武田との対面
今僕は甲斐の武田氏の館に来ていた。目的は武田当主大膳大夫勝頼に対面して上杉と武田の同盟を結ぶ為だ。だが、正直言って、とても不安である。武田家は歴戦の強者揃いの天下に鳴り響く家なのだ。長篠の戦いで織田に負けるとは言え、その前までは天下最強と呼ばれていたのだ、僕は今絶賛ビビり中である。
だって、まだ館に入ってないのに黒い鎧をきた武士に睨みつけられてるんだよ!何、この武士、メチャ怖いんだけど…
僕が硬直して動けないでいると、
「さっきから突っ立ったままだがお主はこの躑躅ヶ崎館に何ぞ用事でもあるのか。」
そう言い、更に眼光を鋭くさせながら詰め寄ってきた。
ひえええ!怖い、怖すぎるよこの人!だけど怖い気持ちを出したらダメだ!嘗められるからな!
「私は上杉喜平次景勝と申す。武田大膳大夫勝頼に要件が有って参った。勝頼殿にお取次下さらないか。」
黒い鎧の武士は目を見開いた。
「貴様…不識庵の使いか!?これは驚いたな、今武田と上杉は敵対関係にあるが、良く来れたものだ…良かろう、勝頼様にお取次しよう。」
ほっ、なんとか取り次いでくれそうだ。
そういや、この黒い鎧の人は名前は何だろうか?
「失礼ながら貴殿の御名前は?」
「ああ、其方から名前を名乗ったのであったな、私も答えないといけないな、私の名前は馬場美濃守信春と申す。」
うおおおお!!武田四天王の一人、馬場信春来たー!!
今、馬場信春と躑躅ヶ崎館に向かっているが、馬場信春と言えばもう齢60は過ぎてる筈なんだが…今俺の前を歩いている人はちっともそう見えなかった。確かに老齢だという事を示す白髪は少しあるが、顔は老いを感じさせない程に鋭く引き締まって、口周りに生えたゴツゴツとした髭があり、豪胆さを引き出して、不死身の鬼美濃と言う異名に恥じない風格を漂わせていた。
馬場信春みたいなバケモンが武田家には数多く居るんだな…
さて、躑躅ヶ崎館も見えて来たからそろそろだな。
「喜平次景勝殿、勝頼様がお会いに成られるのでこっちにおいで下さい。」
遂に武田勝頼と御対面か、
僕は馬場信春に廊下を案内してもらい、大広間の障子を開けて武田勝頼の居る大広間に入った。
大広間は既に集まって来た多数の武田家臣で埋め尽くされていた。その中を僕はゆっくりとし、しっかりした足取りで少しずつ先に進んで行く。やがて、武田勝頼が座る上座が確認出来たので少し歩く速度をゆるめた。
そして、上座の少し前まで来ると僕は平伏して言葉を待った。
「貴殿が不識庵謙信からの使者であるか、面を上げられよ。」
以外と普通の声だったのに吃驚したが、面を上げて眼前に居る男を見た。
男は意外と強面では無く、優しそうな雰囲気を思わせる面の細い顔をしていた。
此れが信玄亡き後、常勝を続け、武田家の領地を最大まで押し上げた武田勝頼なのか、
「御使者、私が大膳大夫勝頼である。此の度は一体何用であろうか?」
勝頼は目を細めてこっちを見てきた。
成る程…優しそうな雰囲気しているが、一筋縄ではいかなさそうだな…
「はっ、私は上杉喜平次景勝と申します。此の度大膳大夫勝頼様には、我ら上杉家と同盟を結んでいただきたい!如何でありましょうか。」
何ぃ! 上杉が我らに同盟を結びたいと!? 上杉は我らを愚弄しておるのか! 若造が! 直ぐに戦仕度じゃ! 上杉の尻軽共が!
反応は上杉家の同盟に反対の声ばかりであり、家臣達はいきり立ち、今にも腰に差した刀を抜いて切りかかって来そうな一触即発の空気になった。
すると、家臣達の中から一人の立派な体格をした侍が立ち上がり、僕の前に立った。
「御使者、貴殿は我らと同盟を結びたいと仰る。それは何故で御座ろうか?」
そんなの、武田の名だる名将達を死なせたくないからじゃー!!と…言いたいけど、言えない我が身…
「上杉と盟を結ぶは、織田を倒す布石に成り申す。」
侍はやや驚いたように僕を見て、
「不識庵は織田との同盟を切ると申されるのか?」
「不識庵様は長年、越前の門徒共に悩まされておる。勝頼殿が門徒達を宥めてくれるなら上杉家は武田と同盟を組む所存である。だが、貴殿の言われた通り、上杉は織田・北条と手を組んでおる。しかし、時が来たら我らは手を切って武田との盟を明らかにする。その時まで内密にして貰いたい。」
侍は暫し黙ったままでいたが、突如笑い出した。
「はっはっはっ!これは異なことを申される!確かに双方にも利はある、しかし、武田と上杉は長年戦って来た間柄である!そんな家同士が同盟を組めるのか!」
僕はそれに思わず同意しそうに成りながらも、
「組める。私は結ぶ積もりである。」
侍は笑いを止めると、さっきまでの様子とは打って変わったように、眼光を炯炯と光らせ、こっちを睨みつけた。
「何故じゃ?」
「先代の信玄殿は同盟を組むに足る器量では無い、しかし、今の大膳大夫勝頼と言う人物に触れて、分かりもうした。大膳大夫勝頼は同盟を組むに足りる器量を持っておられる!だからこそ我ら上杉家は同盟を組む決心をしたのだ!」
侍は顔に驚きの表情を浮かべ、
「なんと、上杉は先代信玄より今の勝頼様の方が上だと認めておるのか。」
「然り。」
侍は呵々大笑すると、此方に向かって頭を下げた。
「先程の失言、失礼致しました。皆の者、俺は武田と上杉の同盟の話に賛成しもうす。」
よし、何とか納得させることが出来たな…
「使者殿よ、私の事を随分買っておる様だが、如何なる理由であろうか?」
「武田大膳大夫勝頼は家督を継いでより、戦いをしておられる。その理由は、父信玄のやり方では武田家は潰れると感じておられるからであろう?普通の人はそこで諦めるのだが、勝頼殿は諦めず、武田を生かす為に戦っておられる。私はそこを買っております。」
「…私の真意を其処まで見抜いたご慧眼恐れ入りもうした。確かにその通りです。此の儘では武田は滅亡の道を歩んで行くだけになる。私は其れを止めたいが為に、戦い続けるのです。分かりました…我が武田は此れより上杉家と同盟を組む!楯無もご覧あれ!!」
勝頼は上座の仏壇に置いてある楯無の甲冑に向かい頭を下げ、家臣達もそれに習い、頭を床に付け、唱和した。
「「「楯無もご覧あれ!!」」」
唱和し終えた勝頼はこっちに向き直り、
「これより武田と上杉は同盟国同士になります。宜しくお願いしもうす。」
よっしゃー!、かなり焦ったがギリギリ成功したか!
同盟に成功したら…次は長篠の戦いか!