薬師ネフラは花を読む
毒や薬に詳しい人のミステリーが人気らしいので、私も書いてみました。どちらかというとサスペンス? ロマンス要素はほぼないです。三日クオリティーなので、なんかツッコミどころあったらお寄せください。
では、どうぞ。
鍋をかき混ぜながら、かごに大量に盛った果物を見る。酸味の強いサランスとワスファムのジャムは、この季節に作り溜めておくと、より暑くなる時期に飛ぶように売れる品だ。少し鍋を放っていてもよかろう、というタイミングで、昼前だというのに、どんどんと扉を叩く音が聞こえた。顔を上げると、イヤリングがすこし音を立てた。
「はあい、誰かしら」
「ネフラお姉ちゃん、これ! 一シルくれるって言ってたの、ネフラお姉ちゃんでしょ! 魔女だもんね!」
「あら。誰がそんなこと言ってたのかしら」
青い花を差し出す童女は、薬師ネフラのいる森にあるカダロ村のネリスだった。ネリスも少しは背が伸びたが、この「片思い草」を枕元に置くほどませてはいまい。いったい何があったのか、と考えたが、とくに答えになりそうなことは思い浮かんでこなかった。
「えっとね。魔女みたいな人!」
「日除けのローブと、杖も持ってたの?」
「うん。青いお花を渡して、薬草なら一シルくれるって!」
「ずいぶんお金持ちねえ。これは薬草じゃないわ。お母さんに言って、おうちに飾っておきなさいな」
悲恋の伝説があることから、乙女の片思いを叶えるまじないに使われるとされているが……魔女というのはあだ名であって、ネフラは薬師である。魔術が今ほど使われていなかったころは、術師のみならず、不可思議を引き起こす人々全般を指して「魔女」と呼んだとも言われている。現在は術理も解き明かされつつあり、薬理という学問もできたことで、きちんとした仕事として薬師が存在する世になった。
またね、とぱたぱた駆けていくネリスを見送っていると、馬に乗った騎士がこちらへやってくるのが見えた。
「失礼! 山麓の魔女ネフラどのとお見受けするが、いかがか!」
「ええ、私はネフラです。ただの薬師ですが……」
「私はドゥルク、少しばかりの用事があって、こちらに参りました。馬を繋いだのち、お店を見て回りたいのですが」
「構いませんよ。それほどばか丁寧になさらなくとも、お客さまは歓迎しておりますから」
全身を鎧に固めた騎士は、手近な樹に馬を繋いでから兜を脱いだ。少し汗をかいてはいるが、短く刈った鋭ささえ覚える髪、精悍な顔立ち、湖のような静謐をたたえた蒼の瞳――どれも、一声かけられたときに感じた荒々しさよりも、王族のような浮世離れした落ち着きを感じさせるものであった。
森の大木をいくつも使って頑丈に建てられた家は、一階部分のほとんどを店として使っている。煎じるだけですぐ飲めるハーブティー、丁寧に抽出した香油、各種ジャムや何年も寝かせた果実酒、キッチュな趣味を持った人向けの漬け酒も取り揃えていた。野菜として食べてもよい薬草もあったが、こちらはアシが早いこともあってか、ほとんどネフラ自身が食べている。
「よい香りですね。落ち着く……」
「お買い物に来られたのですか? それでしたら、気になる品を……」
「ああ、それもいいな。こちらの、この……魔蟲の卵のようなものは?」
「それは木苺の果実酒ですよ。騎士様だけあって、いろいろと不思議なものを見ていらっしゃるのですね」
騎士団への土産に、とさまざまな商品を手に取った騎士ドゥルクは、会計をしながらぽつりと言った。
「つかぬことをお聞きしますが――毒を作ることは、できますか」
「そのようなお仕事はお受けしていませんわ」
祖母から母へ、母からネフラへと薬草の知識は受け継がれてきた。当然、その中にはさまざまな毒物への知識や、その対処法も含まれていた……森の中で生きる民にとって、毒に対処できぬことは死を意味する。専門職が智を受け継がねばならないとして、ネフラには豊富な毒の知識があった。近くの村々から求められ、森を歩くものたちへ智を授けることは、薬師たちの重要な仕事のひとつだ。
