中編
「いらっしゃい、アンタが新しいバイトの柳川健君だね」
緑のツナギを着た厳ついおじさんが話しかけてきた。健は普通こういう役目はかわいい女の子だろう、自分の胸も股間も触れないし、やっぱり釣りか? と心の中で毒づいた。
しかしVRでは触覚に関する情報は容量が多く、制作予算によってはメインではないものの感触はおざなりだったり触ること自体ができなかったりする。特に生体となればなおさらだ。そのため女の子の胸だけが触れるという可能性もあるわけで、健はとりあえずもう少し『ヴァーチャルリアリティーで乳が揉めます』を続けることにした。
「俺は牧場長の悟。とりあえずこれが支給の長靴ね」
「はあ」
キャラメイクの服装の意味があんまりなくね? という思いにかられながら、健は白い長靴を受け取った。
「牛舎の中では、必ずそれを履いて。入る前には足を消毒液に浸けてな」
牛舎……嫌な予感とひょっとして物凄くマニアックなシチュエーションなのかもという期待感。健は休憩室と悟に言われたプレハブのような建物でスニーカーから長靴に履き替える。どうやら更衣室もかねているようで、小上がりにタンスやらロッカー、土間に机や椅子、ポット、冷蔵庫、ミニキッチンあと、なぜか洗濯機などがある。
「ま、もうすぐ指導役の子が来るからちょっと待っててな」
そう言うと悟は冷蔵庫からビタミン剤のような名前の清涼飲料水で有名なドデカビタを二本出し、健に一本を渡した。悟は大層うまそうに飲み干す。微妙な演出だ、こんなんいるのか? さっさと女の子に会わせろよ……と思いつつ健はチビチビ飲んで指導役を待っていた。
…ガラガラガラ
「あー、君が健君? 結構格好良いじゃん。アタシが指導役のマミ。一応主任。よろしくね」
サムネイルのどちらとも違うピンクのツナギ姿女の子が現れた。茶髪、ギャルメイクがケバい感じだ。色々な子がいるというのは良いことだ。健は嫌な予感を打ち消した。
「イヤ〜ちょっと汚れちゃったから着替えるね。待ってて?」
マミはそういうとツナギを脱ぎだした。健は違和感を感じながら着替えを眺める。
……そうか。なんでマミは俺やおっさんを追い出さないんだ?っていうか俺は良いとしておっさんはやっぱり邪魔だろう。
やはりというか予想通りマミはツナギの中にロンTとショートパンツを着ていた。しかし、ツナギがゆったりした作りだからだろうか思ったよりウエストがくびれていて、日に焼けた太ももが目にまぶしい。健は目の保養とばかりに見つめた。
「あんまり見てもサービスはしないよ?」
マミはクスクス笑った。赤いツナギを着終わっている。
「あのぅ、乳が揉めるって本当ですか?」
小声で健が悟に聞く。
「俺は用事があるからマミに聞いてな?」
そう言い残すと場長の悟は砂を噛んだ音のする引き戸から出ていった。
なんと薄情な。健はVRのNPCであっても女の子にそんな事を聞くほどデリカシーが無い男ではない。できれば好感度を上げて合意の上で胸を揉みたいのだ。しかし、マミには小声が聞こえていたようで
「シンディならおとなしいからアンタでも大丈夫かもね〜。アタシにやったらぶっ叩くけど」
などと答え、健は真っ赤になってうろたえた。女の子に丸出しの欲望を聞かれてしまった。しかも、あっさり肯定された。ギャルだから? それともプログラムだからそういうものなのかも? ようやく考えがまわる。
っていうか……シンディって、外人もいるのかよ! 巨乳に期待が持てる。そして揉める。健はすこし浮上した。
「さて、じゃあ案内しますか〜君は運動神経いいほう?」
「中の下ってところです。ところで一体僕は何をすればいいのでしょうか」
「とりあえずは手のかかる女の子達のお世話かな。慣れてきたら搾乳もやって貰うよ」
さ、搾乳!……いや牛舎って言ってたし、牛だよな?いやいや女の子のお世話に、続いていたしマニアックな設定なのかも。
健は唾を飲み込み色めきだった。
「今日は搾乳にみっちゃんもいるし、シンディなら搾らせて貰えるかもね」
シンディ!揉めるし、搾れるのか。やったね!
