オリヴィア
───わたしたちは、双子。
両親以外は、誰もわたしたちを見分けることはできない。
『ちゃんと、見分けてほしい。けれど、見分けてほしくない』
わたしたちは、二人で一人。
────お互いがいないときっと生きていけないから、この関係を変えたくないから、矛盾の中で微笑むの。
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「エルヴィア」
「オリヴィア」
貴女はわたし、わたしは貴女。
そうして、何もかも曖昧にして、離れることがないようにするの。
わたしは、オリヴィア・ローシェナ。ローシェナ伯爵の第一子で、双子の姉。
わたしたちは、産まれたときからいつも一緒なの。
────── だから、これからも一緒。
わたしたちを分けるものは、髪の色だけ。
わたしは白金の、月の光みたいな髪の色だけれど、エルヴィアは星の輝きみたいな白銀。
それ以外は、ぜーんぶ同じ。
アメジスト色の瞳。
象牙色の肌。
ストレートの髪質。
背格好や、好みだって同じ。
髪さえ染めれば、誰もどちらか気づかないし、誰も見分けられない。
──────寂しくもあるけれど、これが当然。
だって、双子だもの。
「エルヴィア!晩餐の支度を手伝ってくれないかしら?」
いまだって、ほら。
気づかない。
わたしたちの主であるアマリリス様に呼ばれ、わたしは返事をして振り返る。
今のわたしは、エルヴィア。
二人して、わたしたちはアマリリス様の第二侍女と第三侍女をしている。
だから、主であるアマリリス様さえ見分けはつかない。
けれど、第一侍女のエミリアさんは、ひょっとしたら気づいてるのかもしれない。
時々わたしたちを見て、怪訝な顔をするから。
「今いきます、アマリリス様」
アマリリス様は、もう少しでご結婚なさる。
お相手は、公爵。
だから、アマリリス様と会うのもエミリアさんと仕事をするのも、もう少しだけ。
「アマリリス様、彼女は違うでしょう?彼女は、オリヴィア・ローシェナさんではないのですか?」
───────え?
「あら、レイモンドじゃない。貴方の愛しの妹は残念ながらここにはいないわよ。ディランお兄様がさっき追いかけて行ったから、今頃きっとディランお兄様の渾身の愛の告白をスルーしてるわ。この間もそうだったもの。で、なぜ貴方がオリヴィアとエルヴィアを見分けられるの?」
髪の色はエルヴィアだわ、と首をかしげるアマリリス様に、突然現れてわたしを当てた、エーメリエ侯爵は、意味深に笑った。
────なんで?
なんでわかるの?エミリアさんの兄君……エーメリエ侯爵の長男。
というか、なぜここにいるの?
意味がわからない。
「見分けてはいませんよ。わたしはオリヴィアさんだけなぜかわかるんです。エミリアがよく話してくれますから…………なーんてね。オリヴィアさん、肩に髪の毛が付いていますよ。地毛のね」
「え?あ、あぁっ!」
よく見たら、確かに一本地毛が濃紺のお仕着せに付いている。
それは、白金だった。
す、鋭い…………。
普通は髪を一本見つけて、当ててしまう人はいない。というか、まず一本しかない地毛に気づかない。
このての人は、苦手。
なんでも見透かしたみたいな、ラピスラズリの瞳が………。
でも、この方ならば見分けてくれるかもしれない。
矛盾した気持ちが心で渦巻いて、脳裏からラピスラズリの瞳の、美しい金髪の長身の彼の姿が消えない。
アマリリス様についていきながら、わたしはずっとレイモンド様がここにいる理由を考えていた。
「エミリアさん、もしかしてわたしたち双子のこと見分けることができます?」
「ん?あぁ、ええ。できますよ、オリヴィアさん?わたし、人間観察も好きなんです!ハーフェン王国の貴族のみなさまのことならば、大体覚えました!!」
なんてことだ………。エミリアさんにアマリリス様が晩餐にいっている間、自身も食事をとり、落ち着いたところで聞いてみた。
そうしたら…………
────やっぱり。
わたしは力なく笑った。
エミリアさんは、気づいていた。
これだったら、兄君が見分けることができて当然だ。
嬉しく思う気持ちと、駄目だと、叫ぶ心が複雑に絡み合い、その場に崩れ落ちた。
怖い。
心に入って来ないで!!
二人だけの世界は狭すぎて、他人の侵入を当然のごとく拒否する。
「オリヴィアさん!?」
近くにいるはずなのに、やけに遠くにエミリアさんの声が聞こえた。
「大丈夫ですよ、オリヴィアさん。誰も貴女方の世界は壊しはしませんし、二人の世界に多少人が増えたって、お互い離れていくことも、離れなければいけないこともありません」
「レイお兄様!?なぜここに?」
「レイモンド、様?」
その、柔らかな声に、わたしは我に返った。
名を呼べば、ろくに知りもしない相手だというのに、微笑んでくれた。
なんで?
苦手だと思った人のはずなのに、心があったくなる。
「エミリアに会いに来たんですよ。なかなかアマリリス様の所から帰ってきてくれませんから。その途中にオリヴィアさんに会ったのですが…………壊れてしまいそうでしたので」
「な、なんで………なんで初対面のわたしにこんなにしてくれるのですか!?」
「似ているからですよ、昔の私達に。私も双子の片割れですから。同じように悩んで、のたうち回った経験があります」
「あ……」
確か、フィンレイ様─────。
双子、だった気がする。
それで、家督で揉めそうになったとか、噂があった。
あくまで噂だが。
「だから、新たな感情を閉じ込めたり、初めて世界に入ってきた人を隔絶したりしなくていいのですよ?」
いいの?
わたしたちは、二人で一人。
だけど、それぞれに感情がある。
『見分けてほしいけど、見分けてほしくない』
矛盾して、ごちゃごちゃに絡まった想い。
いいのかな?
「オリヴィアさん!?あぁ!お兄様ったら、泣かせましたねっ!」
「え?私が悪いのかい?」
「勿論です!」
わたしはこの日散々泣いた。
そして、この日からわたしたちは入れ替わるのをやめた。
よいことがたくさん起きた、一日だった。
だけど、悪かったこともある。
「ふふふ。レイモンド様─────わたし、決めたわ」
逃がさない。
あのあと、エルヴィアに言われた。
『よかった、オリヴィアがわたし、心配だったの。でね、成長したオリヴィアにひとつ忠告。貴女の心を動かしたり、貴女の心に入ってきた存在を見落とさないで………………それはきっと、オリヴィアにとって大切な人だから』
妹であるはずのエルヴィアに言われて、恥ずかしかったけれど、その通りだと思った。
────だから、エミリアさんには友達になってもらった。
けれど、レイモンド様にたいしては、エミリアさんに感じる気持ちとは少し違う気がしたの。
甘酸っぱくて、切なくて、自分のものにしたい。
─────だから、貴方をわたしは追いかける。
この気持ちの正体を確かめるために。
─────二人で一人は、もうおしまい。
矛盾から抜け出したなかで、今度は本当の意味で微笑むの。
こうして、オリヴィアはストーカーに…………ってきっとなりませんよっ!たぶん?
レイモンドは、今のところ小動物を相手にしてる感覚。
危なっかしくて、放っておけない感じ。
エミリアはアマリリスが大好きなので、アマリリスの部屋の隣にある侍女用の部屋で寝泊まりしているため、滅多に家に帰りません。
そのためシスコンな兄二人は、定期的にアマリリスのところに顔出します。
でないと会えないから。