの試作品で、経口摂取で取り込むと心臓付近にコアを形成し、宿主の栄養、熱、電気をエネルギー源にして自己増殖・自己保存・自己進化していく半永久的に使用可能な逸品とのことです。凄いオーヴァーテクノロジーですよね。おかげで今のお兄様は少年漫画の主人公並みに死ににくいしぶとさと、致命傷もたぶん数分で治る回復力を持っていると思われるのですが『そこらへんは実際に試したことがないので報告プリーズじゃ』とのことです。たぶんこれは、いずれ来る星の獣たちとの生存闘争を生き抜くためにお爺ちゃんが…………あ、ちなみに盗聴は患者の身体状況をモニタリングする機能を悪用してやっているので、良い子は真似しちゃメッ、ですよ☆」
「……お願い、待って。ツッコミどころありすぎて困る」
特に星の獣ってなに? 病弱な義妹様がいつの間にか中二な病にまで侵されて……まさか一年の大半をベッドの上で過ごす弊害? 身体の病が心の病を発症させちゃったか!?
「ちなみにモニタリングはスマホのアプリで可能なのですが、茜の携帯にはちゃんとパスワードかけてあるので安心してください。パスワードは四桁でヒントは鎌倉幕府です」
「って、ソレ『一一九二』だろ!? いくらなんでもわかりやすすぎるわ!」
「さらに特別大サービスで教えますが、ナノマシンを除去するためにはコア付近に高出力のスタンガンでもバチバチやって、さらに十分ぐらい心停止させ続ければ機能停止して自然分解すると思う、とのことです。死ぬと自然分解しちゃって解剖しても発見できないあたりはなんかいろいろヤバイ気がするのですが……まあ、茜やお兄様には関係ない話ですよネ☆」
「……まあいいや。いままで気づかなかったんだから『大した問題じゃない』ってことで」
「ホント、お兄様のそういう大雑把で諦めがよいとこには感心します。そんなお兄様だからこそ、全力全開で『執着』されたいと思ってしまう茜は我儘でしょうか? ――と、そんなコトよりも明日のデートの話です」
おおっと、ここで強引に話を戻しやがった!
何を言われるのかと身構え――内心ビクビクで沙汰を待つ。クールに対処だ、オレ!
「……まあ、頑張ってください」
「……え? そんだけ? てっきり『茜以外の女とデートするとかダメ』とか言われるかと」
「キモいですよ、お兄様」
痛い! ハートが痛い!! 思春期真っ盛りのオレの心にハートブレイクショット!
「どうせお兄様には茜以外の女性とお付き合いするのは無理ですから。それを再確認する良い機会かと思います。フラレても茜が癒してあげますので安心して玉砕してきてください」
「なにその嫌な決めつけ!?」
「お兄様の一番身近な女性は茜です――人は自分が知っているものしか知らず、知らないものは知らないイキモノ。つまり、お兄様は茜専用にカスタマイズされた茜専用機――空気を吸うように全ての女性に茜を重ねて見てしまうのです。そのせいで、女性と接するとき必要以上に過保護になりキモがられるのです。茜は慣れましたが、それでもたまにキモいのです。まあ、最近はそのキモさも好ましく思えるように……と、とにかく、そういう事情を少なからず知っている幼馴染の紫ちゃんと付き合うことになった時も一週間持たなかったのですから絶望的ということでファイナルアンサーなのですよ! ファイナルアンサー!!」
困った。反論したいのにできない。っていうか身に覚えがありすぎる……。
そんなオレの絶望を察したのか、義妹様は気の毒そうな表情で言葉を続ける。
「……たぶん、そんなお兄様と一生一緒にいられるのは『男の娘』か『男女』ぐらいですね」
「慰めになってねーよ!」
男女はともかく、男の娘は男ですよ! BLに走れとでも言うのか、この義妹様ッ!
「大丈夫です。お兄様の赤ちゃんは茜にお任せなのですよ☆」
「……その発言はキモいよ、義妹様」
……義妹でも妹に手を出すとかないからネ?
●平成二十一年四月四日(土曜)午後九時五十五分――【茜(ついでに皐月)の部屋】
そんなこんなで、就寝時間。
ようやく長い一日が終わる寝る…………と思った瞬間、唐突に思い出す。
――……あー、そういえば明日のデート、プランはこっちで考えろって言ってたっけ?
とりあえず考えてみる……が、無理難題。想像不可。そもそも相手の好みがわからない、目新しい施設もがない、足もない、金もない、決定的に時間がないではどうしようもないだろ?
「……まあ、男は黙ってノープラン、だな」
そして、オレは白紙の未来へ向けて旅立ったのでありました。
ほぼ掛け合いだけで終わり動きがないことに反省。
でもこういうノリだけの会話は大好きで、けっこう早く書けるのです。
……次は夢の中で過去回想予定。