「できるかどうかで言えば、できます。けれど、森を埋め尽くすほどの金貨をいただいても、そのような仕事はお受けできません」
「不躾なことを聞いてしまい、申し訳ない。今、王宮では上を下への大騒ぎになっているのです……まさに、毒によって」
ある日、紅茶を飲んだ王の愛妾が倒れた。幸い命に別状はなく、一週間ほど寝込んだだけで済んだのだが……犯人も見つからぬうちに、今度はメイドのひとりが死んだ。ひどく苦しみ、惨たらしい死にざまであったという。食べ物や飲み物に毒を入れたに違いないとして進められた捜査は、次の死人を出してようやく証拠をつかんだ。
「ジャムです。メイドたちの休憩所にあったジャムに毒が混じっており、パンに塗って食べたものが死んだのです。すぐさま瓶を証拠品として押さえたのですが、魔術工房でいくらでも作れる代物でした」
「すこし、よろしいでしょうか」
「何か?」
「それほど強い毒であれば、愛妾の方もお亡くなりになるのではと……思うのですが」
蛇の毒や、毒虫・毒魚の針が持つ毒は、それだけを取り出して飲んでも効きはせず、強い熱で効力を失う。飲んだものが紅茶だったのであれば、熱しても失われぬ毒性と、口に入れてすぐに死ぬ効力の強さを併せ持つはずだが……効き目が違いすぎる。
「ご典医の方にも、よく病状を確かめられた方がよろしいかと。先ほどの子供、「青い花を持っていくと一シルもらえる」と言っていましたよ」
「青い花? 何か心当たりでもあるのですか」
「アコニアという花です。花を煎じると、苦みのある毒を煮出すことができるのです」
「子供に罪を背負わせようとは……なんたる外道か」
アコニアの毒を用いたのならば、助かるものはいない。苦みがあるため分かりやすいが、実際にそう用いられたように……ジャムに混ぜるなど、ごまかす方法はいくらでもあった。解毒もできず、苦みを感じたときには手遅れであるため、用量が少なかったとき以外に助かることはない。
「いろいろと助言をいただきまして、ありがとうございます。失礼なお願いになるのですが、こちらの砦に来ていただけますか?」
「えっ、……あの、それは」
「店番を置いてください。一週間ほど、こちらで暮らしていただく」
「は、はい……」
ドゥルクの馬に乗せられ、ネフラは連行されるような形で砦に向かうことになってしまった。カダロ村の人々に「しばらく街にいる」と告げたのち、怪訝そうな顔の村人たちを安心させるように「だいじょうぶ、騎士様がたに協力しに行くのです」と言って別れた。
「さすがに聡いですね。自分に何が求められているか、よく理解されている」
「……いきなり逮捕、というわけではないのでしょう?」
「下手人をあぶり出すのに必要な手なのです。ご協力いただけますね?」
「私で協力できることでしたら……」
急な話が続いたが、ネフラはどうにか落ち着きを保っていた。
それから二日が過ぎた、カダロ村などを擁するエルジフ山脈付近を警護する、大きめの砦の休憩所にて――
「おい、今日はネフラさんが考えたメニューらしいぜ!」「なんだって!? 多めに作ってくれるのに、すぐ無くなっちまうじゃないか!」「前の蛇の煮込みも美味しかったからなあ、今日もきっと美味しいだろうな」「黒パンが美味しく食える方法を教えてくれただけでも、俺らの大恩人だもんな!」
ネフラは、砦の厨房で働いていた。客分としてしばらくここにいてもらうと言われたものの、じっとしていられずにできることをし始めた。ものすごいペースでの大量調理にはさすがに追い付けず、野菜の皮むきやメニューの考案くらいが関の山だったが……そこらで採れるあれこれを食べる方法を伝えられたせいか、騎士や兵卒は元気になった。
料理長は、端っこで生地をこねているネフラに声をかける。
「うん、悪くねえな。小娘かと思ったが、この鉄火場でよく落ち着いて仕事をしやがる」
