3 疑心暗鬼
「冗談だろ?」
帰宅したエドはアーサーに事の次第を聞いてその内容を疑った。
「そもそもノアのやつ、オレたちを騙してセシルブリュネから連れ出したんだ。これくらいのことは平気でやるさ」
アーサーの言葉は憤然として久方ぶりに荒れていた。あまりの剣幕にエドは遠慮がちに応じる。
「時間があるし、どっか観光でもいってるんじゃねえの」
「ちゃんと日付を約束しなかっただろう!」
「うーん、でもなあ」
糾弾するのは早とちりだと思えてエドは言葉を濁した。そのエドに向けてアーサーはいい放つ。
「あいつは初めからオレたちを誘拐する気で、神がどうとか世界が滅ぶとか訳の分からないこといって。今頃、オレたちを人質にセシルブリュネと交渉してるはずだ」
分からない理論ではないけれども、と吐息する。それならもっと早期にことを運んでいたはずだ。旅の苦労を思うと出発からすでに五年経った今、敢えてそれを成すことに意味はあまりない。
それにノアには湯水のようにあふれる金がある。セシルブリュネを脅す必要はないのだ。
「ああ、それか。もしかすると」
考えを思いつき、エドは自身の見解を述べようとした。だが、兄はそれすらも聞き入れる様子はなく言葉を急き立てた。
「ウィーンはどこにいっている」
「知らね。帰ってきたら、いなかったし」
「ただいま」
小さな声がして振り向くとウィーンが斜めがけ鞄をさげて丁度帰宅した。
「ウィーン、いいところに帰ってきた」
アーサーがきびきびと歩み寄る。恐らくエドでは役不足だと判断したのだろう。
コップの水を一杯飲んで息をつこうとするウィーンにアーサーはガリバルダ号が消えていた事実を一気に語った。
「うーん」
「どう思う?」
「たぶん時間がもったいないから、一人で生物を集めにいっただけだと思うよ」
ほらなとエドは独りごちる。
「あいつの言動は初めから怪しかった、信頼すべきじゃなかったのかもしれない」
「それはあんまりだよ」
ウィーンの反論にアーサーは耳を疑った様子だった。
「ボクたちはずっとノアと旅をしてきたんだ。イヤなこともあったよ。卑怯だって思うこともたくさんあった。それでも普通の人生では得られないような色んな経験をして、ノアなりに精いっぱいボクたちのことを思ってくれたんだ」
「あいつは家族じゃない」
「家族だよ!」
ウィーンが珍しく声を荒げた。
「ノアは確かに変なとこいっぱいあるよ。でも、同じくらい良いとこがあるじゃない。ボクたち四年も一緒に暮らしんだよ」
忘れたの、といいたげな様子のウィーンにアーサーは言葉を返す。
「オレたちの旅の本来の目的は神さまを説得して、世界を滅亡から救うこと。その目的が遂げられれば、あいつとはそれまでなんだぞ」
「アーサー兄さん冷たいよ」
ウィーンの正直すぎる呟きに、十二歳って中途半端に大人なんだよなとエドは思う。
「あのさ、もうちょっと様子見てみないか。ひょっこり現れるかもしれねえし……」
仲裁しようと割っているとアーサーは首を振り手を広げた。
「もういい、お前たちの考えは分かった」
アーサーは苛立たしげにいい捨てるとそのまま部屋を出ていってしまった。
取り残されたウィーンは消化不良かむすっとしている。
「考えが分かったって。アーサー兄さんすごく勝手だよ。そう思うでしょう、エド兄さん」
「ああ、いや。どうかな。うん、そうかもな」
「勝手すぎるよ」
そういい残すとウィーンはコップを持ってキッチンへといってしまった。
エドは重たい空気に吐息する。久しぶりにやってしまったな、と。
ノアがやって来たあの日。セシルブリュネの町中でこんな風にケンカをした。あのときはアーサーとエドがケンカしてウィーンが泣いた。
でも、今回ウィーンは泣かなかった。




