第一章「入学」 第二話「運命のボーイ・ミーツ・ガール」
○SIDE:BLUE
●平成二十一年四月四日(土曜)午前八時十七分――【暁学園・校舎入口(一年生用)】
運命というものはある、とボクは思う。
だって人は生まれを選べないし、生まれで選択肢を狭めさせられることなんてザラだ。
どうしようもない流れはあるし、選べない道や開けるしか無い扉がある――そう、この世の中は偶然に見えても、よ~く考えると必然だったって理不尽に溢れまくっている。
……ボクが特にソレを実感するのは親や他人が決めたレールを強要される時かな?
例えば、先生方が相談して決めるというクラス分け――
「――ナゼだ? ナゼまた俺様だけ別のクラス? ホワイ? なにゆえ?」
「……まあ、運命だと思って諦めろ」
「ボクとサッちゃんは幼稚園のはじめっからず~っと一緒だよね。運命的だよね。ちなみにこの学校って三年間クラス替えないらしいよ?」
「チクショぉぉぉんッ!」
これって生徒であるボク等にはどうしようもない仕組だよね。
……それにしても、なんで負け犬の遠吠えってこんなに心地良く響くんだろうね。アハハ☆
例えば、一年生の教室――
「――急いで! このままだと初っ端から遅刻しちゃうよ!!」
「ハハハ。春サンや、長い人生、そんなに急いでどーするよ?」
「……掲示板の前に跪いて、不貞腐れて、無駄に時間を潰させた奴が言うなよ」
「俺様の嘆きは未来へ羽ばたく心の栄養――無駄なんてひとつもないサ☆」
「「自分で言うな!」」
一番下っ端の教室が校舎の一番上/三階にあるっていう年功序列な悪習。
……うん。毎日これを登るかと思うと、ちょ~っと憂鬱かも。
例えば、クラスメート――
「――……春、同じ、クラス。嬉しい」
「ボクも嬉しいよ、むっちゃん」
中学の時から付き合ってる恋人と同じクラスになれたことは嬉しい偶然だね。
この娘は斉藤紫――前髪パッツンの長い黒髪/大きな瞳は常にぼんやり半眼/小さなお口は基本横一文字/身長はボクより少し小さめ――日本人形のような見た目をした少女。表情から何を考えてるか読みにくいところが可愛い、ボクとサッちゃんの幼馴染兼恋人でーす。
「……ついでに、サツキ、も」
「はいはい。どーせ俺はついでですよー」
……アハハ。わざとらしくスネて見せるサッちゃんが凄くわざとらしくて微笑ましい。
例えば……――
「――はじめまして、新入生の皆さん。私はこの学園の生徒会長を務めさせていただいてる蒼井水色といいます」
目の前で生徒代表として挨拶をしているちびっ子生徒会長がボクの姉だという現実も。
蒼井水色――セミロングの黒髪/強い輝きを宿した瞳/かなり幼すぎる顔立ちと、小学校低学年並みの身長を持つ……見た目完全無欠の美幼女。でも実年齢は十六歳なボクの実姉デス。
「今日からこの学園の生徒となる皆さんに、私からお願いしたいことがあります」
現在、姉さんはその背の低さを補うために校長先生御用達の演台の上に立っています。
ぶっちゃけメッチャ傲岸不遜――普通なら怒られて当然なのに、その見た目の愛らしさゆえ許されている様子。可愛いは正義か……恐ろしい!
「この暁学園は創立者・赤井厳冬が戦後の人材不足に憂い、『使える人材がないなら育てればいい』という理念のもとに作られた教育機関です」
優しく、穏やかな、耳触りの良い声で紡がれる言葉――恐ろしいことに、高校案内とかで既に聴いたことがあるハズの説明を誰もが聴き入っている……恐ろしい!!
「それを踏まえた上で、私からのお願いは一つ――皆さん、成長してください。知識を得、知恵を磨き、身体を鍛え、技を研ぎ澄ませ、心を強く養ってください」
そこまで言って、可愛らしく『ニコリ』と微笑み――
「――そして、この学園を巣立って行く時、一人一人が『世界を動かす歯車』となっていることを望みます。それが生徒会長としての私が、後輩である貴方達に願う全てです」
最後の締め/間を置くことなく周囲のみなさんから鳴り響く拍手の音――姉さんの言葉がみんなの心に響いた証明。
……だがボクは気付いている。どことなく良い事言ってる気はするけど、姉さんは『指導者ではなく労働者になれ』と言っている事に。ぶっちゃけ夢も希望もない御言葉なのに、気付かず拍手している同級生達が哀れすぎる……あ、サッちゃんと縁は拍手してない。さすが☆
え~、改めまして例えば……入学式後のHR――
「え~、俺の名前はシラヌ」
まずはクラスメート達への自己紹介を強制されるのも運――
「不知火君は朝、校門の前で立派な自己紹介をしてくれてたので別にしなくていいですよ?」
「……やらせてください。お願いします」
机に額をこすりつけながら懇願する我が心友。
……いやいや、さすがサッちゃん。理不尽に反逆する漢。見てて飽きないね。
そして、極めつけに――
「――このクラスに不知火皐月くんはいますか?」
HRも終わり、後は帰るだけってタイミングでとびきりの災厄が襲ってきた!?
