0.かいそう
◇
0.かいそう
◇
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私たちは呪われているの?
私たちは呪われているの。
永遠に?
永遠に。
ずぅっとうなされていたの。
酷い夢。
あまりにも残酷で、悪い夢に。
手を伸ばせば届くものだと、錯覚させられて。
それが私を溶かす甘い毒蜜だと気が付かなかった。
そう。だから私はここにいる。
他ならぬ、私の願いを叶えるために。
■
それは取るに足らぬ問答だった。
はて、救いとはなんであるのか?
古今東西、「救われた」と感じるその価値基準は実に、世界を百周しても尽きぬほど多様多彩である。
その中から一つをつまみ上げ、仮にもし「苦境にあってそれが解決されること」を救いとするのなら───。
……我々はすでに救われていると言ってよい。
なぜならば、我々は如何様にでも苦境を打破できるであろう。
我々には生来その能力と、それを実行するに相応しい知性が与えられている。
この複雑怪奇な存在を設計して構成する段階で、すでに「救い」は組み込まれている。
だが我々は道具を選ぶ。何によって苦境を打破するかを選り好みしてしまう。
当然であろう。誰しも自分にとってよりよい幸福を、自分に合った「道具」での解決を望む。
ゆえにこうなることは必然であった。
「救われるはずなのに永遠に救われない」という奇妙な状況が発生し続ける。
いや。
そうは考えたくないが……あるいは、「救われないこと」こそが救いであるのか。
はたして真に救われたいと思っているのか?
おぞましくも「救われないことを証明しよう」としてはいないか。
いやはやなんとも、我々に宿る性には困らされるばかり。どうしたって証明できなければ心が休まらないのだ。
証明できるもの。再現できるもの。
これほどの神秘を前にしても、まだ我々はカビ臭い思考に縋り付いている。
幸福であることを証明するより、不幸であることを証明するほうが容易い。
よい。よい。
では存分に証明し合おうではないか。
無様にも「救われないこと」を渇望し、胸を切り開いて天に叫ぶがいい!
「見よ! 我は救われぬ不幸の子である!」
───第四の魔・◇◇◇◇。
絶望。それこそが「我ら」の力と糧。
もっと悲嘆するがよい。より多くの不幸に浸り縋るがよい。
悲劇は喜劇であり、悲劇とは我らにとっての幕芸に過ぎないのだ。
だが……ああ、恐怖は良くないな。
怯えてはならない。恐怖こそは魂を腐らせるものなれば、最後に何もかもを台無しにしてしまう。
恐れを捨て去り、より深く自愛せよ。我らはそれをこそ肯定する。
我らは呼ぶ。
我らは手招く。
ならば───我らこそが救いである。
さて、手の届かぬものをいつまでも追い続けられるほど、我々は利口な生物ではなかった。
極天に示された真実が自身にとって「希望にすらならない」ものであったとき、その多くが真実を直視することをやめてしまう。
───別の道を。
───別の真実を。
この世界は決して一枚岩ではない。
極天の真実は一つなれど、幾重にもわたって細分化されたものは数多く存在する。そしてそれらもまた「真実」であるはずで、だから「そう在る」ことも許されている。
いわば鏡に乱反射した光から、自分に合った光を探し求めはじめる。
あるいは作り上げられたものでさえ、時には真実になってしまうこともあるだろう。
成長するもよい。
新しき世界を作るもよい。
この世界はすべての「孵化装置」である。成長も逃避も、その過程と結果は等しく望まれている。
うるわしき星の女神の揺り籠は、今日も穏やかに揺らされているのだから。
◇
───きみ、こういうのは初めて?
───はい。なのでちょっと緊張してます。
抽出を開始します。
集合無意識、並びに天聖界との同期を確立。
地獄界との同期にジャミングあり。
信号塔モジュール起動。
受送信感度良好。支援に感謝します、◇◇◇。
オータム外部接続完了。受信結果を参照します。
構成要件を展開します。
当該個体について言及。
◇◇→誕生年代、およそ8万年前と推定。
───緊張しなくていいよ。全部こっちでやってあげるから。
───ありがとうございます。なんかちょっと、照れちゃいますね。
複数次元における構築を行います。
観測遡行を開始します。
輪郭観測を開始します。
三次元における生物学的な特徴を確認。
雌雄同体の構成要件はありません。
思考回路、精神特性上のバクや反転はナシ。
オールグリーン。オールグリーン。至って良好。
───それじゃ、そこに座ってて。まずは身体を温めないとね。紅茶を淹れてあげるよ。
───ありがとうございます……。あ、服はこれで大丈夫でしょうか?
