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Noah【ノア】~天空都市ブルーローザへの旅立ち~  作者: 奥森 蛍
8章 天空都市ブルーローザ
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3 閃光のとき

 意識がもうろうとして、景色が見えない。やがて訪れる白の世界。ああ、また再び眠りにつく時がきたのか。ボクはもう何度も何度もこの眠りを繰り返してきた。大事なものを忘れ、世界を忘れ、自分自身さえも忘れ。今度目覚めるときには世界が一新されている。世界は悲しみと後悔を内包しながら新たなる世界へ。


「ノア!」

「ノア!」

「ノア!」

「ノア!」

「ノア!」

「ノア!」


 六つの呼び声が聞こえる。返事もできない、声が遠のいていく。さようなら、ボクの愛しき……


「ダメだ! 起きてノア」


 ウィーンはノアの体を揺すった。呼吸はあるが、すでに柳のように脱力して意識がない。悠久の眠りについてしまったのか。


 アーサーは落ちていた短剣を拾った。それを目に留めたウィーンは怒る。


「アーサー兄さん! なにしようとしているの!」

「仕方ないだろ、これがノアの意思だ」


 皆で固く瞳を閉じたノアを見た。




 ノアは記憶の海の中を彷徨っていた。新しい記憶から順に逆再生されていく。旅の記憶を遡って魂が安らぎの地へ旅立とうとしているのだ。

 鮮明な記憶が流れて過ぎた。ブルーローザへ突入する前夜のこと、最後の食事の記憶だ。家族で過ごした心が温かくなるとてもとてもいい時間だった。


 船の記憶が去り、現れたのは始まりの森で別れたグリフォンたち。そしてシルフの怒った顔。ああ、ボクも帰りたかった。年老いた彼らは森で静かに暮らせているだろうか。

 やがてルイーザストーンで出会った三人の伴侶たちの顔が浮かぶ。未来の王妃サラ、イブ、エリー。どうか甲斐甲斐しく王子たちを支えて欲しい。彼の国は名残惜しいほどに素敵だった。皆で見たお芝居は悲しかったけれど、とても楽しかったね。


 貧しきリアチュチュでは悲しい世界の現実を見た。子供が売られることに心を痛め泣いたエド。辛い思いをさせたね。子供は幸せに育つ権利を持って生まれてくること、今なら少し分かる気がするよ。

 ラマリエ大陸の戦争は愚かだった。国土を巡って人が殺し合う。戦争という愚かなものがこの世界には確かに存在しているのだ。そう、人は最後まで理解し合うことができなかったのかもしれない。


 初めてキミたちが乗船したときのことを昨日のことのように覚えているよ。キミたちはガリバルダ号にひどく感動していた。船内の探検は面白かったよね。そして三人は幼く、故郷に戻れないことを泣いていた。あのときの決闘をボクは忘れずに覚えている。アーサーはずいぶん強くなったから、今なら勝てる気がしないよ。皆で積み重ねた食事の時間はかけがえのない宝物だ。


 豊麗な国セシルブリュネの三人の選ばれし王子たち。しっかり者のアーサー、お調子者のエド、泣き虫のウィーン。出会った、出会ったあの瞬間からボクは……


 記憶の絵が一点の光に集約していく。まるで光のイリュージョン。思い出は儚く消えてゆく。目くるめくスピードですべてが去り、記憶の奥底で最後に見えたのは一輪の青いバラ。


 そう無限の夢に咲き誇っていた青いバラだった。


「待って!」


 サラが叫び、アーサーの腕をつかんで引きとめる。

 水筒の水を浴びた青いバラがきらりと輝いた。水滴で光っているのではない。バラ自身がいっせいに青の光を放ち輝き始めたのだ。

 まるで奇跡のような光景に皆、言葉を発せないでいた。原に敷きつめられた青の光はノアの体をぼうぼうと覆っていく。夢幻のごとくノアを包みこんで大きな光のかたまりとなった。途端、気絶していたノアが声をあげて悶え始めた。


「くっ、がああああ」


 喉を押さえて七転八倒している。右に左に体を揺り動かしながら暴れ回り、大きく体を反らしたあと、がっとバラの上に宝石を吐いた。

 こぼれ出たのは巨大な宝石。グリフォンたちが吐いたものよりひと際大きく、虹色で輝きも強い。

 バラの光が消えると間もなくノアの体が光り始めた。

 大きく伸びるように広がり、赤子のように縮んでは拡大収縮を繰り返す。体が元に戻ろうとしているのだ。

 そうした長い変化のあと、光が去り一人の老人が姿を現した。


「ノア……」


 信じられない思いでウィーンは彼を見た。乾き切った肌に刻まれた深いしわ、煌びやかだった髪は白く褪せ、指はやせ細り、彼は長いときを経てようやく老人に戻ったのだ。


「水晶を……」


 倒れたままのノアがしわがれた声でつぶやいた。


「今さら、遅い。世界はもう終わる」


 神の声に呼応するように世界を黒雲が覆い始めた。晴れ晴れとしていた空に雨雲が広がっていく。世界を沈める戒めの雨、ひと度降り始めたら地上を洗い尽くすまでやむことはない。

