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探偵ごっこ by閑馬一行

 日本のとある都会のとある場所。

 そこにとある悩み相談事務所がある。

 その名も、『業抜相談所』

 悩み相談事務所と言っても、探偵まがいの事や、手伝いなど、何でも屋のようになってしまっているのだが。

 今回は、この悩み相談事務所に舞い込んだ事件の内の一つである。











 少女は今日も事務所へと入った。

 赤みがかった茶髪を一つに纏め前に垂らしており、綺麗と言うより可愛いという方が合っている美少女。

 高校二年生である彼女の服装は制服である。

 彼女の名前は竹垣たけがき雪音せつな

 この『業抜相談所』で働いているアルバイトだ(ただし給料は貰っていない)。

 働いている、と言っても学校の行き帰りに手伝いに来たり、休日に掃除をしたりするくらい。

 今の時間は午前8時を少し過ぎている。


「今日も電気付けっぱなし……」


 そう言って部屋の中を見渡す。

 そこそこ広い部屋なのだが、大きな黒いソファや、これまた大きなガラステーブル、ロッカーやデスク、本棚など、挙げていったらキリが無い程の家具が置かれている為、少々狭く感じてしまうが、妙に高い天井のおかげで息苦しさは感じない。

 それに、ある一ヶ所を除いては、きちんと整理されている為、散らかっている、という印象は受けない。


「ほら、起きてください」


 電気を消し、カーテンと窓を開ける。

 今日は5月21日。

 外は暑いが、窓を開けた室内にいると涼しさを感じる。


「おは……よぉ……」

「早く顔洗ってご飯食べなさいよ。ここ開くの9時なんでしょ?」

「あぁ……うん……」


 眠たそうに眼を擦る少年。

 垂れ目のせいで余計に眠そうに見えてしまう。

 寝癖のせいで、金髪がボサボサになっている。

 彼の名前は推屋おしやしょう

 この探偵事務所に住み込みで働いている少年だ(こちらも給料は貰っていない)。


「えっと……とりあえず、シャワー浴びて来る」

「そんな悠長にしてていいの?」


 翔は大きく欠伸をしながら別の部屋へと行ってしまった。

 行ってしまったのは仕方ないので、雪音は次にすべき事をする。


「雫さんは起きてるだろうから……あの人か」


 大きな黒いソファに目を向ける。

 そこには雑誌をアイマスク代わりにして寝ている男性。

 そして周りにはお菓子の袋や、空き缶、新聞紙等々が散らかっている。


「起きてください、朝ですよ」


 声を掛ける。

 しかし男性は起きない。


「私も早くしないと遅れちゃうし……遅れたら三樹みつき先生に怒られるし……。よし、雫さーん」


 少し声を張って、天井に向かって言う。

 すると、天井の一部分が扉の様に開き、そこから梯子が降りて来る。

 数秒待つと、梯子を伝って一人の女性が降りてきた。

 綺麗な長い髪を切り揃えている、全体的におしとやかな雰囲気のこの女性。

 彼女もここで住み込みで働いている。

 しかも彼女が改造した屋根裏に住んでいる。


「雫さん、この人起こしてもらえますか?」

「良いけど。時間は大丈夫?」

「はい、走って行けば5分で着きますし」


 女性は「そう」と呟いて男性の側まで近寄る。

 彼女の名前は十鐘川とかねかわしずく

 雫はしゃがみ込んで、眠っている男性に何やら耳打ちをする。


「―――。」

「えぇっ!?」


 耳打ちの内容は解らないが、男性はすぐに飛び起きた。

 眠って居たにも拘らず、耳打ちが通じたのは、雫の技術のおかげだろう。

 ……あまり使う事は無いだろうが。


「ちょっ!えぇっ!?」

「冗談です」

「じょ、冗談?……は、はは、良かったぁ……」

(毎度の事ながら何て言ってるんだろう……)


