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うっすら霊感サラリーマン

使いっ走りの休日

作者: 紡里

三連休いかがお過ごしですか。

三連休×ホラー(霊感サラリーマン)をお楽しみください。

 原水爆反対の広告の仕事が入ってきた。

 関係者との連絡調整や打ち合わせの内容をまとめながら、あと少しで三連休だということを心の支えにして働いていた。


 人混みが苦手だから、出かけるつもりはない。

 そのぶん、家で思いっきりゲーム三昧!

 ずっとやりたかったあのタイトルを、誰にも邪魔されずにとことん楽しむのだ。



 ところが、三連休まであと一週間という頃になって、なぜだか「小倉に行かなくては」という気持ちになった。


 胸の奥が妙にザワついて、落ち着かない。

 例えるなら、家を出たあとに「鍵、かけたっけ?」「エアコン切ったかな?」と気になって仕方がない、あの感じ。


 こんな状態じゃ、気が散って、ゲームを心から楽しめそうにない。

 ――気になることは、解決しておこう。



 三連休直前で、もう飛行機は満席。

 行きは新幹線、帰りは夜行バスをなんとか予約した。

 直前だから割引もないぜ。

 現地に泊まらず、まさかの日帰り。

 我ながら、何をやってんだかなぁ……と思いつつ、そんなこんなで三連休に突入した。




 それにしても、なぜに小倉?


 小説や漫画、ドラマの舞台として出てくることがあっても、突然現地に行かねば!というほどの熱量には心当たりがない。

 最近のアニメはノーチェックだから、いわゆる「聖地巡礼」的な動機も特に思い当たらず。


 歴史好きの視点から見ても、鎌倉時代の元寇は……二階堂氏が防衛に関わっていたらしいけど、一般人が下調べもなしに痕跡を探すのは難しいだろ。普通に無理ゲー。

 幕末の推しは新撰組だからね。

 長州、薩摩方面はあえて避けて通ってきたというか、まだ手を出してない沼というか。


 うーん……ほんとに、なんで小倉なんだろう?




 新幹線は思ったよりもトンネルが多くて、景色があまり見えない……と思ったところまでは覚えている。

 そのあとの記憶がない。

 気づけば、いつの間にか眠っていた。

 肝心の「海の下」を通過したタイミングもわからずじまいだ。


 人生初の山陽新幹線だったのに……!

 この溜まりに溜まった疲労が、ただただ憎い。




 小倉駅で下車し、小倉城に向かう。


 ……小倉城は工事中。

 はあ?


 説明を読んでみると、耐震補強工事の入札が不成立だった。次の入札は成立して、現在はその真っ最中。

 一回目の入札が成立していたら、修復が完了してリニューアルしたばかりの小倉城が見られた……だと?


 ちょっ、ちょっと待て。

 ほんと、俺、何しに小倉に来たの?


 交通手段を確保したら妙な焦りがなくなったから、何かあると思ったんだけど……。



 肩を落としながら、スマホで周辺の観光情報を見る。


 森鴎外の住んでた家……「舞姫」。

 エリートのモテる自慢かよって思っちゃって、ぶっちゃけ好きじゃない。

 僻み? 妬み?

 ああ、そうとも! 金髪美女が追いかけてくるって、普通に羨ましいだろ。

 しかも実話ベースの暴露小説なんて、今なら炎上案件だね。


 教科書に載っている文学作品も、結構ゲスい内容だったりするよなぁ。



 あてもなく、公園の方に足を向けた。

 ベンチにでも座って、夜行バスの時間までどうするか、作戦を練ろう。ひとり脳内会議だな。



 ベンチではなく、何かモニュメントが見えた。

「長崎の鐘と原爆祈念碑」?


 そういえば……小倉に投下する予定だったけど、視界が悪くて、長崎に投下されたんだっけ。


「自分のとこじゃなくてラッキー」なんて言うんじゃなく、慰霊するのか!

