シスコンな怨霊は死神と契約する
今度こそ本当に終わりだという程に。
(最後に、もう一度…会いた、かった、なぁ…)
自らの最愛の妹に、
でもそれは叶わぬ願い。
自分以外誰もいない世界に、私はそっと静かに目を閉じた。
✳ ✳ ✳ ✳ ✳
視界に入ったものにマナは理解するまで時間がかかった。明様に場違いな黒い蝶が、ひらひらと飛んで来て自分の指先に止まったからだ。
さっきまで自分は重暗い部屋の中にいたはず。それなのに、そんな場所とは似つかないような、漆黒の色を宿した蝶が右手の指先に止まっているのだから、驚くのも仕方がない。脈々とした翅脈に、周りの色を全て吸い込むような2枚の真っ黒の羽の迷蝶。どこからか部屋の中に迷い込んできたのだろうか。
(いや違う。ここに私が来たんだ)
指先の蝶以外のものに目の焦点を合わせてみる。明らかにさっきまでいた場所と違う。それで気付いた。この蝶が自分の所に来たのではなく、自分がこの蝶がいる場所に来たのだと。
(傷は…塞がってる。魔力は…変な感じだ)
魔力はある。しかし、揺らぎ方がおかしい。明らかに、先程いた場所と時空の波長が違う。不思議な感覚に、マナは現状把握すべく思考を巡らせる。
体のあちこちに開いていた傷は全て塞がっている。苦しかった肺も今は良くなっている。安定しない魔力。見知らぬ土地に場違いな黒い蝶。そしてこの状況。
(まさか、あの世とか…馬鹿げてる)
あの世など現実的ではない。マナは以前読んだ書物で読んだ内容が頭をちらついたが、人間が創り出した空想だと決めつけていた。死後の魂は現在の魔法技術では観測出来ない。だからこそ勝手に都合の良い解釈を人間が創り出したのだと、そう思っていた。それは今まさにこの瞬間でも信じられていない。
「その蝶が我以外に懐くのは珍しいな」
「ッ!?」
気配など全く感じなかった。
突如後ろから聞こえた声に、マナは半ば反射的に振り返った。油断をしているわけではなかった。けれど、声が聞こえるまでその存在に全く気付かなかった。そしてそれは今も気配を感じられない。
だがそれよりも圧倒的強者の覇気に、マナは微かに体が震えるのを感じた。科学派のヤツらに捕らえられ迫害された時も、死ぬ直前ですら感じなかった程に。
「だ、誰なの?」
燃え盛る炎のような蝶の羽を持ち、黒を主とする紅い着物を着た相手。名を聞くとフレイアだと告げた。
フレイアに名前を聞かれ、自分の名前を答えると「そうか」とだけ返された。
その死神は、近くで見るとどちらかと言えば少女のようであった。白い肌に華奢な体つき、そして思いの外美しい面持ち。
…戦わなければいけないのか、とマナは考える。できれば絶対にやりたくはないのだが。敵意は感じられない。ただ単に、己がフレイアと比較して圧倒的に弱者だからこそ単純に敵として見なされているだけなのか。フレイアがその気になれば、自分はどいとも簡単に斬り伏せられてしまうだろう。
あの世で死んだら魂は消滅するのだろうか。もし仮にそうだとすると、二度と妹に会えなくなるのが少し寂しいかな。
だが一向にフレイアが仕掛けてくるわけでもなく、かわりに黒い蝶が頭に纏わりついてくる。正直言ってやめてほしい。少しくすぐったいようなむず痒いような感覚に、マナは無意識に耳を振るわせ払おうとするが、すぐに戻ってきてしまう。ここまでしつこいとくると、頭に蝶がつくことを諦めるしかなくなってくる。
「フッ…」
すると、その様子が面白かったのか、フレイアは軽く吹き出して笑った。まさかこの状況で笑われるとは思っていなかったので、マナはフレイアを凝視した。
「…ああ、すまないっ。……っ」
謝罪されたが、込み上げてくる笑いを堪えているのだろう、変に唇に力が入り微かに体が震えている。
