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8 王の決断

「どれだけ心配したと思っているんだ」


 帰城して開口一番に穏やかな父が怒った。


「申し訳ございません」


 代表してアーサーが謝った。


「二人は?」

「その。ごめん……なさい」

「……ごめんなさい」


 謁見の間での公開説教、時折叱られたがさすがにこういうのは初めてだった。家来がたくさん集う中で何だか心地悪い。


「ジェームスに聞いて心底驚いたが、そなたたちにはそういう機会も必要だったろう。頭は冷めたか」


 ああ、そうか。皆分かっていたのだなと昨夜の静けさが腑に落ちる。国王の背後に控えたジェームスをちらりと見るとニコリと温かい視線で微笑んでいた。


「ジェームスを叱ったりしないでください。ジェームスは……」

「案ずるな。代わりに今お前たちを叱っている」


 アーサーは口を噤んだ。エドも苦々しい表情でウィーンも視線を落とす。


「町に出て良い機会は得られたか」

「はい」


 背筋を伸ばし毅然と声を張ったのは長子であるアーサーだった。


「陛下に我々三人からご提案があります」


 その決意をこめた言葉に身が引き締まる思いがした。今から話そうとしているのは昨日皆で話し合ったことだ。胸の奥がひりつくが今日だけは泣かないと決めた。父を見ると疲労したような、でも一応聞いてくれる様子でこちらを見ていた。


「三人で神に世界の救済を頼みにいきたいのです」


 真っ直ぐな眼差しでそう告げると一刻置いて国王は「そうだな」と吐息した。そのことが驚きでもっと反対を受けると思っていたから、意外だった。


「司教さまにお聞きしたいと思っていたのだ、丁度いい」


 後ろに控えていた神父に向かって国王が話しかけた。


「えっ、司教さま!」


 ウィーンはあまりの驚きに言葉をつい漏らしてしまった。なにせ穏やかな、しがない神父だと思っていたのだから。

 司教は進み出ると穏やかに頭をさげた。


「この世の天上にブルーローザという国があって、そこには神がいて。神の予言で八年後世界は滅ぶと。これはどれほど信頼に値する事実なのだ」


 国王の嘆きに司教は真剣な顔で答えた。


「王子さま方に少しお伺いしました。率直に申しあげてそのノアという男が信頼に足るかどうかは私にも判断しかねます。ですが、先日あの船の舞い降りる姿を見ました。天意を乗せた船ならばあのような奇跡、理解できなくはないでしょう」


「そうか」


 頷いた国王に向けて司教は言葉を継ぐ。


「申し上げますと、この頃世界で妙なことが起こっているのです」

「妙なこと?」

「虫が大移動をしたり、生き物が反乱を始めたり。雨が降らずに枯れた地域があるのです。これを天の異変と捉えるならば、もしかすると本当にそのようなことが起こるやもしれません」

「本当か」


 問いかける国王に国務大臣が手を組んで頭をしかとさげる。司教は自らの思いを告げた。


「神の怒り、沈められるものならば私の命であがないましょう。ですが、もはやそれで治まらぬほどに強い怒りなのかもしれません。直接会い、救済を願うことができたなら」

「しかし、あのような素性の知れぬ者に大事な息子たちを預けることなど」


 王は戸惑っていた。すると隣の王妃が物憂げな視線をあげた。


「それに関しては家臣たちとも少し話していたのです。王子たちを大使として同行させてはどうだろうと」


 王妃の声は幾分か冷静だった。


「いかせて下さい、お母さま」


 手を振り払いながら主張するアーサーに王妃は悲しい目を向ける。


「母の愛を分かっているのですか」


 王妃は声を荒げた。いつも理知的で温厚だった母の初めての声に三人して驚く。それ以上アーサーは言葉を継ぐことが出来なくなってしまった。

 重たい沈黙に小さなのどの奥が震えた。目頭が熱くなる。母を見るとこの上なく悲しそうな顔をしていた。震えた言葉の余韻についぞ我慢ができなくなり、ウィーンは玉座に走り寄ると王妃の膝に顔を伏せシルクのドレスにすがりついた。


「お母さま、ボク離れたくない」


 涙声になる。やっぱり泣くことは我慢できなかった。不作法だがそれを咎める者はなく、王妃は優しく抱きしめ、国王も立ちあがりウィーンの小さな背中をさすった。


「ウィーン、理解して欲しいのです。あなたたちだけでも生き延びてもらいたいという父と母の、皆の願いを」


 清らかな涙がこぼれ落ちた。見あげると気丈な母もまた泣いていた。とても悲しくて、それでもそれ以上の不平をいうことはできなかった。



       *   *   *



 後日、再び王城に奇術師ノアが招かれ、謁見の間でまみえた。


「再びお招きいただきまして光栄です」


 同じ服を同じように着て、同じ口調で全身で喜劇を演出するように彼は喋る。まるで舞台役者のようだ。

 彼がひとしきりの挨拶を終えると王がセシルブリュネの総意を伝えた。王子たちを大使として差し向けて神に慈悲を請うという計画を。


「構いませんよ。どのように彼と会話しようとあなた方の自由です。ただし」


 不思議なリズムに皆は聞き入った。


「同行者は連れていけません。飛空艇は神の偉大なる意思を乗せた神の船なのですから。彼の意思に背くことはいっさいできません」

「アーサーは十二歳、エドアルドは九歳、ウィーンに至っては七歳なのだ」

「存じております」


 ノアはさっと帽子を外して、胸元に引き寄せておじぎをした。


「せめて執事くらい同行することは」


 焦った口調で国務大臣が提案をする。


「世界の未来を担う大切な王子さま方は、私が責任を持ってお世話したく思います」


 そういい切られてしまっては継ぐ言葉がない。国王は少し考えているようだった。


「陛下心配なさらないで下さい。いざとなれば私が盾となり、エドアルドとウィーンを守ります」


 アーサーの崇高過ぎる志を王妃は否定した。


「自分の命を軽く扱ってはいけません。あなたは母の大事な息子なのですよ」


 その言葉に反応してノアは自身の帽子のピンクの羽を引き抜いた。


「心配せずとも王子さま方は命に代えてこのノアがお守りします。誓いの証としてこの宝物を置いていきましょう」


 そういって羽を掲げた。それを召使いが受け取り国王に手渡す。


「これにはどんな意味があるのだ」

「生まれて初めての友達に貰った命より大切な品です」


 国王は憂えた瞳でピンクの色をひとしきり眺める。この羽ひとつで信用できるほど息子たちの存在は軽くないのだ。だが羽を召使いに手渡すと偉大なる国王は覚悟を決めた。


「セシルブリュネの大使として三人の王子を派遣することと致す。神にまみえ、国の意思を伝えよ」


 立ちあがり宣言した国王に向けて、三人の王子は静かに礼をした。



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