 なんて素晴らしい人間性だ。

 こんなこと、俺だったら絶対思いつかないわ。



 そのとき、うっすらと頭の中に浮かんだ。

 ……ああ、はいはい。

 この情報を部長か課長に伝えろ、と。

 この情報を知っていることで、何か有利になるんだな。


 それさぁ、部長か課長を直接呼び出せばいいんじゃね?

 なんで俺よ?

 無関係じゃないけど、ただの「使いっ走り」ってさぁ……。

 どっちも霊感アンテナの感度が鈍いんだろうけどさー。


 がっくりうなだれたら、メガネがズレた。 

 メガネを直して、深く息を吐く。これでミッションコンプリートっすね。



 ちょっとこの空気から仕切り直したくて、電車に乗って門司に移動した。



 門司港駅のホームはレトロな雰囲気。

 木の柱とか、シンプルな電球の傘、いいね。実にいい。


 さて、重要文化財の門司港駅の方は……保存修理中?!


 またか! ダブルパンチか。


 ……瞬間移動して、家でゲームしたい。今、切実に。


 親子連れが電車関係のイベント会場で楽しそうにしているのが見えた。

 所在なく……なんとなく山の方へ向かって歩いてみた。


 駅周辺の賑わいが嘘のように、誰ともすれ違わない。

 

 坂道を歩いていたら、頭の中にぼそっと声が届いた。


『あんなことになるとは思ってなかったんだよ』


 思わず立ち止まる。

 太くて低い、年を取った長老みたいな、威厳のある声。怒らせたら地面が揺れそうな気配。


 ああ、これは……この街を見守ってきた、「名もなき山」の思念か。

 原爆投下の朝、小倉に雲を湧かせたのは……。


 声に後悔は含まれていない。

 代わりに投下される場所があるということまで思いを馳せず、ただ、この街を守ろうとした。

 たとえ、知っていたとしても、同じことをしただろう。

 覚悟を持った、強い愛着と使命感。


 ――だからって、俺に言うことかよ。

 通りすがりの旅人ぞ、我?



 これ以上坂を登らないでいいと思えたので、山を降り始めた。


 バス停とかでもさ、なぜかじいちゃんばあちゃんに話しかけられやすいんだよな。

 昔話とか、近所の人の愚痴とか……。

「話しても大丈夫そう」な顔してんのかね、俺。


 もしくは、暇そうとか、気が弱そうとかってことか……?