「シンディってどんな子なんですか?」
「おとなしくて、巨乳で、沢山出るし、プロポーションも抜群よ?うちにいる子のなかでは5本の指にはいるくらい。」
「顔は?」
「顔?うーん」
マミは顔について聞くと変な顔をした。なんでそんなこと聞くのかしら。みたいな。
「顔は、白いから外国美人っぽいかな。う~ん、でもあの子はかわいい感じ? あと、わりとみんなマツゲ長いのよね」
話しをしながら二人は施設を回る。ところどころで足を消毒液に浸けたりして。話しを聞けば聞くほど牧場だということがわかる。 ただ、子牛はいても大人の牛は全然居なかった。
ふと、マミが携帯で時間をチェックする。
「そろそろ搾乳の時間かな。今日は繋ぎ牛舎に行って貰うよ」
繋ぎ牛舎……専門用語なのか、はたまたツナギを着た子達がいるのか、健はドキドキした。
繋ぎ牛舎の前には黒いヤッケ(カッパのようなぺらぺらの服)を服の上からに着ているらしい女の子がいた。
「あ、みっちゃ~ん!」
マミが駆け寄る。健もあわてて後ろから付いていく。
みっちゃんと呼ばれた女の子に健は見覚えがあった。サムネイルに載っていた、巨乳の方の子だ。かわいい! 目的の人物に出会えて健はどきどきした。
「こいつ今日から入ったバイトの健。たぶん全然役に立たないと思うけど仕事教えてやって!」
「はい。私、道子っていいます。よろしく」
「よろしくおねがいします」
「んじゃあ、はじめますか~」
足を消毒して牛舎に入る。といっても入り口は処理室といって、搾乳の対象はおらず、搾乳のための機械やらパイプやら水道やらがたくさんあった。
健はまず洗濯機からタオルを出して畳みバケツに入れる事を言いつけられた。その間にマミと道子はどんどん手際よく仕事の準備を進めていく。
「さて、準備は終わったかな、アタシは気性の荒い子を搾っちゃうから、あんたたちは適度にゆっくりやってなさい?」
そういうとマミは機械のスイッチをいれ、ヴォオオオオオン……と耳慣れない音が響く。
マミはロープを肩に掛け颯爽と奥の扉へと進む。
「じゃあ、私たちもいこうか?やりながら教えるから、それ押してきてね。」
台車に先ほど畳んだタオルをお湯につけたもの、空のバケツ、消毒液のようなもの、などなどが乗っている。意外に重いが何とか押してゆく。
扉を通るとそこには……
牛。
「牛だ……」
「?牛舎だから牛がいるでしょ?どうかしたの?」
道子は不審な顔で健を見る。
「そっか、都会の人はあんまり牛見たこと無いから珍しいの?」
「え、あ、いや」
言えない、マニアックな感じに女の人の乳を搾るのかと思っていたとはとても。
「し、シンディさんってここにはいないのかな~って?」
ま、まだだ。健は一縷の望みに掛けた。
「ああ、シンディ?右側の手前から二番目がそうだよ?かわいいでしょ」
手前から二番目には顔の白い、巨乳で、おとなしそうな……牛がいた。
「マミさんから聞いたの?いいよね~あの子。顔は白いけど四回前の共進会のチャンピオンの受精卵で生まれた子らしくって、しかもおとなしいし、親方も自慢なのよ」
「共進会?」
「毎年牛の品評会があるのよ。さ、それよりお仕事お仕事!」
健はがっかりしながらも、いろんなアングルで巨乳の道子を眺めることができると思い、仕事の説明をうけた。道子は実演しながら教えてくれるらしい。
「まず、軽く二、三回くらい搾って前搾りカップにとって、異常が無いか確認します。次にタオルで乳頭を拭きます。ひとつの面で一本ね。汚くって拭ききれなかったら新しいの使って良いから」
道子が牛に近づきトントンっと体をたたく。牛の左側に近づき蹴られないように後ろ足を頭で押さえながら乳を搾る。
乳が白い線になって前搾り用のカップに落ちる。
健はちょっとだけエロいなと思った。
三本目の乳頭を二回目に搾ったとき白い線が道子の方向に飛んで行き黒いヤッケの胸元に付いた。
普通の牛乳ならば流れて終わり。しかしその乳はなんだか白い固体がまじっていた。
「あちゃ~。また出ちゃったか。健君。これ見て。こういうのはブツっていって乳房炎の乳から出るの。出荷できない牛乳だから、もし搾って出たら、絶対私に教えてね。まあ、あんまり怪しいのは搾らせないようにするけど」
