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3 始まりの森

 夕食を終えたウィーンとエリーは尖塔の最上階の自室で眠るノアの元へ向かった。

 室内は彼の趣味を象徴するような人形たちで飾られて、まるで子供部屋。童心を忘れない彼にもやはり幼いときはあったのだろうかとそっと考えた。


 ノアは顔をぎりぎりと歪ませながら苦しそうにうなされている。呼びかけても応じないのでおそらく寝ているのだろうけれど、どうすることもできなくてその様子を見守るばかり。途中頭に置いたタオルを水で冷やしてはのせた。

 起こすのも躊躇われて二人はかたわらに座り、ウィーンは持ってきた生活の章の続きを、エリーはブルーローザの章の続きを黙して読んだ。


 小一時間は経っていただろうか、ノアが身じろぎした。


「やあ、ウィーン、エリー」


 かすれるような声が聞こえて目を向けるとノアが微かに目を開けていた。


「大丈夫、ノア?」

「大丈夫じゃないよ。胸が張り裂けそうさ、恋煩いだからね」

「また冗談ばかりいって」


 冗談をいう元気はあるのか。タオルが落ちていたのでそれを回収して水に浸した。それを額に乗せてやると気持ちよさそうに目を閉じる。彼の呼気から荒さが消えていく。


「話があるんじゃないのかい」

「もしかしたら病気の原因を知っているんじゃないかと思って」


 ノアは天井をじっと見て一拍置いて語った。


「神の意思に背こうとしたからさ。ボクは契約を破棄しようとしたんだ」

「契約? 契約ってなんの契約なの」

「神さまとの奴隷契約だよ」

「それって破棄できるの、どうやって!」

「それは……くっ、うう」


 確信部分をいおうとするとノアは話せなくなる。ウィーンは眉をひそめた。

 ノアは胸を押さえて目を苦しげに閉じている。これ以上は聞けない。言葉を閉ざそうとするとウィーンの手をノアが握った。彼は手に汗をたくさんかいていた。


「忘れないで、ここは……始まりの……森だよ」

「始まりの森?」


 聞いたことのない地名だった。それって、問おうとしてエリーに袖を引かれる。


「止めましょう、ウィーンさん。ノアさん苦しんでます」

「うん……」


  それ以上は聞くことができず、分かったと返事すると様子を心配してやってきたサラに看病を任せて部屋を後にした。




 普段ならすでに眠る時間だったがどうしてもノアの残した言葉が気になり、二人の足は自然と図書室へと向いた。


「始まりの森ってどこかな」


 イスに腰かけながらこぼしたウィーンのつぶやきに答えを返したのはエリーだった。


「その地名でしたら地上の章に乗っています。世界の北東にある広大な森だと記載されています。始まりの森というネーミングに関してノアはすべての始まりの場所だからとだけ言及していますけれど。その深い意味に関しては」


 ぱらぱらと手のひらいっぱいの分厚い本をめくりエリーはその場所を示した。たしかにミミズ絵に下手くそな字で『始まりの森』と書いてある。


「なにが始まりなのかな」

「分かりません。ただ気になることがありまして」


 エリーは文章の上で指を滑らせた。


「あった、ここです」


 ウィーンは視線を向けた。


「世界が大洪水に見舞われてもこの森だけは唯一水没しないとの記載があるのです」

「世界が水没するのに、ここだけ無事だったの?」


 驚きで問い返した。


「そうノアは記述しています。わたしは高度が高いから沈まないのだろうと理解していたのですが、見たところ左ほどこの土地は高くありませんし。それに実は過去にこの記載を不審に思ってルイーザストーンは一度、極秘に調査したことがあるんです。でもそのような森はいっさい見つからなかったんです」

「ますます分からないな」


 吐息した。あとの頼みはエリーが読んでいる最中のブルーローザの章であるけれど、それにすら載っていない可能性もある。


「破棄の方法をいえないってのは神さまとの契約に抵触するからってことかな」

「おそらく」

「自ら契約を破棄しようとしたってのは」

「ノアとしては神さまと自身を結び付ける絆を断ち切りたかったんじゃないでしょうか」

「どうやってやるんだろう」

「分かりませんけれど」


 うーんと首をひねり考えたが結論は出ない。やはり本を読むしかないようだ。


「ボクはもう少しブルーローザの章を読んでいくよ。借りてもいいかな」

「それは構いませんが」

「エリーは先に寝てて」


 半ば無理やり奪う形で本を手にすると図書室を出ていくエリーを見送り、ウィーンは時間を忘れて本に読み入った。


 それから時間も忘れ、むさぼるように読み進めたけれど、確信的なものは得られなかった。唯一得られたことといえば親子水晶は作用しあうということ。これから立てられる仮説は一つ、ノアの体内にはブルーローザやガリバルダ号の動力部と同じ水晶があるのかもしれないということだ。彼が神の意思に反発しようとするとその水晶がノアを戒める。ゆえに彼は神の意思に背くことができない。だから、それを破棄しようとした。


 不確定要素だらけの理論で、すべては推測の域を出ないが。


 夜も更けて限界を感じたとき、伸びをしているとグリフォンがこちらを見つめているのに気がついた。ノアが体調を崩してから一度も姿を現さなかったけれど、彼らはちゃんと船にいたのだ。


「グリフォン眠いね。ボクも眠いよ。今日はもうおしまいだ」


 本を閉じて立ちあがる。後は寝室で読もうと持ちあげたとき、グリフォンがまるでついてこいとでもいうようにきゅおんきゅおんと二つ鳴いた。後ろを振り返ってウィーンの様子を見計らいながらゆっくり石階段を下りていく。こういう仕草はこれまで見たこともなかった。果たしてこの行動に意味があるのか、ないのか。きっと訴えかけたいことがあるのだろう。ウィーンは不思議に思いながらあとを追った。


「どこへいくのグリフォン。外は危険だよ」


 背に話しかけても彼は足を止めない。廊下を真っ直ぐ進み、甲板へと向かっている。以前ノアは、幻獣は船を降りられないといっていた。外気に触れるのも危険かもしれないというのに。


 いよいよ船外への階段を登ろうとするのでその巨体を押し留めるように前に回りこむ。


「ダメだよ、危険だから。中に戻ろう」


 その強めの言葉を無視してウィーンを豪快にがんっと押し倒すとグリフォンは甲板へと出てしまった。


「って、あいたた」


 ウィーンは腰を擦り立ちあがるとその後を追った。

 甲板に出ると驚くことに幻獣が勢ぞろいしていた。月明かりが彼らの儚く美しい姿を照らしている。沈黙して皆一様にウィーンを見ている。神聖な雰囲気に息を呑んだ。皆いいたいことがあるのだ。


「みんな、ごめんね。橋は下ろせないんだ。ノアも具合が悪いの分かってるよね。いい子だから中に」


 諭そうとしたらグリフォンが船べりに手をついた。身を乗り出そうとしてる。


「待って、グリ……」


 名も呼び終えぬうち彼は後ろ脚を蹴って宙にふわりと舞いあがり、船から飛び降りて地面へ身軽に着地した。顔を少しあげてウィーンを確認するとぷいっと反らして体勢を低くする。そのまま優雅に躍動しながら森の奥へと走っていった。


 ウィーンはそのさまを唖然として見送ることしかできなかった。新たな疑問が生まれぽつりつぶやく。


「船を、降りられた?」


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