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風は過ぎゆく

今回はかなり長いです。その分力を入れました。


最近主人公が出てなくて、武田に焦点が多いですが、申し訳ありません。


どうしても武田は入れたかったので…


武田が終わった後は主人公が出て来ますので其れまでお待ち頂けたら嬉しいです。


今後も拙作をよろしくお願いします。

轟音が轟いた直後ーー山県昌景率いる赤備は攻めを停止させていた。



先程の天地を揺るがす音で山県昌景は中央を攻めていた部隊が壊滅的な打撃を受けた事を悟った。


ーー真田や内藤らは壊滅したか…此度は織田信長の策にやられた。其れに先程から徳川軍が出撃の準備をしておる。



この戦、下手を打ったら武田が此処で滅亡するーーならば、俺が御屋形様を生かして帰す。


一世一代の舞台ぞ、恥の無いようにしないとな。



山県昌景の心は負け戦に在りて、青雲の如く澄んでいた。



いざ、参るーー




昌景は馬の手綱を引くと、


「赤備よ、早く退くがよい。」


「はっ!しかし、昌景様は如何なさられるので?」


俺は、三河守の顔を少し見に行く。ついてくるものは自由にするがよい。其れ以外の者は勝頼様を守れい。



「「「ははっ!!」」」



ふっ、我が赤備も良い面構えをする様になった…む、お主らはまだ残るのか。


赤備は昌景の命を受け、殆ど退いて行ったが、四百名程の赤備が未だ去らず、残って居た。



「馬鹿者めらが、死にたいのか。」


赤備達は涙を流しながら昌景に言った。


「私達は昌景様と一緒に戦う事が出来もうした!最後までお供させて下さりませ!」


と、嘆願すると四百人は一気に平伏した。



其処までの覚悟ならば何も言わぬ、今一度雄叫びをあげようぞ!赤備えは武田最強、武田の誇りである。


この戦、負けたのか?いや、負けてはない、御大将を無事に撤退させ、尚且つ、織田弾正中と、徳川三河守を討ち取る事が勝利じゃ!!


「「おお!」」



今こそ、我ら赤備え。一個の燃える閃光とならん!


命を惜しむなかれ、今が死すべき時。



山県昌景率いる赤備えの見る者の心を震わせる鬼神が乗り移ったかのような突撃に戦が佳境に入ったことで気が緩んだ徳川軍は忽ち崩れてしまった。徳川軍が浮き足立った隙を突き、昌景らは徳川三河守家康が居る本陣まで後少しまで迫った。



ーー徳川三河守、捉えたり。



昌景の視界には徳川家康が居る本陣が近づいて来ていた。


本陣内では徳川家康と見られる人物が慌てた様子で周りに泡を飛ばしているが、最早無意味なり。



昌景は長年愛用して来た朱槍を固く握り締めると、槍を構え、本陣に向けた。



昌景についてきた赤備達は徳川軍の陣を突破した時に昌景を銃弾と槍から守り、冥府に旅立った。


今居るのは昌景だけである。



遂に家康との距離が残り僅かになり、家康の顔から流れる汗の量までハッキリ分かるように成ってきた。



バシュウンーー!!


銃声が一斉に響いた。



「ぐっ!」


昌景の体を数発の銃弾が貫き、昌景は意識が飛びそうになり掛けたが、舌を噛むことで得た痛みにより、意識を保った。



こんな傷、蚊に刺された程の痛みにしか感じぬわーー


銃弾で貫かれても尚、修羅の形相で昌景は迫った。


銃弾を受けても倒れぬ昌景に徳川家康と家来衆は心底怯え切って、槍を向けようにも体が震えて動かなかった。



昌景の突き出した槍が徳川家康を貫かんとした時、腹に二本の槍が突き刺さった。



腹を突かれた昌景はさして驚く様子も無く、自分を止めた相手を見た。



昌景を止めた相手は、先程まで昌景と一騎打ちを繰り広げた本多忠勝、そして、青い前立て兜が特徴的な武将である。



家康は顔を安堵に染め、二人の武将に声をかけた。



「よう来てくれた!平八、小平太。」


平八は本多忠勝の幼名で、小平太は榊原康政の事である。



「本多忠勝に榊原康政、徳川の猛将二人に防がれるとは。此れだから戦は面白い。」



そう言うと昌景は無理矢理突き刺さった二本の槍を引き抜いた。



槍を引き抜かれた二人は顔を蒼くして直ぐに家康を庇うように前に立った。



忠勝は心底感嘆したように息を吐き、


「全身にそれだけの深手を負いながらも尚も動かれるか、見事であられる。」




昌景は全身に沢山の銃弾を負い、腹を槍で突かれ、最早立っているのが不思議なくらいな傷だった。



其れでも昌景は倒れない。何が彼を駆り立てているのか?