「お店は一人で回していたので、店番を遊びに来た子供に頼むくらいで……」
「そうかい。それによ、この大盛況は俺らにとってもありがてぇ。毎日駆けずり回って汗水垂らしてんのは、厨房にいる俺らもおんなじだからよぅ、ぬぼーっとした顔でもさもさ食われるよりゃあ、美味そうにがっつくところを見てぇじゃねえか」
「それは、間違いありませんね」
作業場の扉から、毎日のように「これって食えますかね!?」と尋ねられるのにも慣れた。兵卒たちが仕留めた獣の解体は男たちの仕事だったが、蛇やトカゲを捌く技術はネフラの方が巧く、料理のバリエーションも彼女が勝っていた。野花を添えて食卓に彩りを与える方法は、あまりウケが良くなかったが……これはどうだと摘んでくる花のうちいくらかは、スパイスとして使える味をしていた。砦の食事は、ずいぶんと質が上がった。
「薬師が料理に長けてるってのは、異国じゃあよくあるらしいが。ここでもお目にかかれるってのは、あれだな、ハゲるまで働いた甲斐があるってもんだ」
「ふふふ。私も、へんな味や匂いのお薬が苦手だっただけです」
薬を飲まねば病は治らず、さりとて飲みたくなるほど味の良い薬があるでもない。だが、そういうものだと割り切れと言えるほど、薬師も厳しくはなかった。子供たちも相手にしている商売である以上は、かれらにも人気の商品を作らねばならないからである。
「失礼する。ネフラどのは?」
「おっと、団長。ここにいるぜ」
「はい、ここに」
「ネフラどの。小芝居に付き合っていただきたい」
山麓の魔女ネフラは、王都に“連行”されることになった。
青いカツラに真っ黒いルージュ、血をかぶったような異様な模様のローブ。フードを目深にかぶっているため、顔はほとんど見えないが、口元やおとがいのラインだけでも、ずいぶんと容色のすぐれている女なのであろうことが判る。王都に連行されてきた魔女は、鎖につながれて歩いていた。
「あ、あれが……!」「あちこちの村で、子供をそそのかして毒の花を集めさせてたって噂だ」「ひでぇな、将来自分がやったかもって気付いたら一生もんのトラウマだぜ?」「しかしよぉ、なんで魔女が王国を狙ってんだ?」「どこかの誰かが依頼したんだろうさ、王宮なんて人の思いが渦巻いてるもんだもの」「あれ? この人、魔女さまじゃな……」
魔女の通る道の最前にいた子供が何事か言おうとしたが、すぐに母親に口をふさがれる。罪人の味方をしようなどと考えたものは、誰ひとり味方がいなくなるからだ。それを一瞥した騎士団長ドゥルクは、そばに控える兵卒に小さく何かを耳打ちした。そして、考える。
(やはりか……子供は素直だ、あの母親にも感謝しなければな)
山賊も魔物も出る森の中を、ひとり行くことができる女などいない。いくつもの村に、街に現れたという魔女の正体が誰なのか――迷信がはびこっていた昔なら「魔女にはそのようなことができる」としていたところであろうが、魔術の仕組みが解き明かされつつある今の世に、そのようなことも言っておられぬ。
証言をひとつひとつ集めたところ、「乗り合い馬車をていねいに見送る女」の目撃情報が、すべての村と街で相次いでいることが分かった……その女は、まるで旅でもしているかのように、大荷物であったという点も共通している。しかし、金髪であったり茶髪であったり、痩せぎすに福満に若い娘に老婆にと、それ以上の共通点はない。
そこから導き出せる結論は、ひとつ。
(「どこからかやってきた異装の女が、急におかしなことを言い出した」……というイメージだけを作って、どこぞの魔女に罪をなすり付ける腹積もりだな。何人も雇って魔女の仮装をさせ、言伝だけ残して去っていく。確かに異様だが、穴だらけだな)
薬師の店に向かったとき、帰りの馬の上でネフラが言ったことは、ぴたりと事実を言い当てていた。
――ひとつだけ、早く花がダメになった花瓶はありませんでしたか?
