4 リアチュチュの町
到着してすぐウィーンは町の様子に違和感を覚えた。
ゴミの散らかる道縁にぼろ布をまとった人々が座りこみ、異邦人をじろじろと見あげている。薄汚れた野犬が腰を落として力なく徘徊し、今にも屋根がふき飛びそうな粗末な土壁の平屋がずらりと建ち並んで、町自体の景色がうら寂しくすすけている。
これまでの旅で一切目にしてこなかった文明の暗い姿、推し量るにリアチュチュはとても貧しい町だった。
「さあ、誰かに話しかけてみようか」
ノアがなにかを思いついたようににやにやと笑った。
「エド、話しかけて」
「えっ、オレかよ」
戸惑っていたがノアはいいだすと自分を曲げない。折れて仕方なくエドは近くにいた小さな少女に近寄る。
「こんにちは」
「……」
「えっと」
なにも少女がいいださないので、エドは困ってノアを振り返る。するとノアは「宿を聞いて」と不気味にウインクして耳打ちする。
「この辺でやっている宿屋知らないかな」
すると少女は物欲しげに指を擦り合わせた。その仕草をエドは理解できていない様子で首を傾げている。
「おお、大変だ。ボクは大切な金貨を置いてきてしまった」
ノアが芝居がかった仕草で頭を抱えている。故意なのか、それとも本当に忘れてきたのか。
「えっ、えっと」
エドが戸惑っているとアーサーがすかさずチップを渡した。
「いいよ、教えてあげる。着いてきて」
汚れた身なりの少女は立ちあがると町の中心部へと向けて歩きだした。
「サンキュー、アーサー兄さん」
「余計なことをするんじゃないよ、アーサー」
ノアが地団太を踏んで悔しがっている。なにか意図があるんだろうなと思ったけれど、それがなんなのかウィーンには量りかねた。
少女に案内されて町を歩きながら、なんだか人々の視線が鋭くなったのを感じた。突き刺すように見てくるので居心地が悪い。
「みんな、じろじろ見ることねえじゃん」
不満をこぼしたエドにノアが反論する。
「金貨なんか見せるからだよ」
「悪かったな」
アーサーが悪びれない声でいった。
町の中心部に向かうにつれて、町はどんどん寂れていく。通常の町で見られる香り立つ花屋の代わりにうず高く積まれたゴミの山があり、色鮮やかな生鮮食品店の代わりに薄暗い商店がある。活力ある町の活気とはほど遠い。
しばらくして到着したのは宿屋とはいい難いボロ家だった。
「お嬢さん、ありがとう」
ノアは丁寧に礼をして別れを告げる。少女は「いいよ」といって去っていった。
「あのう、誰かいますか」
ノアに促されて再び、エドが代表して声をかけた。返事が無かったけれど、しばらくして痩せた老人が出てきた。
「あの、宿屋に泊めて欲しいんだけど」
「……何人だ」
老人は不機嫌極まりない。
「四人」
「金は持っているのか」
「えっと」
エドがちらりとアーサーを見る。アーサーが仕方なく金を取りだそうとしたのをノアがこっそり止めた。ウィーンはそれを目の端で捉え、どうしてなんだろうと考える。
「えっと……」
「持ってないのか」
「ああ、いや」
「持ってるのか」
「自分でなんとかしろ、エド」
ノアが悪戯に囁く。老人のきつい口調にどぎまぎとして懸命に考えた挙句エドはなにを思ったのか、リュックを下ろして荷物を漁った。
「あの、これボクのおもちゃなんだ。好きなの一つあげるから泊めてくれない?」
老人は呆気にとられたように少し言葉を考えていたが、宿屋の奥から三人の子供が走り出てきた。ウィーンよりも小さな子供たちだ。
「おもちゃだ!」
「おもちゃ!」
エドのリュックに手を突っこむとアレやコレやと引っつかんでいる。全部奪い去ろうとするのでエドは少し慌てたが、老人が恫喝するように「一つだ!」と叫んだ。
「おもちゃ一つで四人泊めてやる。ただし食事はない。自分たちで用意するんだな」
しわがれた声でそう告げると宿屋への入室を許可してくれた。
宿屋と呼べるような立派な家具は一切なかった。藁に使い古した布を広げただけの簡易ベッドが八つあって、その半分を占拠する。ウィーンは絵本の影響で何となく藁のベッドは柔らかくて良い匂いだとイメージしていたけれど、固くてカビた臭いがした。
「晩ご飯はどうするのさ」
エドの問いかけにベッドに寝転ぶノアは組んだ足をぶらぶらと揺らす。
「ボクは必要ないけれど、育ち盛りのキミたちには良くないね。主人と交渉してきてくれないか」
「ええっ、またかよ!」
「仕方ない、ボクや皆はキミと違って宝物を持ってきていないんだ」
エドがなにかに気づいたように吐息する。さすがの鈍いエドでも分かったようだった。
「お前さ、オレいじめるつもりじゃん!」
「そんなつもりはないさ」
「アーサー兄さん、金……」
と、いおうとして黙りこむ。部屋の入り口から注がれる三つの小さな視線に気づいたからだ。
「ここで、その言葉を口にすればボクたちは身ぐるみを剥がれてゴミの山に捨てられる。この町ではご法度だよ」
「……分かった」
それから二言三言やりとりをして、エドは荷物の中のおもちゃを落ちこんだ顔で探り始めた。ウィーンはそれらがエドの大事にしていた人形やゲームであることを知っていた。それを手放さないといけない苦しみを考えるとこちらまで胸が苦しくなる。斜向かいのベッドのアーサーと目があった。助けてあげてほしいと訴えかけようと思ったけれど、アーサーが無言で首を横に振ったので仕方なく諦めた。
「じいさん」
エドはおもちゃを一つ持って、リビングを訪れた。老人はリビングのイスに腰かけて、欠けた茶器で色の薄い茶を飲んでいた。
「あの、コレ……」
そういって差しだしたのは父であるセシルブリュネ国王から誕生日の日に送られたボードゲームだった。
「なにか用があるのか」
「晩ごはんを用意して欲しいんだけれど」
「ここはなんでも屋じゃないぞ」
「うん、……分かってる」
老人はボードゲームを引っつかむと「条件つきだ」といった。