 前言撤回。

 毎度の事らしい。

 つまりよく使われる技術の様だ。


「ん、もう朝かい。いやぁ、夜は短いよねぇ」

「貴方の睡眠時間が長いだけです」


 先程までは本が覆っていて見えなかったが、今は普通に見える。

 けだるそうな目、ボサボサの焦げ茶色の髪、無精髭。

 彼こそがこの『業抜相談所』の創業者であり、社長である業抜わざぬき閑馬かんま


「さて、今日も一日頑張ろうかぁ」


 そして彼は、いつものようにこの台詞を言うのだ。


「―――仕事、面倒なんだけどね」











 事務所の扉に掛けてある札を『やってないよ!』から『やってるよ!』に変える。

 これをする事で、一日の仕事が始まるのだ。


「さて、今日はどんな人が来るか考えてみようか」


 閑馬、翔、雫の三人がそれぞれソファに座って話を始める。

 これもいつもやることだ。

 どんな客が来るのか予想する。

 これをする理由は無い特にない。

 どうせ開店してすぐに客は来ないので、暇潰しにやっているのだ。

 因みに、雪音は学校に行ったのでここには居ない。


「まずは翔君から」

「やっぱりオレ的には二十代前半のねーちゃんが来ると思うんスけど―――」

「いつもそれじゃない」


 翔の予想はいつもこんな感じだ。

 大体若い女性を予想する。

 というか、期待している。


「じゃあ雫さんはどうなんスか?」

「そうね、私は三十代半ばの男性サラリーマンが昼休み辺りに来ると思うわ。会社の上下関係の悩みとかで」

「細かいッスね……」


 雫の予想は毎回細かい。

 ただ、当たった事は無い。


「じゃあ、閑馬さんはどう思います?」

「ん~、僕かい?そうだなぁ、50代前半の女性。相談は……失くし物とか?」


 閑馬が言い終えた丁度その時、部屋にノックの音が響いた。


「どうぞー」


 閑馬の予想は毎回思いつきだ。

 思いつきで、何も考えず、ただ答えるだけ。


「失礼します。あの……」


 機械でもできるような、ただ答えるだけ、という作業。

 なのだが、


「探して頂きたい物があるのですが……」


 彼の勘は、良く当たる。











「早速ですが、探し物というのは?」


 ガラステーブルを挟んで、閑馬と依頼者が向かい合ってソファに座る。

 そして何の前置きもなく、先程の質問。

 閑馬は『前置きなんて無駄。そんな事してる暇があったらカップ麺でも作ってろ』をモットーにしているらしい。

 他にも様々なモットーがあるらしいのだが、それは今話す事ではない。


「失くし物というのは……アルバムなんです」

「アルバム?」

「はい、アルバムと言っても高校時代の卒業アルバムなんですけどね」

「卒業、アルバム……」


 そう言って、閑馬は自分の学生時代を少し思い出してみる。

 思い出してみて、失敗だった。

 あんな学生時代、思い出して得は無かった。


「それで、その卒業アルバムを探せば良いんですか?」

「はい、そうなんですが、家には無いんです」

「はい……?」

「ですから、いくら探しても家にはないんです」

「しかし、探し忘れている所があるかもしれません」

「それはありません。棚や押し入れは勿論、天井裏、床下、鞄の中、ゴミ箱の中、更には排水溝なども探しましたから」


 最早そんな所にあっては、思い出もへったくれもない。

 そんな物なら探す価値もない。

 というか、卒業アルバムは排水溝などに入らないと思うが……。

 入るとしたら、随分と小さなアルバムなのだろう。

 或いは、随分と大きな排水溝なのだろう。


「成る程。それだけ探して見つからないのなら、本当にないのでしょうね」


 となると、少々困った事になってしまった。

 家で失くしたのなら、翔を行かせるだけでよかった。

 だが家にないというなら話は別だ。

 どこにあるかを考えてから、翔に探しに行かせなければならない。