「…………姉さん、なんで?」
「あら、春くん。春くんもこのクラスなんですね」
思いかけずに身内に出会ってビックリ、という表情――でもその視線は鋭くボクの横/ボクと一緒に帰ろうと、トコトコ近寄ってきたボクの心友へ。
「姉さん、ってことは、やっぱ生徒会長さんって春サンのお姉さんだったんだな?」
「はい。はじめまして。私は蒼井水色。この学園の生徒会長を務めています。アナタが不知火皐月くんですね。お話はいろいろ聴いていますよ――中肉中背で顔立ちはいいのに全体的にどこか平々凡々。髪型にはこだわりがなく適当にボサボサ。死んだような瞳をしてるくせに表情は活き活き。好きな子には一途。でも初恋が実ったと思ったら三日で破局。そのくせ、ちょっとワケありな異性にやたらと好かれるラブコメ体質。その度に死ぬような目に合うのに、とにかく生き残る生存能力に溢れたエロゲ主人公のような男の子、ですよね?」
「……春サン?」
「ボクじゃないデスヨー」
ブルブル首を振って全力否定。
そんな悪意に溢れた紹介、ボクは絶対にしません。誓ってもいいです。
「あらあら、春くんは嘘つきさんですね。不肖の弟がいつもご迷惑をお掛けして申し訳ありません――ところで、実はその、今日は私からアナタに少し頼みたいことがありまして……」
気がつけば――姉さんの姿はサッちゃんの目と鼻の先。
その右手はサッちゃんの胸の上に置かれていて――
「――とりあえず、シんでください」
「はい?」
人が、回った。
呆気にとられるボク達の目の前で、高校男児がクルリと天地逆転――『ドガッ』と鈍い音をたてて頭と床をゴッチンコ♪ ってヤバイ! 咄嗟すぎて受け身もとれてないよ!?
「アカツキ闘術、蒼井流――天(転)地――」
薄ら寒くなるような笑みを浮かべて、姉さんが技名を告げる。
勝者が敗者に自分を倒した技を教えるってアレであろう。でも――
「い、ってぇ――ッ! メっチャ、いってぇぇ――――ッ!?」
サッちゃんは頭を押さえながら元気に床を転がりまわっていた/痛がってはいるが全然大丈夫そうで…………格好良く技名なんか言っちゃった姉さんが気不味い表情。ご愁傷様です。
ちなみにサッちゃんは、転がりながら距離をとり、間合いを確保した上で起き上がってました。これぞ転んでもただでは起きない漢。姑息と言うなかれ。
「……思った以上に頑丈ですね」
「頑丈ですね――じゃねえッ! 突然なにしやがる!!」
「だから『死んでください』って言ってるんですよ――私に断りもなく勝手に決められた、私の許嫁さん」
「……………………は、い?」
突然告げられた意外な言葉に怒りを忘れ、目を点にする我が心友。
傍目からも解る思考停止/完全な無防備――その隙に姉さんは再び距離を詰める/何故か真っ直ぐ正面から近寄らず、少々斜めから。しかも、せっかくの隙を台無しにするような、ユラ~リとした、サッちゃんが目で追えるような速度で…………なんで?
「私は、私の人生を他人に決められるのが、大、大、だ~~~~いキライ、なんですよ☆」
結局、サッちゃんからの反撃は無いまま、再び姉さんの射程圏内――ニッコリ笑顔で伸ばされた手/身長相応の小さな手――でもソレは触れただけで天地を逆転させるちゃう恐怖の手。
だから、サッちゃんは当たり前のように恐れ、後退りし――
「「――あ」」
最悪のタイミングでボクの声とサッちゃんの声が重なる。
それは理解と予想外の二つの声――理解はボク/姉さんがわざわざ角度をつけて近づいたのはサッちゃんが後退る方向をコントロールするため。目指す先に姉さんの望みを叶えるソレが口を開けて待っていたから。そう、三階なのに転落防止のない、安全性皆無な『窓』が……。
気づけば単純。でも、気づいた時には時遅し。
サッちゃんは『あれ?』って感じの間の抜けた表情をしながら――
窓の向こう側へ落ちていった。
SCARLETは皐月。BLUEは春サン視点で進行する予定。
視点増やしすぎると読み難いと言われるので、基本この二人視点でいこうと思います。