道子は前搾り用カップ上に付いたフィルターの蓋に残るブツを見せる。健はあまり道子の言葉が届いていないのか惚けている。
道子がくっつけたままの乳房炎の乳が遠目から見るとあまりにアダルトだったのである。
親のエロ本をこっそり見たときのワンシーンに似ていた。それはこんなにマニアックなシチュエーションではなかったのだが。
「ねえ、聞いてる?」
道子は健の視線に気づいたのか、胸元をみる。
「ああ、ついてるし」
道子にとってはたいした事ではないようで、タオルで乳房炎の乳を拭き取った。そのまま別の面で牛の乳を拭き、バケットミルカーと呼ばれる蓋付きバケツが付いたような搾乳機を処理室から持ってきてパイプとつなぎ、カチカチと音がしだしたところで搾乳機を牛の乳に取りつけた。
台車から20センチ四方のホワイトボードのようなものを取り出し十字の線が入ったそれの右下に三角を書いた。
すばやかったので健には良くわからなかった。
「出荷できない牛乳はああやって別に搾って捨てるの。普通の牛乳はパイプラインを通って処理室のバルク……大きなタンクみたいなものね。に入るわ。搾乳機の取り付けが怖いかもしれないけど、慣れたら早いわよ」
道子は搾り終わった牛乳をためらい無く牛の後ろの尿溝に捨てた。牛乳パック何本分なんだろう、もったいないないなと健は思った。
「さて、次は健君、シンディを搾ってみる?乳が揉みたくってきたんでしょ?」
健は道子の言葉に少し興奮した。
薄いゴム手袋をつけ道子と同じように頭を牛の後ろ足につける。牛から草のにおいがする。道子は牛が動かないように後ろで押さえ、尻尾を上に持ち上げている。
「まずは前しぼり。上から順番に指を閉じていく感じね」
シンディの乳頭は柔らかく温かかった。道子の言葉どおり順に閉じていく。
「でない」
「少しだけひっぱるように。何回かやってみて」
何度か繰り返すうちに一筋また一筋と牛乳がでる。四本すべての乳頭を搾り、タオルで拭く。
だんだん張りが出てきた。搾乳機を乳につける前にレクチャーをうける。
「たこの足みたいになってる足の部分ゴムでできててライナーっていうんだけど、それをそれぞれ四つの乳頭につけるんだけど、胴体部分にあるボタンを押した後は空気でもゴミでも吸っちゃうのね。だからたこを仰向けにしてライナーが折れて空気が入らないようにします。そしてひとつを手で折ったまま乳頭の先端に近づけ伸ばす。するとズバっとはいるから。そのとき乳頭が折れないように気をつけてね」
なるほど。健はうなづいて、試してみた。
シュゴッ
ストッ
空気が入ってしまうようでなかなかつけることができない。二本までつけられてもその後落ちてしまう。
「ま、初めてだし、仕方ないよ。そろそろシンディも乳が漏ってきているし私がつけるね」
健は悔しかった。
その後搾乳作業は健が拭き、道子が搾乳、そして乳頭に雑菌から守る液をつけるディっピングを健という感じで進めた。蹴られそうになって怖かった場面もあったがなんとか無事に搾乳が済んだ。
マミが後処理をやるので、と道子と健は子牛に乳をやる仕事を任された。
「結構数が多くってね~小さいとなかなかのまないし。そういう子に飲ませるのは時間がかかるから、今日は教えるけど明日から分量とかは書いておくから搾乳中盤くらいから健君お願いね」
バケツを持った道子はにっこり笑った。
明日か……乳は揉めたし(動物だったけど)サムネイルの女の子にも会えた。超巨乳の牛もいた。女の子の世話、は子牛だったけど、どうしようかな。
そりゃあ、搾乳がうまくできなかったのは悔しかったけど、明日もやる価値はあるのだろうか。
「どうかした?」
「いや、べつに」
「子牛に哺乳するときはまず指を吸わせるとうまくいくの」
道子が子牛の口に手を当てると指に吸い付く。そして反対の手に持ったプラスチック製の大きな哺乳瓶とすり替えのませる。
「かわいいでしょ?」
笑顔が子牛よりもかわいかった。
VRシステムだけど、道子にもっとほめられたい。健はそう思ってしまった。
「明日も来るよ」