 つまり、閑馬自身は動かないのだが。


「では、そのアルバムをどこかに持ち出したりしましたか?」

「いいえ、持ち出してません」


 その答えにより、事態はより深刻化した。

 家にない。

 持ち出していないのに、家にない。

 という事は―――


「盗まれた可能性が高いですね」


 盗まれた。

 ただ単に、持ち出したのを忘れてしまっただけかもしれないが、それなら何か連絡があっても良いだろう。

 友人の家に持って行ったのなら、友人から。

 実家に持って行ったのなら、家族から。

 どこかで落としたという線は考えにくい。

 卒業アルバムというのは基本的には大きい。

 そんな物を落としたら流石に気付くだろう。

 ……まぁ、その可能性もあり得なくはないのだが。


「盗まれたのだと仮定しましょう。その場合、心当たりのある方はおられますか?」

「いえ、そんな人は……」

「……そうですか」


 この後も、しばらく質問は続いたが、これといった情報は得られなかった。


「―――……では一応、今日はご自宅を探してみましょう。もしかしたら見つかるかもしれませんしね」

「わかりました。お願いします」

「ということで翔君、頼んだよ」

「………わかりましたー」


 一瞬嫌そうな顔をしたが、すぐに営業スマイルに戻した。

 彼はフィールドワーク担当である。

 こういう時に彼を使わないとなると、彼の出番はなくなる。


「業抜閑馬は涙を堪えて渋々、推屋翔を見送るのだった」

「あからさまな嘘はいらないッスよ」


 閑馬が小さく呟くと、翔はジト目でそう言い残して、先に外に出ていた依頼者の後を追って行く。











 ここから後は翔に任せる。

 ―――というわけではない。

 彼等にも仕事はある。


「さて雫さん、考えようか」

「そうですね」


 雫は棚から数枚の紙とペンを出して、閑馬の向かい、先程まで依頼者が座っていたソファに座る。

 今の時間は約11時30分。

 翔が帰ってくるのは遅くても15時位だろう。

 それまでに、整理しておく。


「まずは、依頼者はつじ幸恵さちえさん、52歳、女性、案件は『失くした卒業アルバムの捜索』。ただし、家の中には無く、持ち出してもいない。

 因みに辻さんの母校は、雁山かりやま市立栗並(くりなみ)高等学校。12期生」


 雫は閑馬が述べた事を丁寧に纏め、紙に記して行く。

 時折イラストまで付ける余裕がある。


「僕達はこれを盗難と見て調査、ないし捜査していく」

「調査だけで良いですか?」

「………うん」


 雫の字はかなり綺麗だ。

 そして速筆だ。

 彼女は情報担当。

 このように情報整理は勿論の事、様々な情報を仕入れてくる。

 更に、一度記憶したことは二度と忘れない、という漫画に出てくる天才のような能力を持っているのだ。

 翔曰く『情報だけで一国を潰せそう』な程らしい。

 それは国家機密レベルの情報も持っているという事だろうか。

 恐ろしいものである。


「じゃあここから、調査を始める訳だが。まずは、今回の事件の様に、"卒業アルバムが盗まれた"という事件は、ここ最近で起きた?」

「いいえ、私が知る限り、辻さんの所だけです」


 彼女が知る限り、起きていない。

 つまりそれは、起きていない事を表す。


「そうかい。じゃあ、栗並高校の12期生に犯罪経歴のある人物は?」

「万引きなどの小さな事件までは流石に把握していませんが、大きな事件……つまり、強盗や殺人などの、報道されるような事件を起こした者はいません」

「んー、そうか。ならば、雫さんのスリーサイズは?」

「上から85………って、閑馬さん?」


 雫が珍しく微笑む。

 黒く微笑む。

 かなり怒ってらっしゃる。


「いやぁ、冗談だよ。はっはっはっ、雫さんはつれないなぁ」