――白い花。おそらく、庭園にも同じものがあるはずです。
――それに……庭園には、大きくて元気なお花しかないのでは。
――私の読み通りなら、下手人がどこでどう育ったかの経歴も判ります。
(花だけですべてを言い当てる、か。敵も知恵を絞ったようだが、智の広さも深さも違いすぎる)
王都の詰所の門をばたんと閉めると、ドゥルクはすぐに手枷の鍵を開けて、「魔女」の拘束を解いた。そして、暑そうにフードを取り払う女と顔を見合わせて、同じように苦笑いした。
「くだらない三文芝居に付き合っていただいて、申し訳ありませんでした……ネフラどの。今、先ほどから集まりつつある情報と照らし合わせているところです」
「いいえ、構いませんよ。私だって、疑いをかけられたままではいられませんもの」
魔女は青い髪ではない、黒い口紅を引いてなどいない、赤いローブではなかった。次々に集まる証言は、ドゥルクの推理を裏付けるものばかりだった。ネフラを着替えさせるために部屋に送ると、騎士が走ってやってきた。
「団長! 裏通りで薬屋をやっていた男が、確かに売ったと」
「吐いたか。あれはまだ余罪がある、牢に放り込んでおけ」
王都は広く、怪しい商売をしているものも少なくない。とくに胡散臭い界隈では、毒だの惚れ薬だのといった怪しい品を高額で売る、信頼のおけない薬屋もある……そのうちの一人が、訪ねてきた女にアコニアの毒を売ったと証言した。むろん、国の中心に近い人物の暗殺未遂という大事件であるため、死罪は免れないが……興味深いのは、「魔女がこれを作るとき、何を集めるのか」と訊いてきた、という言葉だった。
「すみません、次は何をすればよろしいでしょうか?」
「今日のところは、ゆっくり休んでいてください。明日、法廷で証言をしていただく。その重圧に耐えるためにも、しっかりと備えなければなりませんから」
「はっ、はい……!」
「安心してください、いくつか薬や花のことをお尋ねするだけです。あなたがいくらでも話せることだ」
緊張しているようではあるが、決然とした表情である。
「近くでお支えします。だいじょうぶ、下手人はすでに分かっていますので」
「よかった……。疑われているのではと、震えが止まらなくて」
「それはない。私は最初から、あなたを疑ってなどいませんでしたよ」
「ど、どうしてですか……?」
「……言わなくてもわかっていることだと思いましたが。泊まるに良いところではないが、安心していてください」
ネフラを残して、騎士団長ドゥルクは最後の仕上げにかかった。
貧民平民、貴族も王族も等しく裁く法廷には、下手人が立っていなかった。
「ドゥルクよ。証拠はすでに揃い、下手人は判ったと……儂はそう聞いておったのだがな」
「恐れながら国王陛下、下手人はこの場におりますゆえ、その証拠を並べご納得をいただきたく考えております」
ほう、と冠を戴いた王はひげをひねった。
「して、いずこに在るというのか……判官か警邏か、まさかお前だと云うのではなかろうな? 否、信頼に足る証拠があるのなら、己を裁こうとも構わぬがな」
「申し上げます。陛下の愛妾たるラナリア様に毒を盛り、メイドを毒殺した下手人は」
警邏を誘導する合図としての、剣を抜き相手に向けるしぐさがない。それだけで、王は答えを知ったようであった。大きく吐いた息が、わずかな沈黙を作り、そしてそれを破らせる。
「ラナリア・レド・タリーア様でございます」
「なんですって!? 私は毒を盛られた立場なのよ!?」
「ご典医の記録にあった症状と、メイドの死に際の様子。このふたつは、まったく違う毒によるものです。証人」
「はい」