昌景は朦朧とする思考の中で、ある記憶が浮かんで来た。




ーー源四郎…源四郎…



この声は…兄者の声か。


其れは昌景がまだ若く、山県姓より前ーー飯富源四郎であった頃の記憶であった。



名前を呼ばれた昌景は顔を上げると、そこには兄の姿があった。


「源四郎、此度の戦、誠に見事であった。御館様もお褒めになられていた。」


昌景は嘆息すると頭を下げた。


「いえ、私などまだまだであります。兄者のほうが凄く在られる。上杉の猛将、柿崎景家を撃退なされたではないか。」



昌景の兄、飯富虎昌は武田晴信ーー後の信玄の父信虎の代より仕えて来た武将である。先の川中島の合戦では、晴信を守る為に二倍以上を数える上杉軍と当たり、柿崎景家を敗走させる武功を立てた。



若き昌景は一回り以上も年が離れた兄を尊敬していた。赤備えを率い、戦場に出ればその武勇を遺憾なく発揮する。まさに猛将中の猛将であった。


ーいつか私も兄者の様になりたい。



昌景が虎昌に憧憬の念を抱いて居るのを察したのだろうか。少し困った様な顔をして虎昌は昌景に言った。



「昌景、お前は強い。儂とは違い、最強になれる器がある。しかし、忘れるで無いぞ、どんなに強くても敗北はある。」


兄からの手厳しい忠告に昌景は少しばかり反魂の気持ちが芽生えた。


ー兄者は間違っている。最強であれば良いのだ、他を圧することが生きる道。如何に尊敬する兄者とも言えども此ればかりは認めぬ。



昌景は反論したい気持ちを堪え、答えた。



「はっ、肝に命じておきます。」








ーーーーー雨が降りしきる中、一人の男が雨に濡れるのも構わずに外に正座して居た。その後ろに刀を持った男が立った。



「兄者、介錯致します。」





その声が響くと、正座していた男は柔らかい笑みを浮かべると刀を持った人物を見つめた。



「昌景、泣いておるのか?」



昌景と呼ばれた男の顔からは涙が滂沱の如く溢れ出ていた。



絞り出すような微かな声が男から漏れた。


「何故…義信様に加担されたのですか!?」



雨の中に立っているのは昌景と虎昌、二人だった。



虎昌は死装束を着て、短刀を片手に持っていて、昌景は介錯をする為に刀を握っている。



何故この様な状況と成ったのか?



原因は川中島の戦いの後直ぐに起こった駿河侵攻にある。武田晴信は川中島の戦いの後、先の桶狭間で討死した今川義元が子氏真が治める駿河に侵略を開始する計画を立てた。


しかし、此れに反対する者が現れた。晴信の嫡男、武田義信である。義信は戦国の世にあって珍しく義理堅く、慈悲溢れる性格だった。義信の正妻は、今川義元の娘だったこともあり、義信は駿河侵攻に強硬に反対した。晴信はそんな義信を疎ましく思っていたが、嫡男なので表立っては対立してなかった。


だが、現実は親子が仲直りする時間を、溝を埋める時間を与えなかった。桶狭間の戦い後、今川から独立した徳川家康が今川領を侵略したのだ。此れを聞いた晴信は焦り、直ちに駿河侵攻の準備を断行した。



