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7 セシルブリュネ大聖堂

 お願いのできなかったエドとウィーンの代わりにアーサーがしっかりと神父に教会に泊めて欲しいと頼んでくれた。こういう凛とした姿を見ているとやっぱり年長者なのだと思う。

 神父はその願いを快く受け入れてくれた。さっそく空いている部屋に荷物を運びこみ清潔な黒の修道服に着替えると三人ではにかんだ。誰一人修道服が似合っていない、とくにエドはひどい。腕まくりなどしている。


 礼拝堂の掃除などを懸命に手伝って残りの日中を過ごし、夜になると呼ばれて食事部屋へと向かった。茶色を基調とした落ち着いた部屋の長テーブルに修道女が横並びに着席して、端の席に神父が座っていた。神父の後ろの壁には小さな宗教画が飾られている。三人が空いた席に座ると神父のかけ声で祈りが始まった。


 城の礼拝堂でも祈ったが、ここでの祈りは格別である気がした。命を奉げるものへの感謝、食事ができる有難み。この度の所業がどんなに理不尽であろうとも、実際の自分たちは神の大きな愛によって生かされているのだと。

 少ないスープとパンで知る。質素な生活の中で彼らはこうして小さな恵みを大切にしているのかもしれない。静かに食事をする教会の人々を見てそんなことを思った。


 食事を終えて修道女が部屋に帰り、神父と三人の王子たちが残った。ロウソクの明かりをはさんで対面に座り、質素なティーカップに注がれた紅茶を飲みながら、神父の静かな語りを聞いた。


「神が大地を作られたとき、神はこの世界に対していくつかのことを願いました。世界が恒久に平和であること、人々がともに助け合うこと、神への祈りを忘れないこと。そして大地の豊穣と人々の繁栄を願われたのです。ですが、時に人は同族で争い、星の命を搾取しました。傷つけるということです。ゆえに神は我々には理解しようのない怒りを抱いておられるのかもしれません」

「難しくて分かんねえ」


 エドがずずっと紅茶を啜った。


「はしたないぞ、エド」

「構いませんよ」


 神父はにこにこと笑う。


「父が、……父はどうして人々に真実を教えないのでしょう」


 神父は沈んだウィーンに微笑みかけた。


「国王という地位にある方はすべてを見通し冷静な判断を下せる方でなければ、上手くはいきません。ときに真実を伏せることも重要なのでしょう。国民を愛されているのですよ」

「父を疑っているわけではありません。でも、町の人々の様子を見ていると悲しくなるのです」

「喋らなかったのですね、貴方さまはよいお子だ」


 その言葉の温もりにまた涙がでそうになる。


「神父さま、神の怒りを鎮める方法は無いのでしょうか」


 アーサーが冷静に問いかけた。兄は事態の打開策をなんとか見出そうとしているらしかった。


「昔は生贄だとか、人柱なんてものがありましたけれど」

「なんだそれ」


 不作法なエドの会話を打消すようにアーサーが言葉を継ぐ。


「神父さまが神に願って下さいませんでしょうか。地を滅ぼすのは止めてほしいと」


 すると神父は目を閉じて、思考を巡らせた。


「神はときに救いをもたらし、ときに絶望をもたらします。気まぐれなんてない。それは偉大なる神の意思なのかもしれません」


 深刻すぎる言葉にアーサーは何もいえない様子だった。実際に神がこの大地を滅ぼそうとしているのならば回避する手段はもうないのかもしれない。あまりに深刻過ぎて会話が止まる。


「神さまってどこにいるのかな」


 ウィーンはぽつりと呟いた。


「それだよ、ウィーン!」


 ティーカップをがしゃりと置いて突然エドが閃いたように声をあげた。


「オレたち会いに行こうぜ、この地を滅ぼすのを止めてくれってお願いにいくんだ」

「そんなこと……」


 アーサーは半ばあきれたように見ている。


「あのへんてこ、神と話したっていってただろう。オレたちも神さまと会話しに行くんだ」


 エドはよく冗談をいう。それでこれまで何度も自身は騙された。でも、今のこの瞬間だけは正直に話しているのだと思えた。


「案外いいのかもしれませんよ」


 三人兄弟は驚き振り向いて神父の話に聞き入った。


「お三方のお気持ち、セシルブリュネと人々を心から想われていること。この国はなんて幸せなのだろうと思います。自分たちは助かるというのにそれにあやかろうともしない真っ直ぐな心。私が同じ立場であったならば私欲を考えます」