ネフラは、白く丸い花がいくつも連なった、まるで楽器のように美しい花を手に持って現れた。たった一人、ラナリアだけがその花を見てびくりと震える。
「たしか、鈴鳴り草だったか。庭園にもあった気がするが……それが毒だとでもいうのか?」
「花も実も、葉も茎もすべてに毒があります。花瓶に生けておくだけで、生けた水が毒に変わるほど……」
嘔吐や下痢を引き起こす、という説明は、彼女の身に起きた「毒殺未遂」の症状と同じものだ。
「ふつうは花を生けた水など飲みませんし、飾っている花を食べたりもしませんから、気付くことはございません。これが毒として人を死に至らしめるのは……山の民が、春先に葉っぱを食べようとしたときくらいのものです」
「メイドの証言によれば、ラナリア様が倒れられた翌日、すぐ近くにあった花瓶の鈴鳴り草が……水がすべて空けられていたせいで、萎れていたそうですね。ちょうど、庭園から摘んだものだったそうですが」
知らなければ毒として使われることはないが、致死性もそこまで高くはない。せいぜい悪質極まりない嫌がらせ程度にしかならないが、使い道はある。
「ただ、ここで誤算が生じた。ラナリア様がお部屋に隠していたジャムの小瓶が、掃除をしていたメイドに見つかって、盗まれてしまったのです」
日頃から意地の悪い要求をされていたメイドは、おやつを盗るくらいで我慢してやろうと仕返しを目論み、小瓶からラベルを剥がして休憩所に置いた。しかし、そのジャムの小瓶には――
「のどに真っ赤な爪跡が残るほど苦しみ悶えて、泡を吹いて死ぬ。鈴鳴り草の毒は、これほど凄惨な死を引き起こしません」
「アコニアという、青紫色をした花があります。これを煎じることで、やや苦みこそあるが、相手をひどく苦しめて死なせる毒を作ることができる……。これを聞いたとき、私も戦慄しました」
「では、なんだ。殺人ではなく、事故だというのか」
「そうです、陛下。これは不幸な偶然が重なったすえの出来事に過ぎません」
自分から疑いを逸らすため、「死にはしない」とされた毒を飲んだ……そこまでは良かったが、静養のためにとより設備が整った別室に移された。その隙に、使うつもりだった猛毒をおやつと勘違いされて盗まれてしまい、メイドに食べられてしまった。
「……ジャムを作ったものが、元から仕込んだ毒だという可能性はないのか」
「当然、ございます。ただし、どうやっても時期が合いません」
「どういうことだ?」
「これはコケモモのジャムです。冬ごろに作られたもので、瓶の端に黒カビも付いてございます……より北方で作ったものを長期間かけて輸送したが、傷んだために安値で売るほかになかった品です」
表面をすくってカビを取り払い、ごまかしたつもりになっているようだが、すでに新しい白カビが生えかけている。一度ならず開封されたうえに長期間放置された、マトモな店なら売るはずがないしろものだった。
「それに。すでにお耳に入っていらっしゃいます、「青い花を集めさせる魔女」ですが……これは、花というものを知らぬものの立てた計画でしょう」
「なぜだ? そのアコニアが青紫色だと言ったのは、ドゥルク。お前であろう」
「この地方には、青紫色の花が二十種類はございます。形も知らない、特徴も伝えていない花を1シルなんて大金で集めさせるなんて、無茶なんです」
「……銀貨一枚か。たしかに、恐ろしい出費だ」
八つの村と二つの街で広まった噂に、いったい何人の人間が群がるのか。青い花一輪あたりでなく、一人頭で支払うことに変更したとしても、確実に破綻する計画だ。二度と同じところに向かわせるつもりがなかったこともあろうが、青い花自体が希少だと思ってでもいなければ、このような計画にはならないだろう。