「いえいえ、別に冗談は冗談で良いんですよ?ただ………」

「た、ただ……?」

「次、あんな事を言ったら刺します。脳天を」


 そしてまた無表情に戻る。

 これから閑馬がセクハラ発言をした時。

 それは脳天に風穴があく事と同義である。


「閑話休題。ちょっと情報が少ないな……。ネットワーク担当に頼むかね」

「ですがあの子は……」

「………今こそ、あの子を使うべきなんだよ」

「いえ、雪音は今授業中です」

「あ、そうだった」


 勿体ぶったが、雪音の事だった。

 今ここに居ない彼女はネットワーク担当。

 学校に行っている為、彼女はインターネットを駆使して調べるのだ。

 雫は知識、つまり本や新聞などの様に、公にされた情報はかなり持っているが、噂の様な小さな情報には疎い。

 そういった点をカバーするのが雪音の役目だ。


「一応メールは出しておきましたので、早くて夜……遅くとも明日の夕方までには返信が来るでしょう」

「仕事が早いね。流石は雫さんだ」

「ありがとうございます。それでは、ここからは推測しましょうか」

「ん、そうだね」


 雫は別の白紙に変えて、左上に②と書く。


「ここから述べられる事はただの推測にすぎません。宜しいですね。ではまず、どのような人が盗んだんでしょうか」

「どの位前から無かったのか知らないけど、今まで気付かなかったって事は、たぶんそういう事に慣れてる奴なのかな」


 帰ってきて鍵や窓が開いていた事はなかったらしい。

 ということはつまり、その泥棒は卒業アルバムを盗んだ後、証拠を残さないように、侵入経路の鍵を閉めたのだ。


「それに、物色された様子もなかったらしい」

「つまり、辻さんの家の中をよく知っているという方でしょうか」

「うーん………」


 思考……。


「こう、かな………」

「どうなんですか?」

「そうなんだよ」


 会話になっていないように見えるが、仕方ない。

 会話になっていないのだから。


「ちょっと考えれば分かるよ。あくまで推測の域なんだけど」

「分かっているでしょう?私は考えるのは苦手なんです」


 そう言えばそうだった、と閑馬は苦笑する。

 彼女、雫は、知識はあるが、思考力に欠けるのだ。

 先程『天才のような』と言ったのはそういう事だ。

 つまり、記憶力は良いが、それを発展させるのが苦手なのだ。

 なので数学はあまり得意ではないらしい。

 ……と言っても、人並みには出来るが。


「まぁ、この確認は後日にするとして―――」

「只今帰りましたぁー!」


 バンッと、大きな音を立てて扉が開かれ、翔がズカズカと入ってくる。


「何故か全身汗だくである」

「何で地の文風の台詞を言うんスか!?」

「恐らく、閑馬の中で密かに流行っているのだろう。彼は流行に敏感なのである」

「そんな流行無いッスよ!」


 翔のツッコミが冴え渡る。

 彼は別にツッコミ担当ではないのだが……。


「それより、あったかい?」

「無かったッス。水道管も、花壇の中も、家中どころか、家の周りも探したけど無かった」


 だから、そんな所にあるのなら、探す価値などないのだが。











 約30分後。

 シャワーを浴びて、着替えてきた翔。

 更に、本日部活が無かったらしく、時間が空いたため来た雪音の四人でガラステーブルを囲んでいる。

 正確には閑馬と翔、雫と雪音がそれぞれ同じソファに座り、向かい合っている形だ。


「それで、依頼は来たんですか?」

「ん?雫さん、メール送ったんじゃなかったの?」

「確かに送りました」

「あ、充電無くなりそうだったんで、電源切ってるんですよ」


 という事なので、雪音は何も事情を知らないのだった。

 雫が一から説明したのだが、そのシーンは割愛。


「ま、大体目星は付いたんだけどね」

「え、もう犯人分かったんですか?」

「犯人って、随分な言い方するね。まだ容疑者ってだけだよ」

