6 ガリバルダ号の動力部
船底の宝物庫への行き方を見つけるため三人で船内を徘徊した。昨日の案内には無駄な流れが無く完璧で、だから船の全てを教えてもらった気がしていた。でも、きっと違う、どこかに宝物庫へと続く階段があるはずだ。
「ねえ、大丈夫かな。ノアが探しに来ないかな」
「来たら来たときのことさ」
慎重で真面目なアーサーにしては大胆すぎる心構えだ。「あれ、あそこさ。右に道があるんじゃね」
エドが指差した先に通路が見えて、昨日も近くを通ったけれどその分岐には気がつかなかった場所だ。分かりづらいよう錯覚を利用した仕掛けが施されているようにも感じた。
分帰路までいくと右手に真っ直ぐ伸びた長い通路があってその先には木の扉、明かり取りの小窓がついている。
地下への入り口が明るいとは思えないけれど、兄たちがいくのでウィーンも追いかけた。扉の前に立ち止まり外の景色を眺めて、覚悟してエドが扉を押し開く。開いた途端。
「げぇええええ」
エドが叫んだ。衣服が膨れ上がり、髪の毛が宙へと浮き上がる。
そこは真っ青な空の上、一歩足を踏み出せばそのまま地上へと落下してしまう船の側面だった。地上が遥か遠くに小さく模型のように見えて、昨日以上に高い。もはや鳥ですら飛行することが敵わぬほどの高度だ。足をうっかり踏みださなかった幸運に感謝しつつ、エドは真っ青な顔で扉を閉めた。
「ここじゃないな」
即座にターンをして次の場所へアーサーは向かう。ウィーンは「エド兄さん、大丈夫?」とへたり込む彼を気遣った。
念入りに探したけれど、そういう場所がいくつかあっただけで宝物庫への階段は見つからなかった。あとは船長室か食堂の見えない所か、あるいは動力室だ。
食堂になにかがあるとは思えないし、あとの二つにはノアがいる可能性があるから詮索ができない。
諦めかけたとき、「そうだ」とエドがいった。
「どうしたの、エド兄さん」
「船室だよ、船室。動物たちの部屋さ」
「えっ?」
「昨日、ノアは開けないで、っていっていただろう。たぶんそこに大事ななにかが隠されているからだよ」
「いや、でも船室は」
ウィーンがどうかなあと首を傾げるとアーサーが思案していった。
「案外あり得るかもしれないぞ」
「でも動物たちが怒るからって……」
「まだ乗っていないんだろ」
確かにそれもそうだ。ノアの冗談ばかりを間に受けていてはますます状況が不利になる。こちらから攻勢に出ねば。エドの提案を話し合い、手分けして船室を当たることにした。
無数にある船室のひとつ一つを手分けして探す。思った通り、どの部屋にも動物はまだ乗っていなかった。ウィーンも百まで数えたけれど、それを越す部屋数があって、単純計算で三倍量。軽く三百室以上はあることになる。
どの部屋も同じベッドと違う模様のキルトのベッドカバーで整えられていて、でもこの部屋を本当に動物が使用するのだろうか。
動物図鑑が大好きで幼い頃、といっても今も幼いけれど。今よりもっと幼いときに夢中で読んだ記憶がある。手描きの絵が添えられて、それに添付された説明書きを夢中で読んだ。その動物図鑑によると動物ってのはもっとこう野性的で……
と思案しかけて閃く。そうだ、本。図書室を調べていない――
そう思いついたときエドが声をあげた。
「あったぞ」
階上から声が聞こえる。ウィーンは確認中の部屋の扉を閉じて駆けつけた。
「エド兄さん見つけたの」
「驚くなよ」
四階の船室の前で二人が揃ったのを確認するとエドはそっと扉を開いた。対面と左右には普通の船室の扉がある。見た目は同じだが。一見変わり映えのしない部屋だと思われる扉の向こうには、深遠の隠し階段があった。
奥は真っ暗で、地の果てまで続いていそうな細く長い階段が続いている。
「よく見つけたな」
「へへ」
セシルブリュネ城にもこういう場所は実はあって、怖がりのウィーンはあまり近づいたことがない。本当は大事な保管庫だったりするのだが、ほとんど人も立ち入ることがないので、寂しく陰鬱な場所という印象があった。
「アーサー兄さん、おりてみるかい」
「オレが先にいく」
「ウィーンは怖ければ、ここにいていいんだぜ」
冗談じゃないとウィーンは頬を膨らませる。
「ボクもいくよ!」
アーサーを先頭にしてエド、ウィーンと続く。威勢よく啖呵を切ったものの最後尾を着いていくのはやっぱり少し怖かった。せめて真ん中にとも思うが、それは口にしない。でないとエドにまた馬鹿にされてしまうから。
木の階段は途中でターンするように折れ曲がりながら、静かに船底へと続いている。こつこつと靴が木を叩く音が延々と続いて。アーサーが廊下からくすねてきたろうそくの仄明かりだけが頼りだった。
しばらく三人とも無言でおりて、さすがにおりるのに飽きた頃、ようやく階段が無くなった。
最下層の目前にそびえるのは巨大な歯車の海だった。巨大な横倒しの歯車が一つ、その周囲に無数の大小様々な歯車があって、大きな歯車が回転するに合わせてすべてが連動している。時を刻む時計のようにゆっくりと歯車は回り、きっとこれが船の全ての機構を動かしているのだ。思えばこの場所は水晶のある動力室の真下かもしれない。
歯車の間を縫うように、木の板を渡しただけの足場が続いていてそれを道なりに進む。
「ねえ、こんなところに宝物が本当にあるのかな」
歯車のがたんがたんと擦れ合う音にかき消され声は届かない。
「なんかいったか!」
エドが叫ぶ。
「宝物ってあるのかな!」
「ええ?」
もう一度、宝物! と叫ぼうとした時先頭をいくアーサーが立ち止った。急に止まったので、エドが背にぶつかる。その背にウィーンがぶつかる。
「どうしたんだよアーサー兄さん」
「あった!」
「ええ?」
「あった!」
ウィーンが二人の背を避けて目前をのぞきこむと木の扉があって、木札がかかっている。ウィーンはぽつり呟く。
「たからもののへや」
アーサーは臆することなく扉を押し開いた。