「そして……庭園には、青紫色の花がほんのいくつかしかありませんでした。それも、気に留めなければ見つからない野草のたぐいだ。何度庭園を通ろうと、分からない人には分からない」
その言葉を受けて、ネフラは続けた。
「下手人は、ずっと街の中で育ったうえで、草花になんか興味がない人です。何より、街の中に生えられるのは、石畳の隙間にだって芽を出すたくましい花だけですから。この街になら、黄色か白、オレンジくらいしかありません」
「ラナリア様の経歴は、陛下も知るところでしょう。この場で詳しく申し上げることは控えます」
貧民街の出身で、彼女を育てていた物乞いが死んだところを娼館に拾われ、高級娼婦として貴族さえ手玉に取る女になった。その美貌としたたかさを気に入った国王は、彼女を愛妾として迎えた――しかしながら。
「正妃が床に伏しがちで、王子がひとりしかいらっしゃらない。王が新たに側室を迎えるやも、という噂を聞いて、子をもうけた自分が王宮から追放されるのでは、と……そのように思われたのではないでしょうか」
顔面蒼白で、肩で息をしているラナリアは……ぎりりと歯を食いしばっていた。
「申し開きはあるか、ラナリア。お前が金貨を二枚もねだったことや、貧民街の物乞いがあのメイドと同じように死んだこと。関係がないならないと言え」
「あるわ! ええ、ある。泥とクソから生まれてドブを産湯にした私が、王宮でこうして暮らして! またあのどや街に戻れって? イヤよ、絶対にね!!」
女は、笑っていた。流れる涙は、食いしばった歯に吸い込まれていく。
「あたしが女王様になれるはずなんかないって、そんなこと知ってるわ。娼婦の股から生まれたガキが王様になったらなんて、あり得ないって分かってる! でもイヤ!! 何も知らないあの子ともども、ここを追い出されて……あたしにできるたった一つの仕事が、こうしてあの子を養ってたんだって知られるなんて……!!!」
「それが、四人を死なせた理由か。かつてのお前と同じように、日々ゴミから見つけたものをかじるほかない生活をしていた物乞いをふたり……魚を挟んだパンを見つけたときなど、長く語る思い出になるほど舞い上がったのであろうに」
それは、実験だった。一滴を垂らすだけでもよい、口にしたものはたちどころに死ぬと聞かされて、王宮では使えぬと判じ……どんな食べ物でも口にする、ゴミ漁りの貧民を実験台にした。二人が死んだところで、盛るべき毒の量も明らかになった。苦しむ時間がもう少し短くなるように、ジャムには多めにアコニアの毒を入れた。それが、ラナリアに残った“良心”の形であった。結果、もう二人が死んだ。
「連れていけ。証人どの、ご苦労だった」
「いえ……。これ以上のことが起きず、胸をなでおろすばかりです」
ことが上手く運んでいれば、王家の将来には暗雲が垂れ込め、下手人が明らかになったときには取り返しのつかぬ事態にまで発展していたことだろう。王子はひとり、かといって妾腹の子を王位継承権保持者とするにも無理があり、王が崩御すればすぐに国家が立ち行かなくなる。人が四人も死んだというのに、国にとっては何も問題が起きなかった、という結末は……ネフラにとって、つらいものだった。
「騎士団長ドゥルクよ、此度もよく働いた。警邏に任せきりにならぬところは、お前の良いところであり悪いところでもある」
「お言葉、できる限り受け止めさせていただきます」
頭を下げている騎士団長の横に控えるネフラは、「あの」と訊く。