「……それで、誰なんですか?その、容疑者は……」

「推測の域を出ない事には、人に言う気になれないんだ。ごめんね」


 ともかく、思考の後に続くのは、行動だ。


「今週の土曜日……つまり五日後、行く所があるから、雫さん。留守番任せて良いかな」

「はい」

「俺もいますからね!?」


 ここからは彼の担当だ。

 彼は基本面倒臭がりで、インドアで、グータラしているが。

 自ら動く時だってあるのだ。


「ここからは総合担当に任せなさい」


 総合担当。

 これは彼がそう言っているだけで、実際は対人担当である。

 人と話し、相手の心を覗く。

 彼はそういうことに長けているのだ。


「その前に、明日翔君と雪音ちゃんにやって欲しい事があるんだけど」


 カッコよさげな台詞を言ったにも拘らず、こんな事をさらっと言えるのが業抜閑馬である。


「……何ですか?」

「辻さんの所に行ってさ、訊いて来て欲しいんだよね」

「何をですか?」

「辻さんの、実家の場所と家族構成」


 ここから、この事件は、一気に終息へと向かう事となる。











「あなたが盗ったのではないか、いえ、持って行かれたのではないか、と私は思っているんですが、どうですか?」

「………………」


 土曜日、とあるアパート。

 リビングに二人の男がおり、テーブルを挟んで向かい合って椅子に座っている。

 一人は業抜閑馬。

 もう一人は辻典男(ふみお)

 今回の依頼者、幸恵の弟である。

 彼、典男はこのアパートで一人暮らしをしている。

 雪音と翔が得た情報により、彼がここに住んでいる事が解り、閑馬はここに来たのだ。


「えっと……何故、僕が姉の卒業アルバムを盗まないといけないんですか?」

「心情理由ではなく、行動理由を先に訊きますか。どちらでも良いんですけどね。何故盗まないといけないか、それは解りかねます」

「……はい?解らないのに、犯人だと疑ってるんですか?」

「最近"犯人"という言葉が流行っているんですか?まぁ良いですけど。私はどのように盗まれたのか、しか考えていません」


 閑馬は落ち着いている。

 このように、いつでも冷静であるという部分も、対人担当である所以だ。


「それを聞いて頂けますか?」


 そう言う閑馬の言葉には、独特な雰囲気が纏われていた。

 いわゆる、『威圧感』というやつだろう。

 典男の答えは、喉の奥の方で何度か詰まったが、『はい』だった。


「ではまず、どのように侵入したかです。これなんですが、幸恵さんですら気付かない程、入られた痕跡が無かった。そこで私は考えました。これは"侵入したのではない"と」


 典男は無言で、じっと閑馬を見据えている。


「つまり、侵入したのではなく、普通に入った。普通に、"鍵を使って"。持っていないとは言わせませんよ。幸恵さんに確認しました。"合鍵"を持っている人物は誰かと」

「……………」

「確認した所、あなたと、ご両親だけだそうですね」


 閑馬は、典男の一瞬の表情の変化を見逃さなかった。

 閑馬は更に畳みかける。


「盗難に手慣れた者、つまり世間一般的に言う常習犯がやったとは考え辛い。金目の物を取盗らず、卒業アルバムのみを盗った。

 そのような人にとって卒業アルバムなんて何の価値もありませんからね。わざわざ丁寧に侵入してまで盗む様な物ではありません」


 最後に「純金で出来ているなら別ですけどね」と、軽いジョークを挟む。


「ここからは、単なる推測なので、聞き流して頂いても構いません。まぁ、今までも聞き流していたかもしれませんが」

「……………」

「卒業アルバムが盗まれた理由です。卒業アルバムは卒業生全員に配られるので、載っている何かを見られたくないから、という理由ではないでしょう。もしも、幸恵さんだけには見られたくないのだとしても、今更になって盗まれたりしないでしょうしね」