 それにしても、そういうことは地元の霊感ある人に言ってよ。

 わざわざ関東の人間を呼びつけて、言うことじゃないだろう。




 坂の途中、左手に神社があった。

 坂を登るときは通り過ぎたけど、これもご縁かと寄ってみる。


 説明書きを読むと、ご利益に「眼病に効果あり」とある。

 ふむ、いいじゃないですか。

 せめて「山の愚痴」を聞いたお礼代わりに、視力をよくしてくれとお願いしておく。

 メガネをかけずに生活できたのは、遙か昔だ。



 坂道を降りきって、海の方へ向かう。


 そこには、観光地らしい賑わいが広がっていた。

 ……そうだな。なんでわざわざ山に向かったの、俺。




 旧門司税関をじっくり見学した。

 こういうレトロ建築、ほんと、いいよな。


 赤茶色のレンガに、白い窓枠がアクセントになっている。

 磨かれた木の床。重厚な扉、柱にも装飾が施されている。


 内装は平成に復元されたものらしいけど、正直、専門的なことはわからん。

 この空間に漂う歴史の薫り、それだけでじゅうぶん魅力的だ。

 あの時代の西洋建築って、なんていうか――気概と誇りが、石や木にまで染みついてる気がする。


 いやもう、細部まで見てられるな。窓から海が見えるのも気持ちいい。




 さて、お待ちかねの焼きカレー、いただきます。

 熱々の器の上には、とろりと溶けたチーズがたっぷり。

 カレーの香りに、焼かれたチーズの香ばしさが重なって……これはもう、食べる前から絶対に旨いやつ。

 スプーンですくうと、チーズの下からスパイスのきいたカレーと、ふっくらごはんが顔を出す。

 口に入れた瞬間、甘さ、辛さ、旨みがどっと押し寄せてくる。


 胃袋を刺激するスパイスの香りと、じんわり体を温める熱さ。

 気づけば汗がにじんでくるけど、それさえ心地いい。



 海を眺めながら、食後の散歩というのも気持ちいいね。

 関門海峡を船で渡るのも、歴史ロマンがあっていいな。


 ……壇ノ浦がちょっと恐いか。やっぱり、やめておこう。


 俺は視覚で視るタイプじゃないから、凄惨な景色が見えるわけじゃない。

 でも、左肩がつねられるように痛くなって、耳鳴りが酷くなるんだ。自分で、「耳なし芳一」したくなるくらい、耳元が不快で耐えられない。



 いい景色を見て、美味しいものを食べた後は、お土産ですよね。

 楽しそうに旅の記念品を選ぶ人々。


 「おお、こんなのがあるのか」

 お土産コーナーで、ひれ酒を発見した。

 地酒とどっちにするか、しばらく本気で悩んだ。

 今回は「面白さ重視」ってことで、ひれ酒を選択。




 門司で観光を楽しんだ俺は、小倉に戻って、帰りの夜行バスを待つことにした。

 こういうときって、変に手持ち無沙汰になるよな。この時間だけは、スマホゲーム解禁でいいか。

 あ、旅行中はゲームしない、というのをマイルールにしているんだ。



 バスの指定席には、目を温める使い捨てのアイマスクが置いてあった。

 新商品の宣伝かな。


 ……もしかして、これ、今回の「お遣いのご褒美」?


 あー、俺のは眼病じゃなく、目の疲れだと。

 ゲームのしすぎで、疲れ目から視力が落ちたんだ。

 眼病じゃないから、「ご利益の対象外」で治せません……ってメッセージかな。


 ……なぜか、ちょっと説教された気分。

 自分の目だもんな、自分でケアしなきゃね。


 アイマスクがじわーっと気持ちいい。今度、見かけたら買うか。

 うん、こういう宣伝広告も有効だと覚えておこう。




 帰宅してから、ニュースを見て驚いた。昨晩は、新幹線が設備の故障で運休していたらしい。

 もしかして、帰りの新幹線が取れなかったのは、これを避けるため……? 一応、帰宅するまで保護してくれていたって感じ?


 微妙に、ご利益はあったわけか。

 とはいえ、「ご利益があるはず」だと、小さな幸運を俺がこじつけているような気もするんだよなー。

 気のせい、妄想、そんなレベルの幸運だ。



 中途半端な霊感があるのも、何だかなぁ……。

 もう、呼ばないでほしいわ。


 いや、小倉城か門司港駅のどっちかが見られてたら、俺だってこんなにぐじぐじ言わないぞ? 

 両方ってあんまりだろって話よ。




 そうだ。連休明けに部長と課長に、小倉に長崎の鐘があるって、どう伝えたらいいかな。

 霊感うんぬんを伏せて……あ、職場土産を買ってくればよかったのか。

 バカだなー。

 いや、もう仕方ないじゃん。無計画に、急きたてられて行動したんだから。




 連休の残りは、絶対に、ゲーム三昧で過ごしてやる!

 そう心に決めて、シャワーを浴び、気怠さを解消すべく昼寝を始めたのだった。


小倉城と門司港駅の両方が見られなかったのは、十年くらい前の実話です。(一回目の入札不成立も) 2014年だったかな?

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― 新着の感想 ―
不可解な小倉に行かねばという衝動に駆られて旅立つ主人公に私も一体何がと引き込まれました。工事中の小倉城や門司港駅と名もなき山の思念との遭遇など期待通りの展開にならず、ツッコミを入れている主人公の心情が…
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