工程の二次チェックを開始します。
要素補完を実行します。
補正完了。構築は正常に終了しました。
当該個体を分離します。
当該個体にワタシの権限を複製します。
それでよいですか、◇◇◇。
───うん、それでいいよ。好きな茶葉はある?
───なんでも大丈夫です。なんでも飲めます。
権限の移行、能力値の算定が完了。
◇◇→能力値は算定不可能。
リロードします。
権限の移行が完了しました。
隔離状態でのシステムスキャン、最終構成チェックを実行。
───女の子同士なんだから緊張しないで。なんか、こう言うと変な感じだけど。
───えへへ。この空気に慣れるまで、まだちょっと時間が掛かりそうです。
オールグリーン。オールグリーン。
指定されたプロセスの全工程終了OK。
機能を順次終了します。
サブタスク1、サブタスク2はユニットに転送。
全機能をスリープ状態に移行します。
まもなく当意識は休眠状態に移行します。
忘れないで。忘れないで。忘れないで。
忘れないでください。
それではどうか、素敵なしゅうまつを。
◇
「駄目だ。駄目が過ぎるぞリシア」
───レイカード執筆社。
日本国内、東京都某所。立ち並ぶビル群のその内の、少しだけ古めかしい背の低いビル。「レイカード執筆社」と書かれた看板を掲げたビルの、その室内に男が一人。
スーツを着た彼は大きなプレジデントデスクに、革張りの椅子に腰を下ろしてそんな言葉を呟いた。
手元には数枚の書類。
「どうしましたかレイネンさん」
「この報告書はなんだ。一体なにをどうしたら、こんな報告書が出来上がるのかね?」
「この間の、博物館爆破事件のやつですね」
男に呼ばれ、奥の資料棚から女がひょこっと顔を出した。
「リシア」と呼ばれた彼女は、男が掲げる書類に気付くと小走りでデスクに歩み寄る。
彼女は男を「レイネン」と呼んだ。
「基礎魔法理学研究院の敷地内にある博物館が完全に崩落。瓦礫の形跡などから魔法が使われた可能性が高く、犯人は未だ逃走中……。何かおかしなところがあるでしょうか?」
「はあぁ……」
いろいろと端折りすぎではあるものの、実に簡潔でかいつまんだ説明にレイネンは額に手をやってため息を吐く。
「リシア、私たちの職業は?」
「職業名なんてありましたっけ?」
「ならば仕事内容は?」
「それはもちろん、物語を記録することです!」
「そうだろう」
それは納得のいく答えだったのだろうか。
コンコンと指先でデスクを小突き、それから問題の書類を指差すレイネン。
「この報告書には明確な始まりがない。何が事件の発端だったか、それがない。加えて言うなら犯人は逃走中で終わりもない」
「はい、そうですね」
「これでは物語にならないというわけだリシア。これを物語に仕上げるためには、情報があまりにも不足している」
そう言われても、とリシアは困惑する。
「けど、分かる範囲はすべて記録してきました」
「愚直だな、リシア」
愚直。それは良いことではないのだろうか。
リシアはレイネンの顔色をうかがう。
少なくとも、事実をかき集めるという作業においては、愚直であることは1番か2番目に求められる素質のような気もしている。
それは違うということなのだろうか。
戸惑いを隠せない様子の彼女に、レイネンはデスクから身を乗り出して人差し指を立てて言う。
「脚色は大事だということを理解したまえ。この事件、どうせ真相は闇の中だ。事実に色を付けて物語に仕上げる。それこそが、私たちに求められている仕事なのだと」
「……つまり?」
「リシア。何度も言わせるな。足りないのなら、キミなりの脚色を付け加えろということだ。始まりと終わり、それとその間にも」
「け、けど、それじゃ事実からはかけ離れちゃいませんか? そんなことをして良いのでしょうか?」
それではかき集めた事実が無駄になってしまう、のではないか。
「良いんだよ。求められているのは決して不明瞭な事実ではなく、仕立て上げられた物語なのだから。濾過された事実を追うのは新聞にでも任せておきたまえ」
───雨の降る音がしている。
広げた傘から覗くように雨空を見上げて、私はレイネンさんの言葉を思い出します。
レイネンさんはまるで、「事実は面白くない」とでも言うような口調でそう言っていました。
いえ、「不明瞭な事実」でしたっけ。
私はそれに言葉を返せませんでした。
何かを否定したくて、否定できるような気がして。でもそれが何なのか分からなかったのです。
だからこうして、また私はバルキュリア機関に足を運んでいるのです。
結局、あの爆破事件の報告書はレイカードさんが最終的な仕上げを行うことになりました。
私はというと新しい事件に、どうせならその始まりから追えるような大きな事件に出会えることを願っているのです。
つまり、まずはフィールドワークから。
ですよね?