「私欲ってなんだっけ」


 エドがウィーンを見た。


「自分さえよければいい。他者は気にしないということです」

「ああ、そう」


 エドはそういって言葉を噤んだ。


「私には教会で祈ることしかできません。ですが、認められたあなた方でしたら神と対話しそれを願い出ることもできるやもしれません」

「セシルブリュネの大使として神とお会いするということですか」


 アーサーは時々複雑な言葉を使うなとウィーンは思った。


「国王陛下とご相談して、対策を練られるというのはいかがでしょう。運命から逃げても前には進むことができませんから」


 そういって手をそっと組んだ。


「神父さまは死を受け入れておいでですか」


 アーサーの静かな問いが少しの沈黙を作った。


「私も人ですから」


 人だから死を受け入れているのか、人だから死を受け入れられないのか。ウィーンはそのニュアンスが分からなくてどちらなのだろうと考えた。


「同じ使命をもって向かう者ならば、互いに助け合いどんな時でも信じあわなければなりません。互いに譲れないこともありましょう。兄弟ゆえの甘えもありましょう。ですが、困り果てたとき、最後に助けてくれるのは他人ではなく血を分けた兄弟なのです」


 あっと、思ったけれどそれ以上はいえなかった。当のケンカしてしまったアーサーとエドは気まずそうに視線を伏せている。


「こういう問題は時間が解決してくれるものなのですよ。素直になるには満腹のお腹と心安らぐ時間が必要ですから」


 神父は紅茶を飲みほしほんのり笑顔を浮かべる。


「良い茶葉でしょう。カップは貧相ですけれども王宮の味に負けちゃいませんよ」


 三人はいわれて残りの紅茶を飲みほした。正統派の飾らない味がする。カップを置くとなんだか心がほっと落ち着いた。


「今日は教会に泊っていってください。上等ではないけれど良いベッドですよ。明日、私も一緒にお城に参りましょう」




 その夜、三人は同じ部屋でそれぞれのベッドに横たわり静かな会話をした。


「お父さま怒っているかな」


 ウィーンの問いかけにアーサーが答えてくれた。


「たぶん心配している」


 ウィーンのベッドからは窓が見えて、特等席だ。紫紺の空に小さな星が輝いて、外に騒ぎが起きている気配はない。ジェームスはどうなったのだろう、咎められてやしないか。城の者たちは探していないだろうか。


 沈黙の中、ずっとなにかを考えていたエドが話しだした。


「なあ、アーサー兄さん、ウィーン。オレたちでお願いにいくんだよな」

「お父さまが良いっていえばの話だ」

「オレ、こう神父さまの言葉熱くなったんだ。三人兄弟で助け合うっていうの」


 エドは熱い想いを胸になにかを語ろうとしている。でも彼の話はいつも抽象的でときおり遠回しだから、小さなウィーンは頭を働かせて聞く必要性がある。


「ケンカもしたけどさ、オレたち仲良しだよな」


 同意を求めた言葉だったけれど、そうだなとはアーサーは答えない。ウィーンは口をはさむべきではないなと黙った。


「ごめんなアーサー兄さん」

「いいよ、別に」


 オレも、とはいわない。高慢で少し面倒くさそうな声にウィーンは笑う。いつものアーサーだった。

 ウィーンは二人の兄のやりとりを心地よく聞きながら枕元の『うさぎの冒険』に触れてみた。大切な宝物と引き換えに手に入れた大事な本だ。今すぐ読みたいけれど、読む前のワクワクと心を弾ませる時間も大事にしたい。

 ボクたちはうさぎ、アーサー兄さんもエド兄さんもうさぎ。セシルブリュネは真っ白なうさぎの国で。そんなことを思い浮かべながら気がつくと眠ってしまっていた。


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