 更に言うと、持ち出されたのは幸恵だけだ。

 その証拠に、彼女の友達のアルバムはちゃんと家に保管されていた。


「そこで私はこう考えました。幸恵さんの卒業アルバムに何か挟まれていていたのではないかと。そして、それを思い出したから盗んだのではないかと。或いは―――」

「もう結構です」


 ずっと黙っていた典男が突然口を開いた。

 そして立ちあがり、奥の部屋に入って行く。

 数分後、部屋から出てきた彼の手には、深緑色の冊子―――つまりは卒業アルバムが。


「……そうです。僕が盗みました。申し訳ありません」


 そう言って、典男は机に卒業アルバムを置く。

 閑馬は彼の行動を見て笑顔で言った。


「はい?」


 たった二文字。

 一瞬。

 それだけで、場の空気が凍った。


「何をなさっているんですか?」


 そして、追い打ちをかける。


「な、何をって……」

「もしかして、私にこれを返して、謝って、それで終わりにしようとしてます?」

「い、いや……」

「私に言ってどうするんですか。小学生でも知っていますよ。悪い事をしたら、悪い事をした相手に謝らないと」


 閑馬の口調は優しいものだった。

 決して責めている訳ではないだろう。

 いや、断言できる。

 彼は決して他人を責めない。

 責めることはできない。


「私の仕事は終わっているんです。いえ、先程終わりました。ここからはあなたの仕事でしょう」

「………そう、ですね」


 これにて、一件落着。

 後日、典男自ら幸恵に返しに行ったそうだ。











 と、上手く事が運んだのであれば、良かったのだが。

 この事件はこれで終わりではなかった。

 いや、典男が返しに行ったのは事実なのだが。


「……なんか、腑に落ちない」


 そう言ったのは雪音だった。


「どういう事?」

「だって、卒業アルバムを盗んだのは典男さんだったんでしょ?だったら……」

「言いたい事は解る」


 女性陣二人の会話に割って入ったのは閑馬である。

 幸恵の友人から借りた卒業アルバムを眺めている。

 時たま「この子可愛い」等と呟いていた。


「彼ならわざわざ回りくどい事をしなくても、卒業アルバム位なら借りられた筈。にも拘らず彼は盗んだ」

「そう!それなんです!」

「それに、何を挟んでいたか気になる」

「それは違いますけど……」


 気になっているのは閑馬だけらしい。

 とはいえ、雪音の発言のせいで(せいと言うのもおかしいが)、この事件はここで終止符は打たれなかったのだ。


「ま、大方真相は解ってるんだけどね」

「えぇっ!?」

「ま、ここからは別料金だけど働こうかな」

「ちょ、ちょっと待って下さい!話が唐突過ぎますって!ちゃんと教えてください!」

「だから推測の域を出ないから言いたくないんだよ。あ、雪音ちゃんに訊きたい事があるんだけどさ―――」










 翌週の土曜日。

 つまり、閑馬が典男の家に行った日から丁度一週間が経過した。

 そして、閑馬は今、『巻網まきあみ市立五月橋(いつきばし)高等学校』、通称"イツコー"の校門の目の前に立っている。

 時間は先程、午後五時を過ぎた。


「やっぱり女子高生は良いよねぇ。と言っても、さすがに許容範囲外かな」

「すいません、あなたは何をしておられるのですか?」


 誰かに話しかけられた。

 誰かと言っても、こんな場所にいる者に話しかける人物など、意外と限られてくるが。


「あぁ、申し訳ありません。あなたを待っていたんですよ」

「私を……ですか?」


 男性教師は、変なものを見る目で閑馬を見ている。

 不審者にこんな事を言われて、その反応をしない方がおかしいと言ってしまえば、それまでなのだが。

 しかし実際、閑馬は彼を待っていたのだ。

 体育教師なのか、運動部の顧問なのか、それともジムにでも通っているのかは分からないが、ガタイの良いこの男性教師を。


「あなた、誰なんですか?」

「そう言えば自己紹介をしていませんでしたね。『業抜相談所』社長、業抜閑馬と言います。字は……ま、そこまでは良いですよね」

「何を言って……」

「辻幸恵さんの卒業アルバムを持ち出させたのはあなたですね?三樹庄三(しょうぞう)さん」


 男性教師、三樹は目を細める。

 このいかにも軽薄そうな男を警戒しているのだろう。


「あぁ、『誰ですか?』という空々しい質問はしなくて結構ですよ。幸恵さんに確認してきましたから。あなたと幸恵さんが昔ながらの友人であるということは。いわゆる幼馴染というやつですね」

