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6 永遠との別離

 森を黙々と歩いてしばらくするとアーサーが遠くを指差した。


「いた、グリフォンだ」


 目前に小さなエメラルドの泉があってその畔でグリフォンは大人しくたたずんでいた。


「無事だったんだね、グリフォン」


 ウィーンは背をわしゃわしゃと撫でる。愛しげに彼はきゅおおっと鳴いた。食事もとっていなかっただろうが、元気そうで安心した。

 フェンリルの背から降りるのをサラとアーサーが介助している。ノアは体を滑らせるようにしてずるずると地面にしゃがみこんだ。


「この場所になにがあるの」

「ウィーンキミの目は節穴かい。泉があるじゃないか」


 ノアは這うように泉に体を寄せた。


「幻獣はこの泉の水を飲んで体を神聖に保っているんだ」


 ノアがそばによると一陣の風が吹いて水面に波風が立った。

 風に目を背け、再び目前を見ると一匹の小さな獣が水面にたたずんでいた。ノアは亡霊を見たかのように驚き目を見開いている。


「シルフかい」


 獣は黙していた。


「キミが怒る理由は分かっているよ。すべてはキミの忠告通りになってしまったからね」


 シルフと呼ばれた獣はその淡いピンクの羽をそっとそよがせて水面を歩きノアに近づいた。「人の子をこの森に連れこむなんて、なにを考えているんだい。ノア」


 獣であるにも関わらず彼は穏やかに人の言葉を話した。ウィーンにも理解できる言葉だった。


「友の体を解放しにやってきた。この泉の水を飲むと幻獣は浄化される」

「それは別離を意味するのかな」


 シルフは静かに問いかける。別離、別れようとしているのかとウィーンは思った。それはノアの覚悟なのかもしれない。


「彼らを縛っていい権利はどこにもなかった」

「まったく道化だよ。それをあの頃のキミに聞かせてやりたいよ」


 ノアは半開きの口で浅い呼吸を繰り返している。


「グリフォンたちとはここでサヨナラだ。皆はこの森に残していくよ、彼らが静かにその時を迎えるまでそばにいてあげて欲しい」

「キミたちはそれでいいのかい」


 シルフが問いかけると幻獣たちは反応するように鳴き声をあげた。彼らも同意しているのだろう。


「さあ、皆。泉の水を飲むんだ」


 ノアの言葉に応じて幻獣たちは泉に口づけた。ごくごくと喉を鳴らして飲んでいる。そんな中、グリフォンは飲まずにノアの顔をじっと見つめていた。

 なにかをいいたそうに訴えているけれど、それがなんなのかはウィーンには分からない。でもノアには伝わっている。


 彼は思わず泣きそうに顔を引きつらせて、グリフォンのふかふかの首元に腕を回すと声を絞り出した。


「大丈夫、すべてが終わったらボクも森に帰る」


 グリフォンはその言葉を理解したのか安心したようにゆっくりと泉の水を飲み始めた。

 水を飲み続けて数秒後、次第に彼らの体がぼうぼうと光りはじめた。皆、のたうち苦しみ始めた。

 皆、白目を向いて天に向けて張り裂けんばかりに雄たけびをあげている。口から豊かな水が滴り落ちていく。


「大丈夫なの、ノア」


 心配するサラをノアは押さえた。見守れということらしい。

 もだえ苦しむ口から次第に透明の液体がごぽごぽとこぼれはじめた。毛並みを伝う唾液に混じる虹色の光。そのあと彼らは皆、地面にくずおれてのどをがあがあと鳴らし苦しんだあと、裂けてしまいそうなほど口を開き切ってえずいた。


「カッ……」


 乾いた雄たけびのあと、ころん、とグリフォンの口から唾液にまみれた握りこぶし大の大きな水晶がこぼれでた。痛みに耐えた幻獣たちは体をくねらせる。


 瞬間、淡い体が強く点滅を始めた。あまりに強い光にウィーンは腕で顔を覆う。点滅が数秒間繰り返されたあと、体から静かに光が去っていく。まるで命の光が消失していくかのような幕引きだった。

 目前の姿を見て一同は唖然とした。


 ハリツヤのあった毛並みからは色と輝きが失われ、白い毛に包まれたまるで棒きれのような姿を皆、晒している。それはこの世界に図らずも生きながらえてしまった異形の生き物のようでもあった


「ノア」


 ウィーンはノアの袖をにぎった。彼の横顔には涙が滲んでいる。彼が年老いた仲間たちに思うのは彼らの幸福か、それとも不幸か。


「彼らは森で静かに死んでいく。それでいいのかい、ノア」

「それが生き物のあるべき姿だと知った」


 静かにノアは言葉を落とす。その彼にシルフは問いかけた。


「キミは飲まないのか」


 その質問をノアは少し考えた様子だった。ともに余生を生きたい、きっとそう願ったからだろう。


「ボクが契約を破棄すればガリバルダ号は飛び立てない。神との交渉もできなくなる。だから彼らとはこの森でサヨナラだ」


 いい切ると老いたグリフォンが愛しそうに体をすりつけた。ノアはついぞ我慢できなくなり、体を寄せると人目もはばからずグリフォンに縋りついた。数万年の時を過ごしてきた友との別れ。シルフはそれを見届けるまでもなく姿を消した。森の魂へと帰ったのだ。


 残されたウィーンたちだけが静かに彼らの別れを見守っていた。



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