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1 ガリバルダ号不時着

 ガリバルダ号は目的地もなく風の吹くまま、世界の空を漂い、気まぐれに地上に下りては生物を拾った。船室はほとんど満杯で、いつでもブルーローザに乗りこめるという時を過ごしている。

 ただ、神への対策はというと左ほど進まず、残された数カ月を時間いっぱい利用してその対策を練ることになるかもしれない。


 研究調査にかかり切りのウィーンとエリーの日々は図書室で過ぎていった。方舟伝説を隅から隅まで読み漁り、疑問に思ったことはすべて話し合った。エリーはすでに何度も読んでいるそうだが、それでも見落としていることがあればと丹念に読み返してくれている。


 彼女の手元にあるのは本来はルイーザストーンにあるべき研究ノートだ。持ち出してはならない類のものだろうが、事情を伝えると大公が快く許可してくれた。その代わりに旅を終えたらちゃんと資料を返しに来ること、と事づけて。なんと寛大な配慮だろう。大公も自分たちの決意を応援してくれているのだと思うとより気合いが入った。


「ねえ、エリー。ここだけど」


 机の対面のエリーに向かって話しかけると彼女が身を乗り出した。


「あっ、ええと、それは」


 彼女がぱらぱらと手元の資料を捲る。なんと慣れた手つきだろう、見惚れるようにそれを待っていると突然、ぐわっと体が宙に浮いた。


「わっ」

「きゃっ」


 至近よりにあった二人のおでこが、ごんっとぶつかる。


「っつ」

「あいたたた」


 二人でおでこを擦っているとエリーが目を細めて船の心配をした。


「なにかあったんでしょうか」


 空に障害物のないガリバルダ号が揺れるなんてめったにないことなのだ。いったい何が……

 と考えかけてウィーンは外の景色を見て驚きのあまり立ちあがる。


「どうされたんですか?」

「高度が下がっている」


 体をまとう重力の違和感に気づいてウィーンはぱたりと本を閉じた。


「着陸するんじゃないですか?」

「速度が速すぎる。なにかあったんだ」


 そういい残すとそのまま動力室へと急いだ。


「ウィーンさん、落ち着いて下さい。ノアさんは」


 急ぐウィーンの背中を追い掛けながら、エリーがなにかをいいかけたとき、がくんっと船体が下がった。今度はさっき以上に激しい。脚が一瞬廊下から浮いて、その後強く押しつけられる。壁で体をなんとか支えて、廊下の先を見た。まるで滑り台のようにひどく傾いている。なだめようとしていたエリーもさすがに異常事態を察知したのか続きの言葉を飲みこんでウィーンの後を追ってきた。


「ノア!」


 動力室の扉を開けてウィーンは蒼白になり声をあげた。ノアが壁際に倒れて、苦しそうに胸を押さえていた。水晶は点滅して今にも光が枯れそうだ。


「ノア!」


 ウィーンはノアを抱き起こすとその意識に呼びかける。脂汗を掻いて、顔にひどい皺を寄せていた。


「しっかりして! ノア」


 直後、コントロールを失った船体が激しく揺れる。その揺れに耐えるようにノアを抱いて身を屈める。船体が勢いよく一度弾んで、爆音を鳴らしながらどこかに不時着した。多くの障害物をなぎ倒しながら、ごりごりと激しく滑りやがて止まる。


 しばらくしてアーサーとサラが動力室に駆けこんできた。


「いったい何があったんだ」

「ノアが」


 エリーの声にアーサーは目を見張る。ウィーンは懸命に声をかけ続けていた。


「ノア、起きてノア!」




       *   *   *



「ノアの様子はどう?」


 甲板へ出てきたエドにイブが問いかけた。エドは首をひねりながら「分かんねえ」と答えた。


「アーサー兄さんとサラが様子を見てるけど、ずっと独りごといってる」

「そう」

「変な場所に落ちちゃったな」


 そうね、と返事をするとイブは視線を周囲の森へと流した。船の全周は不気味な濃緑の森に囲まれている。落下する時にアーサーが確認したそうだが、周囲には町などなく、見渡す限り広大な森が続いていたそうだ。


 昼というのに陽光は巨大な木々に遮られて甲板までわずかにしか届かず、始終明るい夜のような光景が広がっている。

 静かに鳥がほうほうと鳴いて、それが遠くまで輪唱していく。それに呼応するように木葉が静かな風で擦れ合った。やがて全ての音は静謐な森へと沈んでいく。


 互いの呼吸も聞こえそうな静けさの中、エドはつぶやいた。


「ノアが目覚めなければ旅立てない」


 悩まし気に甲板にもたれたエドをイブは笑った。


「私それでもいいと思っているわ」


 エドは彼女の言葉に耳を傾けた。


「このまま船がブルーローザに到達しなければ、もしかすると神さまはこの星を滅ぼしたりされないのじゃないかしら」


 確かにお手上げだと右手を振った。自分たちのこの旅は初めからノア頼りだったのだから。おそらく彼以外に解決する手段を知る者もないだろう。


 あるとすれば――


「今、ウィーンとエリーが本を調べてる」


 調べている(・・・・・)、ということはすなわち完読したエリーにもその方法は分からないということだ。


「どうしようもないわね」


 まっとうな意見かもしれないなと簡素に応じると、イブは白い吐息を残して甲板を去っていった。



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