しばらくして笑いのツボが収まり、フレイアは開き直って話を始めた。マジでコイツなんなのと思いながら、マナは別にやることもなく、仕方なく耳を傾けた。さっきマナの頭の周りをハタハタと飛び回っていた蝶は、本当にフレイアしか懐かないらしい。ただ、極稀に懐く人もいるとかいないとか。まぁそんなことはさておき、蝶に懐くとか懐かないとかあるのか、とマナは一人で思った。
まぁ、その事について深く追求するつもりはないが、マナは一つ確認しておきたいことがあった。実際は、気になるけど知りたくないような、相対する気持ちなのだが。
「ここって…あの世であってる…?」
「そうだが?」
その質問にフレイアはコクリと頷いた。
「宗教や地域によって呼び方は違うが、要するにあの世…黄泉の国じゃ」
やはり、と言うべきなのか。マナの耳が少しだけ垂れた。
「後悔しているのか?」
「逆に後悔せずに来る人いるの?」
ここで正直に頷くような性格をしていなかったマナは、咄嗟にそんなことを口にした。
予想の斜め上をいった回答に、フレイアは先程堪えていた笑いとは異なる笑い声を上げた。
再びフレイアは「すまない」と謝罪するが、全くもって反省の色が見えない。心の底から悪いとは思ってもいないし、笑いを堪える様子もないようだ。
先程から訳も分からず笑われてばかりで、流石のマナもイラッときた。
「マナよ」
「…何?」
名前を呼ばれ、ぶっきらぼうに返事を返した。自分でも随分とまぁ失礼な態度である自覚はあるが、フレイアは気に留めず話を続けた。
フレイアの言葉に、マナは思わず呆気に取られた。何言ってんのコイツ…?と。それもそのはず、今までの人生を全て話せというのだから。
…一体どこから話せばいいのだが。思い出せる限り一番古い記憶から?そもそも、過去の話はそう面白いものばかりではない。特に最後の方、私が最初から‘無い物’かのような扱いを受け、非人道的な果てしない人体実験の末、最終的に生きたまま培養槽に入れられて死んだのだから。第三者からすれば胸糞な内容でしかないだろう。それでも某死神が話せというのだ。意味がわからない。
もしかしたら、フレイアはただの暇つぶしのつもりなのかもしれない。それならそれで丁度いい。
どうせ、あの世でやることなんてない。やれることがあるかは知らないが。
一体、どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
あれから数時が経ち、フレイアに全てを語り終えた。
やっと話しきった…。謎に疲労感と倦怠感が溜まる。黄泉の国に体力とかの概念があるかは知らんが。
ちらりとフレイアの方を覗けば、それなりに満足そうな顔をしていた。
「…まさか、面白かったの?」
「十分には」
嘘ではないのだろう。明らかに声のトーンがさっきよりも高いし、最初出会った頃の圧倒的な覇気も感じ取れない。
「…さっきの質問だけれど、本当は後悔してるわ。最後に、もう一度妹に会いたかった…」
自らの最愛の妹に…
だがそれはもう叶わぬ夢だ。
「叶えてやろうか?」
「は?」
フレイアの言ったことが理解できなかった。そのせいで長い沈黙が続く。今、フレイアはなんと言ったのか。虫が良すぎる話ではないだろうか。聞き間違えか。
マナは思わず言葉を詰まらせると、フレイアは愉快そうに言った。
「ただし、条件があるぞ?」
日本古代の言い伝えでは、「黒い蝶は黄泉へと誘う」という伝説が残されている。これは、黒い蝶—すなわちクロアゲハがヒガンバナの蜜を好み、ヒガンバナは墓地に植えられ彼岸の時期に咲くことなど死を連想させることから、このような言い伝えができたと作者は考えている。
今作は、短編‘まだこっちに来ちゃダメ’の舞台裏の設定。フレイアがマナにどんな条件を掛けたかはそこでご確認ください。
ちなみに某死神はマジでただの暇人です。




