聖女のあなたへ、悪役令嬢と断罪された私がラストクリスマスを贈りますわ
クリスマスショートショート。
無駄な描写を省き、読みやすくしました(そのつもり)
雪がブランシュ王国を白く染め上げる冬の日。
王宮の大広間では、寒さを忘れたかのような華やかな祝宴が開かれていた。
その中心にいるのは、第一王子ヴィクトールと、慈愛の微笑みを浮かべる聖女リリス。
「見てみろ、真冬だというのに、リリスの『祈り』で黄金の麦が実ったぞ! これこそが聖女の奇跡だ!」
ヴィクトールが誇らしげに掲げたのは、雪の中でも青々と茂る麦の穂。
貴族たちは、「食糧問題の解決だ」と喝采を送るが、ホールの隅に座す公爵令嬢クラリス・ルミエールは、冷ややかな視線を隠そうともしなかった。
聖女リリスが現れて以来、クラリスは一方的に『聖女を妬む悪役令嬢』というレッテルを貼られ、社交界から疎まれていた。
「奇跡ですって? 呆れたものね」
その麦は、リリスの祈りで育ったのではない。
クラリスが領地の研究所で数年かけて開発した、耐寒性の強い『ハイブリッド種』。そして、それを急速成長させたのは、彼女が発明した『窒素固定法』による高濃度肥料の成果だった。
リリスはクラリスの研究室に忍び込み、種を盗み出していた。それを自身の『奇跡』として王子に献上したに過ぎなかった。
宴が最高潮に達した時、ヴィクトールがクラリスを鋭く指差す。
「クラリス・ルミエール! 貴様の罪はもはや明白だ! 聖女リリスを嫉妬ゆえに妨害し、彼女の研究を盗もうとしただけでなく、毒まで盛ったそうだな!」
「……毒ですか? リリス様が、私の部屋に不法侵入し、ラベルが貼ってある『実験用試薬』を勝手に飲んだ件のことかしら?」
クラリスの反論を無視し、王子は勝ち誇ったように宣告する。
「だ、黙れ! 今、この場をもって貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す! ルミエール家の全財産、及び貴様が持つすべての『技術特許権』は王家が接収する!」
リリスがわざとらしく悲しげに首を振る。
「クラリス様、貴方が私の『奇跡』を認めてくだされば、こんなことにはならなかったのに……」
リリスの瞳にあるのは、隠しきれない嘲笑。
彼女の狙いはクラリスの『利権』そのものだった。
クラリスは深くため息をつき、優雅に一礼する。
「そうですか……。私の『技術』がすべて王家のものになると……いいでしょう、殿下。お望み通り、この国に私の『特許』も『技術』も、すべて置いていきますわ。それが私から欲張りな貴方たちへの『クリスマス』の贈り物です」
クラリスは一冊の『研究手帳』を投げ捨て、一切の未練を見せずに大広間を去った。
◇
クラリスが隣国の学術都市へと亡命してから、わずか一週間。
王都では恐ろしい事態が起きていた。
「リリス! これはどういうことだ!? 麦が……麦がすべて枯れて腐っていくぞ!」
ヴィクトールが血相を変え、リリスの部屋に飛び込んだ。かつて青々と茂っていた麦は、不気味な黒に変色し、腐敗臭を放っていた。それだけではない。接収した『魔導織機』も『新型ポンプ』も、次々と異音を立てて停止していく。
リリスが震える手で手帳を読み進めると、そこには昨夜までなかった『隠し文字』が浮かび上がっていた。
『聖女リリス様へ。私の肥料はルミエール家が秘匿する『中和用触媒』を毎日添加しなければ、土壌を死滅させる強力な『酸性毒』へと変わる設計です。
また、すべての魔導具には私の魔力による『定期認証』が必要です。私が国を離れた時点で、すべてのシステムは『自壊プログラム』を起動します。
今頃、貴方が奇跡を植えた王家の直轄地は、今後百年は草一本生えない死の大地となっていることでしょう。皆さまにとって、最後のクリスマスを楽しんで。メリー・ラストクリスマス』
「そ、そんな……!」
追い打ちをかけるように財務官が駆け込んでくる。
「殿下! 亡命したクラリス様が、国際法廷で『王家に対する特許侵害の訴訟』を起こされました! 接収した技術を無断で使用したとして、国家予算五年分に相当する『損害賠償』を請求されています! 支払えなければ、隣国の大軍が債権回収のために国境を越えるとのことです!」
「なんだと……!? まさか、あいつは最初からこれを狙って……!?」
ヴィクトールは膝から崩れ落ちた。
彼は国を支える唯一の『心臓』を、自らの手でえぐり出したのだと、ようやく理解した。
◇
一方、隣国の学術都市。
クラリス・ルミエールは最新の設備が整った研究所の窓から、美しい夜景を眺めていた。彼女の隣には、かつて彼女の才能を見抜き、亡命を助けた隣国の若き王が立っている。
「クラリス、君が去った後の王国はずいぶんと『冷え込んで』いるようだね」
「ふふ、彼らには本当の『ラストクリスマス』を楽しんでもらわなくては。……でも、私はもうあのような生産性のない国には興味ありませんわ」
クラリスの手元には、窒素固定法をさらに進化させた、完全な『次世代エネルギー』が輝いている。
「私の技術は、私を正当に評価してくれる人のためにある。そうでしょう?」
「ああ、その通りだよ。君こそが、この世界に真の夜明けをもたらす本物の聖女だ」
窓の外では、彼女の新しい特許技術によって灯された『魔導LED』の街灯が、宝石のように街を彩っている。
それは『悪役令嬢』と断罪された彼女が自らの知性で勝ち取った、最高に幸福で、最高に残酷なクリスマスの夜だった。
お読みいただきありがとうございます。
私からの少しばかりの贈り物第二弾でした。というより、クリスマス限定の物語は、今年はもう書きません(汗)
第一弾は、↓です。
タイトル:悪役令嬢は聖夜に微笑む 〜銀雪の裏通り、一杯のラテが繋いだ二人の真実〜
https://ncode.syosetu.com/n4163ln/
それではまた( ´∀`)ノ




