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5 城下町を彷徨う

 一時間ほどずっと町を彷徨っていた。

 蛇の背筋のように長いバザールをゆっくりと歩く。昼下がりのにぎわう時間帯なのだろうか、あちこちでゆるやかな値段交渉が行われている。城から見た時にはこれほど活気ある場所だと想像していなかった。

 人々の日常会話を拾いながら、ときおり聞こえてくるのはあの飛空艇の話題だった。


「あの船が舞い降りるところを見たか、とても馬鹿でかい。風の噂では神の使者が乗っているという話だ」

「いよいよこの大国が召されるときが来たか」

「国王が対処して下さっているそうだ、麗しきこの国に天啓が下ったのかもしれないな」


 なんて希望的観測なのだろうとウィーンは思う。人々の言葉に恐れの色はなく、あの災厄を連れてきた船をまるで神さまの興行のように扱っている。おそらく騒ぎを起こさぬための国の配慮があったからだろうが楽観視し過ぎではないか。


 方針を決めたのは父だと想うとそれもまた悲しい。その背後で蠢いている恐ろしい真実を人々は知らないのだ。そして、その真実を口にすることができずに自分は黙って兄たちについていく。無言の兄たちもまた自身と同じもどかしさを抱えているのかもしれなかった。


 しばらく町を歩いたが漠然とした目的しか無いのでとにかく足取りは重い。アーサーが前を歩き、その後ろにエドとウィーンが横並び。目下の目的は住んで働くところを探すことだった。

 アーサーは宿屋がいいといっていたが、宿屋は既にたくさんある。なのに取り仕切るアーサーは振り向きもしない。

 ウィーンが声をかけても、「あそこは格式が高いから兵士たちも来るからバレる」だとか「安宿過ぎて給金が望めない」だとか。難しい理屈ばかりつけるので、エドは半ばふてくされて、ウィーンはそれでも兄に着いて行こうと、懸命にアーサーの背中を追った。


 一時間ほど歩き続けてようやく納得したようにアーサーが小綺麗な宿の前で止まった。


「ここに入ろう」


 アーサーに続いて二人は中へと入った。

 中は国花である白バラが芳しく香り、けれども穏やかな木目が緊張感を作らない趣味のいい内装だった。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの向こうで痩せた宿屋の若い主人がにこにこと応対した。


「お泊りですか」

「あ、いや。そうではない」


 少し戸惑ったような、でもいつもよりは少し控えめの態度でアーサーが応じた。主人は不思議そうな顔で三人を見ている。


「その。ここで働かせて貰えないだろうか」


 主人は相変わらずの不思議そうな顔で首を傾げた。


「ごめんね、ウチは子供は雇っていないんだよ」

「働く気はある」

「キミはいいよ。でも、あとの子たちは弟かい。若すぎるよ。任せられる仕事が無いんだ」

「仕事なら何でもあるだろう。客の世話や水汲みに……」


 強気で上から目線のアーサーの物言いにさすがに苛立ったのか、男性は態度を翻して不機嫌な様子でいった。


「口の利き方を知らない子は働ける年齢でも雇えないよ。他を当たってくれ」


 だんっとカウンターに呼び鈴を置くと主人は奥へと引っこんでしまった。


 怒らせてしまったのかと、兄弟で唖然としているとアーサーは自尊心が許さなかったのか、顔をくっとあげて堂々と宿屋を出る。


「次の宿屋を探そう」


 結局、その調子で二店舗ほど宿屋を回ったがどちらも気の無い対応で、アーサーはさすがに腹が立ったらしく探すのを止めて、広場の噴水の縁に座りこむと不機嫌に黙りこんでしまった。

 昼さがりの長閑な時間。本当なら楽しい物がいっぱいなはずの城下町にも心が躍らない。行きかう人々は自分たちの大きすぎる悩みをこれっぽっちも理解してくれないだろう。


 噴水のそばで初老の男性がハトに餌をやっている。そのパン屑さえも恨めしい。


「なあ、アーサー兄さん腹減ったんだけど」


 時刻は既正午を過ぎている。朝食を取って以降何も食べていない。きゅうっと鳴る腹を押さえながらエドがいった。


「昼飯ぐらい我慢しろ。無駄にする金はないんだ」

「ジェームスに貰ったじゃん」


 アーサーはその言葉に腹が立ったようで、エドをきっと睨みつけた。その視線を感じてエドは黙る。だが、その重たい空気を堪えきれず、ため息を着くと「城に帰ろっかな」と頭の後ろで手を組んだ。

 アーサーはしっかりしているけれど、仕切りが強引すぎるのだ。その不満をいえずにウィーンはこれからどうすればいいか考えている。


「ねえ、アーサー兄さん。宿屋じゃなくても探してみない」

「宿屋だと住みこみで働けるだろう」


 強い口調が帰ってくる。アーサーは先のことまで考えているのかもしれない。


「あのね、ボク考えたんだけど三人バラバラで……」

「ダメだ」


 とても大きな声で否定されたので、ウィーンもそれ以上はいうことができず黙った。


「ああ、仕切る人がいると嫌んなる」

「なんだと」


 エドの言葉にアーサーが目を剥いた。


「いつもアーサー兄さんはそうなんだよ。自分で全部勝手に決めて」

「お前たちのためを思っていってるんだ」

「頼んでない」


 エドの声も負けずに大きくなる。威勢が増したのを感じたのか、アーサーは面倒くさそうにため息を吐き捨てると、手を振り払い首を背けた。


「じゃあ、勝手にしろ」

「ああ、そうするさ」


 エドはそういうと立ちあがって、即その場を立ち去った。


 迷いなくエドは離れていく。その背中を信じられない思いでウィーンは見た。言葉だけで、いかないと思っていたのに本当にいってしまった。遠ざかる兄の背中を見つめてウィーンは絶望的に悲しくなる。

 ケンカもするけど、仲良し兄弟。そう思っていたのに、これでは本当に仲の悪い兄弟だ。追いかけたい気持ちもあったが、いってはいけない。アーサーの機嫌も気になってしまった。


「いっていいぞ」


 ウィーンはそれを聞いてますます悲しくなった


「やめようよ」


 涙がぽろぽろとこぼれてくる。膝を抱えてシクシク泣いているとアーサーは言葉を継いだ。


「いってやれ」


 ウィーンはその言葉に従って立ちあがると泣きながらエドの後を追いかけた。


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