2 秘密の交渉
到着すると謁見の間へ入る重厚な木製の扉は閉め切られていて、アーサーとエドが耳を扉に当てて盗み聞いていた。二人ともとても神妙な顔つきをしている。槍を持った見張りの近衛兵も二人いるけれどいつものことと、とくにその行為を咎めたりはしていない。
「ボクも聞きたい」
ウィーンが縋るとアーサーが面倒そうに場所を開けてくれたのでそこに入りこんで、髪をかき分けると右耳をぴったりと扉にくっつけた。
「……しかし、そのようなこと信じることは」
静かに聞こえてきたのは落ち着きながらも戸惑う国王の声だった。
「全て神の御意向です」
飄々とした若い男の声がする。思わず息をのむ、リズムの取り方がまるで惑星人そのものだ。絵本の中の惑星人はちゃんとこの世に存在したのだ。
「あなたの申したことが真実だとして、我々にできることは何なのでしょう」
穏やかな国王に代わって毅然と疑問を投げかけたのは王妃だ。
「王妃さま、残念ですができることはありません」
「それではやはり我々に滅べと」
声を差しはさんだのは国務大臣だ。その言葉を聞いてアーサーが扉から耳を放し、唇を噛む。
「滅べってどういうこと」
ウィーンは驚いて兄の顔を見た。アーサーは思いつめたような表情で扉を見つめていた。
「ねえ、滅べって」
「おい、聞こえないだろ」
エドが指をしいっと立てて、耳をそばだてている。ウィーンは仕方なく言葉をのみこみ、扉に耳をくっつけると再び聞き入った。
「八年後、この星に大災害が起きるとして。それならば各国に知らせねばなるまい」
国王の声は随分と困惑している。
「それはなりません」
正体不明の惑星人は凛と声を張った。
「キミはそのために世界を回っているのではないのかね」
「いいえ、違います」
どよめきが漏れて、会話の内容が何やら怪しい方向へと傾き始める。謁見の間はこの扉のこちら側以上に混乱していることだろう。
「この国にはある三人の清廉な者たちを探しにきました」
「清廉」
国王が言葉を噛みしめるように呟いた。
「清廉って何だよ」
エドが苛々としていうので、ウィーンは答える。
「私欲がないってことだよ」
「私欲って?」
キリがないので、ウィーンは答えずに謁見の間の会話に耳を傾ける。
「私は神のお告げで、この国に世界中で一番清らかな心根を持つ三人の兄弟がいるとの預言を受けました。世界の難を逃れ、生き残れる人間は彼らとその伴侶六人だけです」
「それではあまりに残酷だ」
大人たちの嘆息する声が聞こえた。人々の沈んだ顔が頭をよぎる。
「三人の兄弟というのは」
思慮深い国王はあくまで冷静に相手の真意を探っている。
「それこそがこの国を訪れた理由です」
惑星人は相変わらずの口調でパフォーマンスしている、一枚扉の向こう側はきっと彼の独壇場に違いない。アーサーが思いつめた様子で扉の取っ手をつかんだ。
「ダメだよ」
しかめっ面の兄はウィーンの忠告を聞かずに押し開こうとしている。
「いけませんよ、アーサーさま」
ウィーンの言葉を聞いた近衛兵もまた声をかける。アーサーは唇を噛んでぐっとこらえた。惑星人の話は飄々と続く。
「王さま王妃さま。あなた方の大切な王子を私に預けて下さいませんか。彼らこそが神に選ばれし人間なのです」
ウィーンは目を丸くした。ボクたちのことをいっているのかと突いて出そうな口をなんとか押さえる。
「この国に王子はいません」
はねのける王妃の声に惑星人は声をあげた。
「なんと。それでは神の預言が虚言であると」
そのあまりに場違いでおどけた言葉を聞いて、怒り爆発のアーサーが扉をだんっと押し開けた。
「お母さま、そのような無礼者切って差しあげます」
慌てる近衛兵の腕をすり抜けて三人でなだれこむと、見なれぬ男と両親の間に立ちふさがった。
ウィーンは赤の絨毯にひざまずいたままのその姿をまじまじと見る。ピンと立った襟と首元の大きなリボン、濃紺のベストに清潔な青で揃いの燕尾服、履きこんだキャメルの革のブーツ、大きな帽子からのぞいた荒々しい黄金の髪。男はまるで異国の本に出てくる紳士だった。
男はにやにや笑いでこちらを見あげている。
「おお、王子さま方。何という運命の奇跡。この国にはやはり王子がいらっしゃった。この崇高な巡り合わせに感謝します」
男は感激したように胸元で手を合わせる。弾む動作に合わせて帽子の淡いピンクの羽がふわりと揺れた。
「惑星人じゃない……」
ウィーンは呆気にとられてぽつりと呟いた。