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7 戦争の気配

 酒の入った兵士は饒舌になり、そのコップにアーサーはなおも酒を注ぎ続けた。なにか考えがあるのだと悟ったエドは兄の所業を黙って見ていた。


「あんたたちは随分疑り深かったが何を心配しているんだ」


 アーサーの自然を装う問いかけに、くっはははと二人の兵士は顔を真っ赤にして笑った。


「決まっているさ、ワイズポーシャの差し金だと思ったんだよ」

「子供だぞ」

「子供でも疑うさ。彼の国は以前、十三歳のスパイを侵入させたことがある」


 酒が空になったので、アーサーは店主をまた呼んだ。


「一番強い酒を」


 こっそり店主に耳打ちする。店主は金を手元に受け取りながら「はい」と上機嫌でいった。


「でも、もうじき戦争になるな」

「どうしてだ」


 兵士二人は顔を見合わせる。


「ああ、それは……」

「おい、飲み過ぎだ」


 幾分冷静な方の兵士が言葉を制した。口にしづらいことなもかもしれない。


 店主が酒を持ってきたのでアーサーは冷静な兵士のグラスに再度注ぐ。

 彼は緊張の面持ちでごくりと生唾を飲みこんだあと、誘惑に勝てず酒を一気に煽り、「かぁああ、美味い!」とグラスをたんっとテーブルに叩きつけ、堰を切ったように話し始めた。


「お前たちがきたことによって国は、あの戦艦はワイズポーシャの増援だと判断した」

「そんな、憶測だ」

「お前たちを見れば違うと分かる。勿論違うだろうと我々も進言した。でも、国はそう判断しなかったのさ」

「どうして」

「昼、事情を探るために送ったスパイが死体で帰ってきたことが一つ。そして、長い緊張状態にある国同士の関係で、王の心は疲弊している。まともな判断さえ下せぬほどにな」

「おい、言葉が過ぎないか」


 相方の言葉を彼は、はっと笑い飛ばす。


「構うものか。一つ綻べば、危うい関係だった両国の間に戦争が起きる。先制攻撃を仕掛けねばやられるのは間違いなくこちらだ。明日にでもお前たちを収監して、取り調べ。証言が得られ次第、開戦の火蓋を切る」


 二人とも思わぬ事態に真っ青になった。


「おれたちの船が来たことで戦争が起きるのか!」


 アーサーが声を張りあげた。エドはむしろ収監ということが気になったが、兄の心配は他所のところにあるのだと知る。


「そうさ。でも悔やまなくていい。いい加減どちらの土地か決めた方がいいんだ」

「土地?」


 アーサーの疑うような問いかけに兵士は笑う。


「元々は国境問題。ラマリエ平原にある国境のことで彼の国とはずっと争っている。知っているか、争っているのはたった五メートルなんだぜ。五メートル。くだらないだろ」


 そういって兵士は酒を今度は手酌で自ら注ぐ。


「くだらない、くだらな過ぎる。そんなことで戦争するのか」


 アーサーは怒りにわなわなと拳を震わせた。その動揺を兵士は冷めた声で嘲りながら自身で酒を注いだ。


「丁度膿を絞りだすいい機会さ」


 ふざけた声でいうのでアーサーの怒りが爆発した。


「戦争だぞ!」

「そうだな」

「人が死ぬんだぞ!」

「お前の国の人間ではないだろう」

「あんたたちの国の人間だ!」


 その怒りの言葉を兵士は笑って聞いていた。

 その後、上機嫌で飲み続ける泥酔した二人を放置して、不機嫌のままのアーサーと、様子をじっと見ていたエドは自室へ戻った。




「なあ、アーサー兄さん」


 ひりついた空気に恐縮した様子でエドは声をかけた。アーサーは返事をしなかったけれど起きていた。


「船。戻ったほうがよくない?」


 アーサーもそれは考えていた。このままでは翌朝にでも自分たちは捕虜として収監される。逃げるなら今。だがアーサーの心中ではその冷静な判断を押し流すほどの怒りの感情が渦巻いていた。


「戦争なんて軽々しく口にする物じゃない!」

「そう、だよな。うん、オレもそう思う」


 エドは兄の怒りに正義感を見た気がした。兄はやっぱり兄なのだ。


「船に戻るぞ、一刻も早く飛び立たないと戦争が起きる」


 アーサーは決意したように起きあがり、エドもまたそれに倣った。


 ドアの外の憲兵は座りこみいびきをかきながら二人とも寝ていた。酒はしっかりと効いている。ドアを音もなく開けて、ゆっくりと体を滑らせるように廊下へと出た。時刻は真夜中、廊下の突き当たりの小窓から深い空が見えた。


 一階に降りると松明に火は灯っていたが運よく店主の姿はなく、そのまま抜けだすことができた。

 厳戒態勢の町には敵国の先制攻撃を恐れてか、夜というのに多くの兵士たちが配備されていた。皆、間もなく起きようとしている戦争の気配に覇気をみなぎらせている。

 その包囲網をかい潜り町の外へ出るというのは至難の技だ。町の出入口も当然厳重警戒している恐れがある。


「ワイズポーシャ側は無理だ。別方面から出るしかない」


 様子をうかがいながらアーサーは吐息した。他所へいっても警備が手薄という保証は全くない。だが、試さないよりマシだ。運動不足のエドはここへくるだけでも少し息が上がっていたが、諦めるという選択肢はない。すかさず歩き始めた兄の後を追った。


 しばらく町を彷徨いながらワイズポーシャから遠ざかるように町の出口を探していると憲兵の動きが慌ただしくなった。一つ向こうの大通りで声が聞こえた。


「こっちはいない」

「よし、ここより向こうを探せ」


 会話の内容からするに、恐らく逃げた二人を探しているのだろう。宿を抜けて、すでに二時間近くが経過している。起きて見張りが気づいたとしても不思議ではない頃間だ。

 細道に身をひそめながら、慎重に町をかい潜る。随分と歩いた気がしたがなんて広い町なんだろう。


 次第に騒ぎが慌ただしくなり、群れるように兵士が集まり始めた。みんな切迫した表情でワイズポーシャ側へと流れていく。子ども二人を探しているにしては随分と多い軍勢だ。


「戦争が起きるんだ」


 アーサーが拳を打ち、苛立たしげにいった。


「オレたち逃げたじゃん」

「オレたちが逃げたからだ!」


 自分たちの逃亡により、国王はアーサーとエドの二人がワイズポーシャ側の送りこんだスパイだと確信をもった。敵国は戦争の準備をすでに始めているに違いないと判断する、そうなればレッドエデンがすべきことは一つ。


 明け始めた空にはまだ星の姿があるけれど、それもいずれ消える。夜明けとともに戦争が始まる。


「ごめんって出てく?」


 エドの幼すぎる思考をアーサーは切り捨てた。


「ガリバルダ号に戻って一刻も早く飛び立たなきゃならない」


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