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1 惑星人の侵略

 茜雲の浮かぶ空を7歳になる末の王子ウィーンは石作りの窓辺に腰かけて見た。

 城下ではセシルブリュネ大聖堂の重たい鐘が美しく鳴り響いている。澄んだリンゴーンという鐘の音を合図に赤レンガ屋根で戯れていたハトはいっせいに空へと舞いあがり、郊外の森へと消えた。


 日中の仕事を終えた人々は帰宅を始め、逆にこれから慎ましく夜の商売を始める者もいる。行きかう人々の間には笑顔がこぼれて互いの労をねぎらっている。おやすみとでもあいさつしているのだろうか。

 エプロン姿の女性が家の中から火を運び出す様子が見えた。それを軒先の松明にそうっと移している。視線を移すと同じような姿をちらほらと見つけた。もうじき国中の松明に火が灯り、静かな夜がやってくる。


 召使いが食事の迎えに来るまではもう少し時間がある。今日は本を丁度一冊読めた。

 読みかけの最後の1ページをめくった時、遠くの夕空の雲間から木製の巨塊がごうんごうんと規則正しい音を立てて、ゆっくりと滑るようにおりてきた。


 思考がはたと止まる。


 心が逆立つような興奮と突然現れた非日常に誘われて、ウィーンは小さな瞳と口をぽっかりと開いた。威風堂々たるその姿に圧倒されて言葉も出てこずにその舳先へさきを見つめる。

 とても大きな帆船——


「飛空艇だ……」


 呆気にとられて物語の結末を読むのも忘れた。

 結末? いいや、違う。物語はこれから始まるのだ。

 飛空艇は巨体を見せつけながらゆっくりと城下町外れの針葉樹の森へとおりていく。

 飛空艇を見るのは勿論初めてで、でも物語の中では何度も読んで知っている。架空の存在である空を飛ぶ船がこの世に存在するなど思いもしなかった。


「おいっ、ウィーン見ろよ。でっかいのが来たぞ」


 二つ年上の兄エドアルドがノックもなしにドアを勢いよく開けて興奮気味に叫んだ。


「エド兄さん、あれ飛空艇だよ」

「ひくうてい? 何だそれ」


 エドは情報を処理できぬ様子で自身の知識を総動員している。本を読まないエドには分かりっこないことなのかもしれない。


「空飛ぶ船だよ」

「なんで船が空飛ぶんだよ」


 そんなの今見たばかりのウィーンに説明できるはずがない。

 言葉に詰まるとますます理解できぬという表情で、だがすぐにあきらめて悪戯そうに笑い「まあ、いいや。父さんたちのところに行こうぜ」といって去っていってしまった。

 ウィーンは窓からよっと飛び降りると本をベッドに置いて、エドの後を追って両親の元へと急いだ。




 ウィーンが国王夫妻の居室に入った時には、一番上の十二歳の兄アーサーも揃っていた。


「父さま、母さま。あの、飛空艇が」


 話しだしたウィーンの小さな言葉をアーサーが遮る。


「それを今、私もお伝えしたところだ」

「アーサー」


 毅然としたアーサーの振る舞いを父である病弱の国王が咎める。まだ、幼い末の弟にまで厳しく接する態度をいさめようというのだ。


「ウィーン。今使いの者を森へと向かわせました。あちらの意向を確かめなくてはなりません。大事はないですよ。御安心なさい」


 優しく微笑んだのは母である王妃だった。


「飛空艇初めて見ました。この世にあるなんて。動力はどうなっているのですか」


 興奮を抑えきれずに声を弾ませて王妃に問いかける。


「あなたは利発ですね。母は嬉しく思います」


 最上に柔らかい王妃の笑顔を見ていると穏やかな気持ちになる。自身の知的好奇心は間違っていないのだと安堵できるのだ。


「バカ、動力は鳥が引きつれているに決まっているだろ」


 エドがしたり顔でいう物だからそういうことをつい信じたくなる。


「鳥が引っ張っているのですか」

「やめなさいエド」


 父がたしなめる。


「鳥に紐づけして一所懸命羽ばたかせているんだ」


 ウィーンは紐づけされた鳥が懸命に羽ばたいている姿を想像した。

 黙って思考するウィーンを置いて、アーサーは国王へと向けて提案をした。


「お父さま、私も大使となり向かいたく思います」

「アーサー。ありがとう。でも、大使は既に向かわせているから我々はその報告を待とう」

「それなりに権限を持った者で無くば交渉は無理です」


 一端のセリフを吐くアーサーに国王は頬笑みかける。


「私は良い子息を持った」


 その言葉で子供扱いをされていることを悟ったらしいアーサーは、口を噤むと視線をそっとそらした。

 ウィーンとエドは顔を並べて開いた両親の居室の窓辺から森の方角を見た。

 背高い針葉樹の森を突き抜けるほどの高い帆柱がついていて、ここからでも白い帆がいくつか見えている。そして、下部に木造りの船室が付いているのは下降時に見た。


 船室自体は今はすっぽりと森に隠れて見えないが、とても大きかった気がする。いったいどれほど人が乗れるのだろう。


「アレは侵略者さ。この国を攻めに来たんだ」

「この国は戦争になってしまうのですか」

「エド」


 国王が叱るような声を出したのでエドは肩を竦めると、耳元で「アレは惑星人さ」と囁いた。

 ウィーンはそれを聞いて少し悔しい気持ちになる。


 惑星人とは父から誕生日に貰った大好きな絵本の中に出てくる架空の人類だ。空に見える星から下りてきてこの星に恵みと災厄をもたらすという伝説の生き物のこと。絵本で読んだときに随分おびえ泣いたことをエドは覚えていて、からかっているのだ。


 ウィーンはもう大人、だからそんなことで泣いたりしない。


 来訪者が仮に惑星人だとして、いったいこの国になにをしに来たのだろう。世界中を探してもセシルブリュネほど長閑で温和な国はないし、だからこの国に戦争の火種なんてあるはずがないのだ。自身がこうして難しいことを知っているのも、思慮深い国王が時折この国の歴史を語ってくれていたからだった。

 時刻は夜になり、家族そろっての夕食を済ませて自室に帰る。国王夫妻は異例の時刻であるにも関わらず働いているようで、馬車に乗った大使が何度か、せわしく飛空艇と城を往復している様子を窓辺から見た。


 あの飛空艇は物語を連れて来たんだ。そう思うと夢ばかりが膨らむ。セシルブリュネの国に何かが起ころうとしている。それを考えるだけでドキドキとする。

 深緑の森に眠る飛空艇はもう暗闇で姿は見えないけれど、そこにいるのだと思うだけで興奮は収まらない。じいっとみつめ、なにかが出てきたような錯覚に襲われて。空想を繰り返すうちにうとうと窓辺で眠りこけて、気がつくと朝になっていた。




「ウィーン、おい。起きろウィーン」


 エドに揺すられて目を微かに開く。


「惑星人が来てるぞ」

「えっ」


 ウィーンは一気に開眼すると「それ本当?」と問い返した。頭の中に惑星人という言葉が入り乱れる。


「ああ、本当さ。城中みんな騒いでる。見に行こうぜ」


 悪戯なエドの口調だが、どうしてかそれは信じることができた。もしかすると飛空艇なんてものを見てしまったからかもしれない。

 そして、今日はきっと特別な日になる。だって惑星人が本当にセシルブリュネにやって来たのだから。

 ウィーンは寝間着を脱ぎ散らかすと、洋服に着かえてエドを追って謁見の間へと急いだ。


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