 老人ノアの怒号と神が杖を振り下ろし落雷が落ちるのは同時だった。


「砕けえ、アーサー!」


 アーサーは短剣を振りあげ、真っ直ぐ水晶へと振りおろした。




「遅かったか」


 ばらばらに砕けた水晶を見おろしてアーサーがつぶやいた。ブルーローザに変化は起こらなかった。落雷は落ちて、世界を暗黒に沈めていく。

 泣きたい気持ちがこみあげた。どうか、どうか祈りよ届いて欲しい。祈るような気持ちで曇天を見つめていると大きな地揺れが始まった。皆バランスを崩して膝をつき、互いの体を支え合う。天変地異が始まったのか……


 丘の頂きの神に目をやると怒りに震えていた。


「お前たちの愚かな行為により、世界は再生への道しるべを失ったのだぞ」


 その言葉で神の計画が破綻したことを知った。まっすぐな目でノアは神を見てこういった。


「世界を過ちから救うのは神ではないのです」


 本心から出た言葉だろう。だがその声が当の神に届いていたかは分からない。神は腹立たしそうに渋面を残したあと、どこかへと消えた。

 神のいなくなった頂きで巨大水晶が音を立てて真っ二つに割れた。徐々に振幅が激しくなっていく。ブルーローザの崩壊が始まったのだ。


「ブルーローザが崩れる、逃げるぞ!」


 アーサーの声に無言でうなづき、動物たちをともなってガリバルダ号へと懸命に走った。走れないノアはゾウの背に乗せて、小動物も大型動物の背に乗せて。

 刻一刻と崩壊していくなか、地割れで寸断されて通れない道を回避しながら、なんとか南岸へとたどり着く。すべての動物の乗船を確認すると架橋を急いであげて、安全な船内へ避難する。丈夫な柱につかまり、衝撃へと備えた。


 空が黒に染まり天空都市ブルーローザの崩壊の序曲が奏でられいく。


 力がすっと抜け落ちるような感覚が訪れて、船が自由落下を始めた。水晶の崩壊により浮力を消失したガリバルダ号は地上に引きつけられるように落ちていく。悲鳴を上げることもできず柱にしがみついていた。次第に足が浮いて、体が宙を舞い、全身が天井へと引っ張られる。


「くっ、ああ」

「つかまれ!」


 数分間落下をして、直後叩きつけるように海水に衝突し、巨体がぐんと大きく沈みこみ、ざぶんと海水を跳ねあげながら勢いよく浮上した。

 そのまま崩壊し海に沈むのではないかと思うほどの衝撃だった。


 衝撃が落ち着くとなんとか無事に生還した六人は甲板に出て外の様子を眺めた。


 空からまるで氷山が降るように、巨大な宝石が海へ次々と沈んでいく。巨大な飛沫をあげながら。その崩れゆくさまを呆然として見送った。

 しばらくして崩壊が止まり、海が凪いだあと、皆で言葉もなく海面を見つめていた。なにも心に浮かんでこない。やがて静かな甲板にぽつりぽつりと静かな雨が降り始めた。

 雨が荒れた感情を洗い流していく。その心地よさに瞳を閉じた。

 次第に雨があがり雲が東へと流れていく。空が晴れると大きな虹がかかっていた。吉兆を感じて、呼んでもいないのに動物たちが船室から出てきた。


 皆で空を見あげているとエドがぽつりつぶやいた。


「これでよかったのかな」


 イブがふんと吐息する。


「よかったに決まってるじゃない」


 エドの頬を思いっきり引っ張った。


「いででででで」


 甲板の空気が少し和んだ気がした。そのやり取りにふっと笑むとノアは手を翻した。その手に現れたのは青いバラ、ブルーローザだ。まだ持っていたのか。


「青いバラの花言葉を知っているかい」


 バラを手にノアは六人に問いかけた。答えたのはアーサーだった。


「存在しないもの、じゃないのか」


 そうルイーザストーンで知ったときにアーサーは騙されたと思ったのだ。それで喧嘩したことも覚えている。くつくつと笑うとそういう意味もあるんだけれどね、と彼はいった。


「他に意味があんのかよ」


 エドの問いかけに微笑むとノアは静かにいった。


「夢は叶う」


 夢は叶う――ウィーンは目を見開いた。その言葉に青いバラの奇跡を重ねた。光輝いたあのバラの原でノアの身に起きたことはもしかすると青いバラの奇跡だったのかもしれない。おそらくあのとき、あの瞬間、青いバラはノアとボクらを助けたのだ。そう思うと鼻の奥がつんと痛んだ。


「キミともここでサヨナラだ」


 別れの言葉とともに最後の一輪が散っていく。青の花びらは海面に舞い散ると揺蕩いながら海へ沈んでいった。それは天空都市ブルーローザの最後を示しているようでもあった。

 ノアはしわがれた声で世界への展望を告げた。


「神さまは二度と世界を滅ぼしたりはしないだろう、永遠に」


 そう、少なくともブルーローザという存在が地上を脅かすということはなくなったのだ。でも、きっと自分たちはこのことに安堵していてはいけない。この一連の出来事はすべての人類へ向けての神の警告だったのだから。

 だから、これからの人生で自分たちはそれぞれの国の在り方を模索し、よりよき世界になるよう尽力しなければならない。

 兄弟で手を取り合って、なにがあってもその手を離さぬように。


 決意を胸に顔をあげると元気よくエドがいった。


「帰ろうぜ、セシルブリュネに!」


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