「……そんな質問をする気はありません。彼女とは確かに小さい頃からの知り合いです」

「では、あなたがどんな目的で持ち出したかを―――」

「その前に、あなたは何者なんですか?何故私が彼女の卒業アルバムを典男さんに持ち出させないといけないのですか?」


 その言葉を聞いて、閑馬はしめたと言わんばかりに人の悪そうな笑みを浮かべる。


「おかしいですね。誰も典男さんに持ち出させたとは言っていないのですが……」

「っ……!」

「まぁとりあえず、私の考えを聞いてみてください」


 一度咳払いをする。

 閑馬の目には真剣な色が宿っている。


「私は最初、卒業アルバムに何かを挟んでいて、それを取り出す為に持ち出させた、と思っていました。しかしそうだとしたら不可解な点があります。30年以上経っているにも拘らず今更持ち出させた点です。卒業の日に一世一代のラブレターを挟んでいたのだとしても、今になって取り出す意味がありません。

 それに、典男さんに確認した所、何も挟まっていなかったそうです。

 ところでこれはこの学校に通っているある女生徒から聞いた話なのですが、この学校では特殊なライトで光るインクのペン……シークレットペンというのが流行っているそうですね。何でも、『秘密の手紙を書くのに優れている』そうで」


 そこまで言って、閑馬は足元に置いていた鞄から一冊のアルバムを取り出す。

 これは幸恵から借りたものである。

 そして着ているジャケットの胸ポケットから、一本のペンを出す。


「このアルバム、これによると三樹さん、あなたは幸恵さんと同じクラスでしたよね?」


 その確認ともとれる問いに、三樹は何も答えなかった。

 ただ、閑馬が持っている卒業アルバムとペンを交互に見ているだけだ。


「あなた達は小・中・高校と同じ学校だった。しかしあなたは地元の大学、幸恵さんは九州の大学に。離れ離れになり、二度と会うことはないと考えたあなたは、思い出作りと称して幸恵さんにイタズラ……ドッキリを仕掛けたそうですね。