「私は、店に戻ってもよいのでしょうか? あっ、それに……なぜ私のことを疑っていなかったのか、それをお聞きしていません!」
「分からぬのか、薬師どの。捜査は、ドゥルクがお前のもとへ現れる前から進んでおったのだ……こやつがしたことは、すべて証拠固めに過ぎぬ」
「えっ? あら、ということは……」
「いつの乗り合い馬車に誰が乗ったか、どこで降りてどこへ行ったのか。騎士団の人間を総動員して調べました。何人かの「魔女」を捕縛したのち、それが実在の人間であると確かめてから、あなたに会いに行ったのです」
何より、と微笑む。
「毒薬の材料などという、どうあっても隠したいものを大っぴらに集めるなど、あまりにバカげている。誰かに罪をなすり付けようとしています、と大声で触れ回るようなものです。どうせ自分の元には官憲も何も来ない、お金を出しているだけだから……そんな考えが見え見えだ」
小さな店で小さく商売をしている薬師が、そのような考えになろうはずもない。休みの日に猟師や子供たちと森に出かけ、かごにいっぱいの薬草や果物を取っていくという証言は、すでに取ってあった。
それに――そうでなくとも、彼女を疑う理由はすでになかった。ドゥルクが彼女の元に訪れたのちの行動は、すべて下手人をあぶり出すためにあえてやったことだったのだ。
「そして。あなたが砦に来る日、カダロ村でも「魔女」は捕縛されていたのです。顔を暴いたところ、皆が口をそろえて「ネフラ様ではない」と。村の皆さんは、何も不思議そうにしていなかったでしょう?」
「い、イジワルです……! すべて終わってからだったなんて!」
「私は足りぬところを補おうとしただけです。ただ証拠が集まっただけでは、言い逃れの余地を残してしまう。証拠を繋ぐ知識が必要だったのです」
「ははははは……許してやってくれ、薬師どの。こやつはこういう男なのだ。仕事はこなすが、今一歩人の心に寄り添わぬところがある。下がってよいぞ、二人とも」
「は」「はい!」
ドゥルクはそのまま、馬にネフラを乗せて砦まで急いだ。翌朝から馬を換えて店に戻り、ネフラもドゥルクも、ふだんの日常に帰っていった。砦の食糧事情はすこし改善され、国家の暗雲は取り払われ、事件に関わったものはほとんど捕縛された。とはいえ、それは国の中枢の話であって、小さな村や森に関わることではない。
今日もまた火酒を用意して、たくさんの果物を洗い、果実酒の仕込みをしている。魔蟲の巣から獲った糖蜜で甘さを加え、その他のハーブで少々の香り付けをする……いつもの作業に、術式で動く呼び鈴が鳴らす音が混じった。
「あら。またいらしたのですね」
「ここの商品は人気ですから。それに、あなたのお話はとても面白いのでね」
「もう……また子供たちにからかわれますよ? 好きになったから会いに来てるって」
「ふむ。確かに、あなたのような女性は珍しいですから、興味はありますね」
石鹸と肉料理に使うハーブ、それにジャムをカウンターに持ってきたドゥルクは、「ところで」と切り出した。
「すこし、知恵をお借りしたいことが起きたのです。術式でも呪いでもない、というのですが……しかし、呪いとしか思えない出来事が」
「話してみてください。仕込みが終わるまでには、きっと言い当ててみせましょう」
これは、のちの世に語られる「花読みの薬師」にまつわる物語である――。
その他のネタとしては「ジャガイモの呪い」やら「毒竜討伐の前に」なんかを用意してあります。まあ、モチベが湧いたら書くかもしれないくらいの感じ。
楽しんでいただけましたら、いいね・ポイント評価、感想などもらえますとモチベーションが上がります。ぜひよろしくお願いします。




