2 いえない悩みごと
物事を一番頼みやすいのはウィーンだ。下っ端と思っているし、真面目に聞いてくれるし、というのは厳格でしっかり過ぎる兄への若干の苦手意識からくるのかもしれないけれど。
図書室のある船後部の尖塔へと向かい、石の螺旋階段を登る。塔の一番上の見晴らしのいいところに図書室があって、ウィーンはほとんどここで本ばかり読んでいる。今は丁度読み聞かせの時間で動物たちへ向けて本を読んでいた。
「そのとき、オオカミがいいました。そうだ、森の長老に聞いてみよう」
ぱらりと絵本をめくり、それを動物たちは大人しく見ていた。だから、途中で声はかけずに後ろで待つことにした。
「長老は森の動物たちへ向けていいました。ここはみんなの森だ、だから仲良くしなくてはいけない。自分さえ良ければいい、自分さえお腹がいっぱいになればいい。それでは森は枯れてしまうのだよ……」
声音を上手に使い分けながら工夫して読んでいる。
動物たちへ向けて本を読むというのもノアがいい始めた。情緒のある優しい子に育って欲しいと。意味があるのかないのか分からないけれど、ウィーンはそれを毎日、真面目にこなしていた。
「……こうして、森は静かに眠りました。おしまい」
最後まで読み終えると動物たちは満足した様子でばたばたと動作をした。鳴き声をあげたり毛づくろいをしたり。まるで息つく間もなく夢中で観劇していた客のようだ。
顔をあげたウィーンと視線が合って「よう」と手を掲げた。
「なあ、ウィーン紐持ってねえか」
「紐?」
ウィーンは本を閉じながら目をくりっとさせた。
「少し長めが良いんだけど。丈夫なヤツ」
「うーん、紐は持ってないよ。ノアなら持っているんじゃないかな」
ノアは気が進まないな、と思って去ろうとすると「エド兄さん」と声をかけられた。
「あのね」
ウィーンは少しいい辛いような顔でもじもじして、一気に言葉を絞りだした。
「好きな人が出来たらボクに相談してね」
ほんのり染まった頬に、こいつはなにをいっているのだろう、と思ったけれどあまりに真剣な目なので「ん。分かった」と頷いてその場を後にした。
甲板で剣の稽古をしているアーサーにも即座に声をかけることはできなかった。とても白熱した勝負をグリフォンと繰り広げていたので、それをじっと見守る。
しばらくして二人が休憩をした。アーサーが気づいてタオルで汗を拭いながら近づいてくる。手には剣を携えたまま。その剣の切っ先が気になってじっと見ているとアーサーが剣を振って「これか?」と問いかけた。
「えっと、ああ、いや。その」
どぎまぎしているとアーサーがふっと笑って、剣をおろす。
「お前にはこういうのは似合わない」
エドは心の内を見られているような気がしてドキリとした。
「どんな心配事があるか分からないけれど、食事ぐらい食べろ。皆心配している」
「うん。分かった、そうする」
それ以上の会話を避けるように元気なく返事をして去ろうとすると、背中にアーサーが大きな言葉を投げかけた。
「お前の称号は『慈愛』だったな」
エドは歩くのをやめた。
「人を傷つけるのが怖いのなんて当たり前だ」
なんだか涙が出そうになって、小さな声で「うん」と返事をするとその場を去った。
ノアは船長室で眠っていた。自身は苦手ゆえあまり来ない場所で、飾られた色とりどりの人形は見れば見るほどに悪趣味だと思う。
キルトのベッドに潜りこみ、そばにフェンリルが寄り添っていた。
「なあ、ノア起きてる?」
「寝てるよ」
眠たそうな声でノアが応じた。
「起きてんじゃん」
彼はあくびをしながら「なにか用?」と問いかけた。
「紐持ってね? 丈夫で首にかけられる長いヤツが欲しいんだけど」
ノアは口元に笑みを湛えてくすくすと笑う。
「何に使うんだい?」
「えっと、それは……」
「お母さんに貰った大事な指輪をかけたいなんていわないよね」
エドは思わず硬直してしまった。
ノアは起きあがると手を伸ばしてフェンリルの薄茶色の毛を一本ぐいっと引き抜いた。ぶちっという音とともにフェンリルがぎゅおっと声をあげる。
「どうぞ」
ノアはにやにやと笑っている。
「どうも……」
これは良いのだろうかと思いながらフェンリルの毛を受け取った。千切れる心配をして思い切り引っ張ってみたが、かなり丈夫でこれなら日常使いにも耐えられる。
逃げるように部屋を出ていこうとするとノアがにやにや笑いでいった。
「次の目的地が決まったよ。エド、キミのリュックに大切な物をたくさんつめて持っていくんだ。アーサーやウィーンには内緒でね」
エドはどう反応して良いものか迷ったが、考えても分からないので「分かった」と返事をした。