この知らせを聞き、義信は覚悟を決めた。


ー例え、父と対立しようとも我が義を貫くー


その一心の元に義信は守役の飯富虎昌を説得し、かつて父晴信が祖父信虎を追放したように甲斐から追放せんとした。



虎昌は幼き頃から側に居て育てて来た義信、忠誠を捧げた晴信、愛情と尊敬ーーどちらを取るべきか…迷いに迷った。



迷った果てに虎昌は究極の選択をした。



義信に付き、尚且つ、晴信に忠誠を捧げたのだ。



先ず、虎昌は義信側で謀反の準備をすると共に其れを弟昌景に伝えたのだ。



謀反の知らせを聞いた晴信は烈火の如く怒り、虎昌には切腹を命じ、義信には謹慎を言い渡した。



そして場面は雨の中に戻る。


「昌景、私にはどちらかを取るかは出来なかった。愛すべき主君である義信様、命を捧げると誓った晴信様、全てが大事だったのだ。」


「兄者…それでも…!それでも許される事ではありませぬ。」


虎昌は微笑むと、


「源四郎、御主にもいつか来るだろう。どちらかを選ばなければならない時が…」


「昌景、誠の勝利とは、完璧なる戦とは、全てを捨てず、其れを次に繋ぐ事じゃ。儂は此処で死ぬが、飯富家は潰れぬ。昌景、お前が居るからだ。そして晴信様、義信様も居られる!此れこそ完璧なる勝利!!」


昌景は兄の全てを投げ打ってでも、尚、武田を護らんとする意志に心打たれ、敬服した。


虎昌はクワっと目を見開くと昌景を凝視した。


「昌景ーー儂を切るが良い!!」



昌景は暫く震えていたが、遂に決心して刀を振りかぶった。


「兄者!兄者の意志は昌景が受け継ぐ!安心して行かれよーー!!」


一筋の閃光が虎昌に走り、虎昌の首がゆっくりと胴体から離れ、地面にポトリと落ちた。



兄を斬った昌景はおもむろに空を見上げた。


雨粒が目に当たり、痛みが走るが昌景は意に介さず、叫んだ。


ーー今、この時より源四郎は兄者を超える武将に成り申す!天下に昌景の名を轟かせ、地のは手間でも闘い続け、武田を守護致す。



昌景の叫びが届いたのか、天は割れ、そこから雷鳴が鳴り響き、新しく生まれ変わったのを祝福しているようだった。





ーー思えば、あの時から俺は闘い続けて来たのだったな。残念ながら、徳川家康、打ち取れなんだが、勝頼様の逃げる時間は稼げた。もうすぐ俺も冥土に征くか…



その時、今迄朦朧としていた昌景の頭がスッキリして、周りの風景が良く見えるようになった。


視界が開けた今、昌景の前には三十人を超える兵が辺りを埋め尽くしていた。


先程までいた家康の姿は消え、後には兵が残るのみ。



昌景はニヤリと顔を歪めた。



ーー我が最後の相手、見つけたり。


昌景が最後の相手と定めた相手は本多忠勝であった。


忠勝は康政に家康を守らせ、自身は昌景を討ち取るべく、残っていた。



昌景は疲れ果てた体を気力で奮いたたせ、本多忠勝を討ち取るべく、再び馬を走らせた。



忠勝も馬を走らせながら昌景に迫った。



両者は再び一騎打ちをしようとしたが、それは叶わなかった。



ババババン!!



昌景の体を無数の銃弾が此れでもかと言う程通り抜けた。



昌景は体から力が失われるのを感じていた。


最期の言葉を出すべく、力を振り絞った。



「我は山県源四郎昌景!この戦、昌景の勝利なり!!」



昌景の鬼気が篭った声に銃弾を放った鉄砲隊は一歩後ずさってしまった。



再度昌景を撃つべく鉄砲を構えようとしたが其れを疾風の一撃が止めた。



忠勝が昌景を蜻蛉槍で突いたのだ。



忠勝は目を怒らせ、鉄砲隊を睥睨した。



「この愚か者が!!」


忠勝の怒気に圧され、鉄砲兵は顔を伏せた。



忠勝が昌景を見やった時、昌景は顔を安らぎに染め、立ち往生していた。



忠勝は静かに顔を下げて、数珠を手に持ち、黙礼した。



後に、忠勝は昌景の事をこう語った。


ーー山県昌景、あれこそ武田最強の漢。その武勇、天下に比類なき者。拙者も昌景と闘った時は死を覚悟したものよ。




山県源四郎昌景、討死。



























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