 まぁ、このドッキリについては幸恵さんも言いたがらなかったので、どのようなものなのかは察しかねますが。

 しかし、このドッキリのせいで二人は連絡もとらない、疎遠状態になってしまった。その事をずっと気にしていたあなたは、律儀にも謝ろうとした。30年以上も前の事を。

 どうやって調べたかは知りませんが、まぁ、探偵か何かに調べてもらえば、簡単に典男さんの家は見つかるでしょう。

 律儀なのに正面切って謝るのが恥ずかしかったあなたは、この手を使った」


 そこまで言うと、ゆっくりとページを開き始めた。

 そしてあるページを開いてその指を止めた。

 そのページとは、『思い出の仲間達』と上に大きく書かれ、数行のコメントがたくさん書かれているページ。

 つまり、寄せ書きのページだ。

 そのページに、閑馬は持っていたペンのボタンを押して光を当てる。


「……………あった」


 隅の余白の部分に、光を当てた事によって浮かび上がった文字。

 それは良く言えば単純で、悪く言えば不器用な謝罪の言葉。


「『あの時はすいませんでした』ですか」

「……あなたの推理はほとんど正解です。強いて言うなら、典男さんの家を調べたのは自分の力だ、ということだけです」

「そうでしたか」

「閑馬さーん!」


 威勢の良い声と共にやって来たのは翔。

 その後ろには幸恵が居る。


「な……っ!」

「この事は幸恵さんには何も言っていません。あなたがここからどうするかは、あなた次第です」

「え……いや………」

「後はあなたの、良心のままに」


 閑馬はそう言うと、踵を返して翔に言った。


「翔君、ご苦労さん。では、私達はこれで」

「えぇっ!?」


 驚きの声を発したのは翔だ。

 自分の仕事がこれだけで終わったというのが、納得行かないのだろうか。


「ちょっ、閑馬さん!」

「良いんだよ。これ以上は僕達の仕事じゃあない」


 鞄を持って、閑馬はさっさと行ってしまう。

 渋々、仕方なく、といった感じに翔もその後ろをついて行く。

 夕日が真横に差し掛かり、真っ赤になった校門の前に佇むのは二人。

 この後どのような結末を辿ったか、閑馬達に知り様がない。知る由もない。

 ただ、誰にとっても、悪い結果にはならなかった筈だ。











 翌日日曜日。

 今日は部活もないのか(もちろん授業はない)、昼時になっても雪音は事務所にいた。


「それにしても驚きました。まさか三樹先生が犯に………典男さんに頼んでいただなんて」


 犯人と言いかけて踏み止まったのは、先日閑馬に言われた事を思い出したのだろう。


「でも閑馬さんは何故三樹先生を疑ったんですか?」

「幸恵さんの友人に尋ねたんだよ。『卒業式辺りに幸恵さんの周りで変わった事はなかったか』と。そうしたら三樹さんの名前がすぐに出たよ」

「へぇ………」


 案外呆気ない答えだった、と雪音は思っているのだろう。

 ソファに寝転がっていた閑馬は体を起して雪音の方を向いた。


「今回は僕も驚いたよ。まさか三樹さんが雪音ちゃんの担任の先生だとはね。この世界も狭いもんだ」

「その狭い世界を、今回かなり駆けずり回ったんですけどね、オレは」

「翔君も普段から少しは体を動かしていないと、いつか怪我をしてしまうと思ったんだよ。僕なりの気配りだよ」

「それを言うなら閑馬さんもですよ」


 そう言って雫も会話に入る。

 三人の前にお茶を置いて、自分も閑馬の向かいのソファに腰を下ろす。


「あまりだらけていると体によくありません」

「僕は非喫煙者だから周りの30代に比べると体力は衰えていないよ」

「その分大量にアルコールを摂取しますけどね」

「そうだ!今日は皆でどこかに遊びに行きませんか?」


 雪音の言葉に閑馬は溜め息を吐く。


「あのね、雪音ちゃ―――」

「おっ、良いなそれ!賛成!」

「翔君……」

「私もたまには良いと思うわ」

「雫さんまで!?」

「決定ですね!じゃあ行きましょう!」

「……僕は良いよ」


 しかし、10分後、彼は若者二人に引っ張られ、外に連れ出された。

 雫は三人の後ろ姿を微笑む。


「………依頼完了」


 棚から紙を取り出して綺麗な字で大きく『本日臨時休業』と書いてドアに貼る。

 そして、10m程先で待っている三人の下へ歩き出した。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

『探偵ごっこ by閑馬一行』いかがでしたか?


自分で書いてて感じたのは「長いなぁ」ということです。

なんと一万字越えです。

普段僕は長編ばかり書いているのですが、こんな長いのは書いた事もありません。

今までで一番長かった物でも、確か五千字くらいだったと思います。


この話のような(似非)推理物は初挑戦でした。

なので上手くいっていない事も多いと思います。

寧ろ、上手くいった事なんてそうそうないんですけどね(笑)


連載小説が全然更新できていない状況で、こんな短編を書いてて読者様には申し訳なく思ってます。

その上これをシリーズ物にしよう、などと考えている僕はなんというバカなんでしょうね……。


最後に。

読んで頂き本当にありがとうございました。

感想・要望・改善すべき点など、お待ちしてます。

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